【映画days #9】イカリエXB-1


イカリエXB-1



イカリエXB-1」は1963年に公開されたチェコスロヴァキア映画である。ポーランドの作家スタニスワフ・レムの「マゼラン星雲」だから、正真正銘のハードSFである。

どのような作品か

2163年、アルファケンタウリ星系へと旅立った宇宙船イカリエXB-1が遭遇する、様々な事件や出来事を乗り越え、高度な文明をもつ生命体と出会う、というストーリーである。
率直なところを言ってしまえば、かなり大雑把な造りだ。ロボットのデザインや、昔の宇宙船と出くわしたりというプロットは「禁断の惑星」(1958)を連想させるようなものだったり、行き当たりばったりなエピソード、辻褄の合わない展開はシナリオの練度不足を指摘されても致し方ないであろう。放射線を毒ガス、あるいは病原菌と勘違いしているのではないか?というのは知識のない時代ゆえのことだし、現代でもある誤解だから気にしてはならない、とはいえ、もう少しなんとかならなかったのか。





などと、文句・悪口ならいくらでも並べられるのだが、あまり気にならないのは、
①55年前の、大らかな風に溢れている
②われわれの知る由のない、チェコスロヴァキアを垣間見せてくれている
③重厚な演出と演技、どこまでも大まじめで誠意が感じられる
そしてこれが最大なのだが
④ハイパーセンスなデザインにより魅せきってくれる
からである。以下、理由を順に述べる

①について

1963年のSF映画といえば、日本なら「マタンゴ」「海底軍艦」となる。それなりに名作ではあるが、相当な「見立て」が必要な作品群であるのも確かだ。それらと同様、特撮はチャチだし、科学考証などお話になるレベルではない。しかし、まだまだ、細かいことは気しない、大らかな時代だったのだ。そんな事よりも、世界にはまだまだ「未知」や「謎」がたくさんあったことの方がうらやましい。



②について

例えばダンスパーティのシーン。レクリエーションとはいえ、宇宙船内なのだから、盛装でのワルツはおかしくないか?また、途中で出会う宇宙船の中には、燕尾服の死体がゴロゴロしている。他にも細かな「違和感」がたくさんあるのだが、殊更説明されないのは、あれが1963年チェコスロヴァキアの普通の感覚だったのではないか。
そもそも俳優からして違う。いわゆる美男美女不在なのだ。東欧アクター典型といえる、男優どもはいかつい面構え、女優も美しくはあるが、例えば若い頃のビビアン・リーのような「ふるいつきたくなるような美女」はいない。これもわれわれとは基準・感性の違うところなのだろう。



③について

先に引き合いに出した「禁断の惑星」あるいは「海底軍艦」「マタンゴ」は名作ではあるが、どこか抜いたところのある作品でもある。…このような言い方をすると、各方面から叱責を受けそうだが、本当だから仕方がない。
ただ、「イカリエXB-1」はどこまでも真面目一方。SFでもドストエフスキーでも、造りはまったく変わらないのではないか。そこに誠意を感じるし、重厚さがいや増すというものだ。もっとも、それが全体の「大雑把さ」を、増長させることにも繋がっているのだが。

④について

2001年宇宙の旅」「スタートレック」のモデル云々と取り沙汰されているようだが、実際のところは不明だ。だが、それにしてもスマートでかっこいいデザインである。イカリエXB-1のインテリアなど、震えがくるほど素晴らしい。チャチな特撮などまったく気にならない。

絵になるSF映画

以上をまとめると、「分かっているものたち」が造り上げた「絵になるSF映画」なのである。なにやら野田大元帥のような事を言っているが、分かる人には分かっていただけると思う。SFマニアはぜひご覧あれ。

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