久しぶりの衝撃 「戦前の少年犯罪」について②


本当か?
というのが疑問だったそうだ。そもそも、教育勅語なんてじつに当たり前のことを言っているに過ぎない。親を大切に兄弟仲良く、師を敬い友を大切に。などということをわざわざ天皇が語らねばならなかったのか?なぜ修身なる授業を行わなければならなかったのか?それはじつにカンタンなことだ。必要だったからである。当たり前のことを教え込まなければならないほど、殺伐とした時代だったからなのだ。

子供を厳しく躾ける、という習慣は西洋や中国のもので、日本は江戸時代から子供は自由にのびのび育てるのが伝統だったという。山鹿素行も、子供は厳しく接すると心がねじけて親に隠れて悪いことをするようになるし、親を恨んだりして関係がよろしくないなどと堂々と語っているという。

こどもはどんどん甘やかしなさい。欧米では教師が生徒を鞭打つのは当たり前だった明治12年に、世界に先駆けて日本の学校は教育令で体罰を禁止した。これは日本が進んでいたからではなく、こういう日本独自の伝統を大事にしたからにほかならない。

圧巻は二・二六事件は巷間語られているような高邁な思想性などない。と看破したくだりである。陸軍幼年学校・士官学校・陸軍大学で純正培養(甘やか)されたニートどもが、どうせ許してくれるさ。と軽く考えて起こした事件に過ぎない。と著者は結論づける。

なにを主張してもかまわないけど、ウソはいけない。と著者は言う。まったくその通りだ。
う~む、オレ日本人観が変わったかもしれない。率直なところ、司馬遼太郎より鮮やかかもしれない。日本史の中のいろいろな疑問点が、いくつか氷解した。そんな気がしてならない。

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