ばあちゃんと清張さんと敦クン


5年ほど前のことになるが、秋田旅行に行く機会があった。
秋田県仙北市角館町の周辺を数日かけて、母方の祖母の出身地を巡る。そういった趣旨の旅だった。私自身30数年ぶりの訪門で、祖母の事や、母の幼少期の話を聞くことが出来て、じつに有意義な旅行であった。

2日目の朝、食事前の散歩ということで一人町を散策。
一回りの後角館駅の路線図を眺めていたら〈羽後〇〇〉という地名に出くわした。ああ、ここは〈羽後亀田〉の近くなのだ。
〈羽後亀田〉松本清張の代表作『砂の器』に登場する地なのである。主人公・今西刑事が真実へ至る長い旅の端緒となる場所なのだ。伏線がいくつか張られるだけで、ストーリー上は大して重要性のない場所であったか記憶する。

『砂の器』は何度も読み返した書だが、歳を重ねれば重ねるほど切ない気持ちにさせられる。
国電蒲田駅操車場で殺された男は、…かつて警察官であり、宮沢賢治の「アメニモマケズ」を地で行くような、誠実で実直な男を追ううちに、彼と彼を殺害した犯人の間にある、どうにもならない「宿命」に直面していく。
何度も映像化されていてご存知かもしれないが、推理小説なのでこれ以上は語らない。しかし、人の心の奥底に必ずある「差別」を描き切り、ある種の人間賛歌までに昇華させた作品であると確信する。

これを書くのにウィキペディアを調べていたら、松本清張と同年(明治42年)生まれの作家に中島敦がいた。
中島敦といえば、『李陵』『山月記』など、漢籍を主題にした名作をいくつも執筆した作家である。昭和17年33歳で没。特に後者は高校の現国の教科書に必ずといってよいほど掲載されている作品である。…今はどうか知らないが。

人食い虎と化した主人公が、わが身の変わり様を嘆いて吟ずる漢詩は、大変な素晴らしさ!…なんてことはなく、とてつもなく退屈で、読書量だけは人に負けないと自負する身でも最後まで読み切るのに、途方もない努力を要する作品なのである。読み切るだけの教養がない。ということもあるが。

なんで、こんなことを書いているかというと、先にあげた祖母は明治43年生まれ。松本清張、中島敦とまったく同時代を生きた人であった、ということに気づかされたからだ。清張はともかく、中島敦など歴史上の人物としか認識していなかったのだ。
ばあちゃんと清張さんと敦クン。明治って案外、近いところにあったのだ。どこか親しみがわいてきた。再読してみようか、とも思っている。とはいえ『山月記』にはついていけないだろうな。

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