「旅路の果て」叔母と過ごした日々について②


フランスにジュリアン・デュヴィヴィエという映画監督がいた。
1930年代に『地の果てを行く』『我らの仲間』『望郷』など、若き日のジャン・ギャバンとのコンビで多くの名作を作り上げた人物である。本日は、その代表作のひとつをご紹介する。

『旅路の果て La fin du jour』 1939年フランス
監督:ジュリアン・デュヴィヴィエ
出演:ヴィクトル・フランサン、ミシェル・シモン、ルイ・ジューヴェ



南仏にある俳優専門の養老院が舞台である。
…そんなものは実在しないと思うが、なんとなく〈ある〉と感じさせてしまえるのが古いフランス映画のスゴいところである。
そこでは、かつて栄耀栄華に包まれ華やかな日々を過ごしていた元俳優たちが、静かに暮らしていた。屈指の名優と呼ばれ、皆から賞賛と尊敬を受けながら同僚に妻を奪われ失意の底で引退したマルニー(ヴィクトル・フランサン)。俳優でありながら、代役専門であったがために一度も舞台を踏んだことのないカブリザード(ミシェル・シモン)らが平和に過ごしていた場所に、マルニーから妻を奪い取った張本人でスーパープレイボーイのサンクレール(ルイ・ジューヴェ)が現れて…。
終盤近く、花屋の娘との駆け落ちに失敗し、静かに狂っていくサンクレール。慈善興行を台無しにし、自殺して果てたカブリザードの葬儀で弔辞を語るマルニーは、美辞麗句でいろどられた言葉を破り捨て

『こいつは大根役者だった。演技はヘタだし、そもそも舞台にも立ったことがない。でも、こいつほど演劇を愛した者もいない。友人として、こんなにいいヤツはいなかった。友よ安らかに眠れ』
と、言い放つラストは美しくも残酷な場面だった。

その後の叔母は聞き分けもよく、特に困らされることもなく、よい関係を築くことができたと思う。家内も一所懸命やった、私も足りないながらそこそこなサポートは出来たのではないか、と自負もしている。教え子たちの同級会出席は数知れず、教育委員会の会合にも同行した。満州体験を語る会ではテレビにまで出演してしまった。ずいぶんといろいろな場所に同行させてもらった。本人からも感謝の言葉も貰えた、周囲からも『よい晩年であった』と言ってももらえた。

それはそれで喜ばしいことである。満足でもあるし達成感もある。ただ、本当にあれで良かったのか。と、思わなくもない自分もいる。
あれほどエネルギッシュに動いていた人を、ベッドに縛りつけることにしたのは私だ。本人には出来ないこと、と理解してくれていた。約束も守った。だが分かっちゃいるけどもう少しよい言い方、やり方はなかったものか。オレはものすごく残酷なことをしたのではないか?と、8年も経過した現在に至るまで自問の日々を過ごしている。この世にはいない叔母に、直接確認できないのがなんとも歯がゆくてならない。




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