富山県入善町「牡蠣ノ星」休日の牡蠣づくし


店名 牡蠣ノ星
場所 富山県下新川郡入善町下飯野251-1 [地図はこちら]
電話 0765-76-0065
ジャンル 牡蠣料理店
バリアフリー ◯
駐車場 あり

いつの事かは分からないが

神様は天と地を創造された。暗闇がある中「光あれ」と言ったら光が生まれ昼と夜が出来た。神様は2日目に空を作り、3日目に大地を作り海が生まれ、植物を作り地に植えられた。神様は4日目に太陽と月と星とを作られ、5日目に鳥と魚を作られた。6日目に獣と家畜を作られ、自らに似せた人間を作られ7日目にお休みになられた。

すなわち

日曜日は休息と神様から与えくださった労働と日々の糧に感謝するための日なのだ。という事くらいクリスチャンではなくとも知っている。自慢ではないが映画「天地創造」を観てからしばらく聖書物語にハマった時期があったからでしかないのだが。

かような事情からすれば

日曜日に休んでよいのはしっかりと労働した者に限る、という事となる。したがって私がごときナマケモノ、…は言い過ぎにしても、率先して労働に勤しまぬ者は休養も安息も必要ない。日ごろ働かない分休むことなく働け働けなお働け。とおっしゃられるのであろうなぁ神様は。とはいえ私はクリスチャンではないし、今週はちゃんと仕事をした筈なのでお休みするのだ。昔と違って6日目から休日だけど。

という事で休日だ

私の場合土曜・日曜日ではなく火曜・水曜日ではあるが休日には違いない。常であればだらだら本を読むかYouTube観ているかズク出して映画を観に行くかしかないが、台風も去った事だし遠出をしてみるか。山国長野からでも、少し車を走らせればよいものなどいくらでもあるのだ。

ではどこへ

というのは野暮な話題でしかない。お出かけは美味いものを食べに行く事でしかない。しかし山菜もキノコも時期ではないので県内は諦め、県外へと向かう事としよう、やはり海鮮がよい。9月 Septemberとなれば「 r 」がつく事からこれは牡蠣を喰らい行くしかないだろう。少し遠いが富山まで行けばよい店があると聞き出かける事とした。

9:30ころ

自宅を出発。中条、小川、小谷を経由して糸魚川まで。長野県らしい深い山々からフワッと現れ出でる日本海はとても美しく感ずる。台風の余波がまだあるのだろう。強く吹く風と、よく晴れて青い空のあちらこちらには雲が残っている。目的地はそのまま海沿いを1時間ほど走ったところにある。

「牡蠣ノ星」

海洋深層水かきセンターと呼ばれる施設がある。富山湾の深海から汲み上げた海洋深層水で牡蠣を浄化させ全国へと出荷する施設なのだそうだが、こちらはそこに併設されたレストランだ。全国様々な地の牡蠣を扱っているそうだが、本日は岩手大船渡産の真牡蠣が登場するという。

 

店舗の入口には巨大水槽が鎮座している。いくつかに仕切られた中に清らかな海水が湛えられ、じゃばじゃばと涼しげな音を立てている。これが海洋深層水なのであろうか。波紋ごしに垣間見える牡蠣ひとつひとつから崇高な光が放たれているかのようだ。

出会いからして多大な衝撃を受けてしまう。これは楽しみだ。

アラカルトでいろいろ注文するのもよいが、ここはおすすめであるセットものとした方が効率よく食べられそうだ。

「名物 牡蠣ノ星セット」3500円

生牡蠣、焼き牡蠣、その他の貝類、カキフライ、牡蠣の味噌汁、牡蠣出汁炊き込みご飯という豪華なセットで、こちらでもっとも人気のメニューだという。

「旬の生牡蠣 2個」

氷を敷き込んだ銀の皿に生牡蠣ふたつ。調味料はいくつか用意されていたが、ここはシンプルにいこう。ひとつめは何もなしで口にしたのだが、驚愕した。牡蠣の生ぐささあるいは牡蠣のクセといった味わいはたしかにここにある。

ありはするのだが、それらネガティブなものではなく、一切合切が『快』に振れていく。生ぐさい、…という表現もおかしなものだがそれはよいだろう。この香りが甘いのだ。牡蠣のクセがあるから美味いのだ。ここにレモン果汁を加えると、『快』が一層増幅する。

「真牡蠣焼き 5個」

卓上のコンロで自ら焼いて食べるのだという。パンフレットもあるのだが、まずはスタッフさんが親切に説明してくれる。

・牡蠣の平らな面を下にして5分ほど焼く。
・表面が乾いてきたらひっくり返してまた5分程度焼く。
・口が開いてきたら備えつけのトングとナイフを使って上の殻を剥がす。
・そのまままた数分間焼き、全体的に透明感がなくなってきたら出来上がり。

以上、簡単ではあるが根気のいる作業でもある。殻を剥がすにせよ、貝柱を断ち切るにせよ慎重かつ丁寧に扱わないと身が崩れてしまう。しかし、その気の遠くなるような時間があるために、より一層美味くなるというものだ。

生食用、加熱用の別はあるにせよ同じ産地の同じ牡蠣である事には違いがない。しかし、先の牡蠣と今ここにある牡蠣とはジャンルが違う。生牡蠣が香りと舌ざわりを感ずるものであるとすれば、焼き牡蠣は旨味を楽しむもの。貝類としての本質あるいはアイデンティティを体感するものであると断言する。

「ホタテ1個」「ツブ貝 1個」

このセットがよいのは牡蠣だけではないという事となろう。ホタテは切り離してあるのでトングで適度にひっくり返しながら焼いていく。じうじうと音をたて吹き上がってくる貝汁がまとわりついたホタテは凝視してしまうほど美しい。美味くて甘い。

ツブ貝はすなわちラインナップ唯一の巻き貝だ。これだけは捌き済みで出汁まで加えられている。出汁が沸騰するまでじっくり待っていたのだが、貝殻が分厚くなかなか吹き上がらない。そのままにしておくと硬くなってしまう、とスタッフさんから指摘され食べてしまう事とする。先の牡蠣、ホタテとは違いツブ貝のよいところは歯ごたえだ。強い弾力を跳ね返すように噛み締めると、旨味がどんどんと染み出してくる。ああああこれはこたえられない。

「カキフライ 2個」

見た目はそのまま、ごく普通サイズの2個のカキフライでしかない。熱々なのもごく常識的なカキフライとなんらの変わりもない。しかしひと噛みした瞬間に再度驚愕することとなる。

その迸る熱い貝汁(でよいのかな?)に口中を負傷させられたが、これでなければならない。この汁に浸りたい、いやいっその事この汁だけの風呂に入りたい。そのように感じさせられた。こんな小さなひとかけらに心を揺さぶられたのは初めての体験だ。

「牡蠣の味噌汁」

「牡蠣出汁の炊き込みご飯」

締めの食事という機能を果たすものであろうが、これがまたごく普通に仕立てられているのがつくづくうまい。生、焼き、揚げといった個性豊かなメニューが続いていたところに、こういった当たり前なものが登場すると、深い安心感が湧き起こってくる。
ネギと大根に牡蠣ひとつの味噌汁。牡蠣の火入れが絶妙で、硬くもないかといって生でもない、というのが素晴らしい。
この炊き込みご飯には牡蠣がたくさん入っているはずだが、さほどにも牡蠣を感じさせないのがにくい。うっすら散らした大葉とミョウガがすべてを引き立ててくれる。

以上だ

片道2時間半の道のりを苦労してやってきた甲斐があるというものだ。もうひとつ焼き牡蠣食べ放題コースというのもあったのだが、これでちょうどよかったのかもしれない。食べ放題はたしかに魅力的だが、その分愛しんで食べる、という事からは程遠くなってしまうだろう。やはりほどほどがよろしい。

さすが

海沿いの街道だけあって、道のそこここには食堂、定食屋の類いがたくさんあり、看板にはもれなく「カニ汁・たら汁」の表記がある。カニ汁はよいとして、たら汁が気になってならない。そもそも美味い鱈というものと出会った事がないのだ。では次はこのたら汁を確認しにくるとしよう。魚偏に雪と書くのだから冬場がよいのであろう。今から楽しみでならない。道行きを楽しみ、味を楽しみ、課題を得て帰る。これぞまさしく理想的な休みといえる。ああよい1日であった。

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