遥かなる山の呼び声


「遥かなる山の呼び声」1980年 松竹
監督 山田洋次
脚本 山田洋次、朝間義隆
出演 高倉健、倍賞千恵子、吉岡秀隆、ハナ肇

‪ふらりと訪れた男のおかげで、生活がかき乱され大変な想いをするが、男は家族のために尽くしきり去っていく。要するに「シェーン」なのだ。ラストはだいぶ違うが、泣かせてくれるのはこちら。健さんもよいが、芝居ではハナ肇に軍配。‬

 

「東京裁判」について②


すごいのは裁く方も同様である。
「裁判」と名付けられてはいるものの、実質的に米ソの戦後処理という政治目的以外のなにものでもない「儀式」であるに関わらずアメリカの「フェアであろうとする姿」にはアタマが下がる。
無論、不完全なものであるには変わりない。それでも日本弁護団が「欧米式裁判に不慣れ」と難色を示したら、アメリカ人弁護士をサポートにつける。

その中の一人、ベン・ブルース・ブレイクニー弁護士の発言がすさまじい。
アメリカ陸軍の将校であった彼の1946年5月14日の冒頭陳述

「国家の行為である戦争の個人責任を問うことは、法律的に誤りである。何故ならば、国際法は国家に対して適用されるものであって、個人に対してではない。個人に依る戦争行為という新しい犯罪をこの法廷で裁くのは誤りである。戦争での殺人は罪にならない。それは殺人罪ではない。戦争が合法的だからである。つまり合法的人殺しである殺人行為の正当化である。たとえ嫌悪すべき行為でも、犯罪としてその責任は問われなかった。」

「キッド提督の死が真珠湾攻撃による殺人罪になるならば、我々は、広島に原爆を投下した者の名を挙げることができる。投下を計画した参謀長の名も承知している。その国の元首の名前も承知している。彼らは、殺人罪を意識していたか?してはいまい。我々もそう思う。それは彼らの戦闘行為が正義で、敵の行為が不正義だからではなく、戦争自体が犯罪ではないからである。何の罪科でいかなる証拠で戦争による殺人が違法なのか。原爆を投下した者がいる。この投下を計画し、その実行を命じ、これを黙認したものがいる。その者達が裁いているのだ。彼らも殺人者ではないか」

これ、終戦から1年たっていない段階の発言である。すさまじい言葉だ。戦争を行ったのはお互いさま。いくら勝ったとはいえ、片方が悪いと決めつけ一方的に裁くことなどおかしいのではないか?
こういうところがアメリカ人の懐の深さ、素晴らしさといえるだろう。

他にも見どころはたくさんあったが、この辺にしておこう。戦時法制がどうとか、憲法改正が云々されているから、ということを抜きにして今、自分たちが立っている場所はどのように形づくられたか。こんなことを確認するためにも観てよかった、とつくづく考えた。

 

「東京裁判」について①


ここしばらく、折にふれ観ている映画がある。

「東京裁判」(1983年 小林正樹)

「切腹」「怪談」などを演出したリアリズム系作家が、その晩年に五年間をかけて米国国防総省の保管フィルムや内外のニュース映像などを編集して作り上げたドキュメンタリー映画。極東国際軍事裁判「東京裁判」を通して第二次世界大戦の、日本の近代史を語るという上映時間6時間もの大作。公開当時から観たい、と思いつつもこの長さに恐れをなして見送っていたという因縁の作品でもあります。今回はたまたま、ヤフオクで安くDVDを購入できたので自宅でゆっくり上映会である。

正直、よほど難解な映画かと思いきやさにあらず。とても「さわやかなサムライども」を描き切った作品だった。無論、時系列に語られる戦時状況は退屈な点が無きにしも非ず。しかし、その説明がなければ成立しない。

それにしてもA級戦犯(かつての国家指導者)たちと彼らを裁く検事・裁判官たちの堂々とした立ち居振る舞いは感動的ですらある。
まずは広田弘毅。最終的に処刑された被告の中で唯一の非軍人(外交官)であった彼はつまるところ、五・一五事件、二・二六事件と軍人たちの暴発があったとはいえ、軍隊に物申すことができなくなった、シビリアンコントロールを失う原因を作ったのは、その後の戦争に突き進む端緒を切ったのは自分である。として、なにも語らず死んでゆく姿の潔さがすばらしい。

東条英機は登場人物の中でもっともイメージが変わった人物だった。
一時は「日本のヒトラー」くらいのヒドい言われようをしていたものだが、ここにいる彼は優秀な軍政官。自らの進退に逃げずひるまず、未熟な通訳を叱りつけ、すべての責任は自分にある、と言い放つ。
キーナン首席検事との微妙なやりとりの末、天皇陛下に責任はないと言質を与えるくだりなど涙なしではいられない。

 

久しぶりの衝撃 「戦前の少年犯罪」について②


本当か?
というのが疑問だったそうだ。そもそも、教育勅語なんてじつに当たり前のことを言っているに過ぎない。親を大切に兄弟仲良く、師を敬い友を大切に。などということをわざわざ天皇が語らねばならなかったのか?なぜ修身なる授業を行わなければならなかったのか?それはじつにカンタンなことだ。必要だったからである。当たり前のことを教え込まなければならないほど、殺伐とした時代だったからなのだ。

子供を厳しく躾ける、という習慣は西洋や中国のもので、日本は江戸時代から子供は自由にのびのび育てるのが伝統だったという。山鹿素行も、子供は厳しく接すると心がねじけて親に隠れて悪いことをするようになるし、親を恨んだりして関係がよろしくないなどと堂々と語っているという。

こどもはどんどん甘やかしなさい。欧米では教師が生徒を鞭打つのは当たり前だった明治12年に、世界に先駆けて日本の学校は教育令で体罰を禁止した。これは日本が進んでいたからではなく、こういう日本独自の伝統を大事にしたからにほかならない。

圧巻は二・二六事件は巷間語られているような高邁な思想性などない。と看破したくだりである。陸軍幼年学校・士官学校・陸軍大学で純正培養(甘やか)されたニートどもが、どうせ許してくれるさ。と軽く考えて起こした事件に過ぎない。と著者は結論づける。

なにを主張してもかまわないけど、ウソはいけない。と著者は言う。まったくその通りだ。
う~む、オレ日本人観が変わったかもしれない。率直なところ、司馬遼太郎より鮮やかかもしれない。日本史の中のいろいろな疑問点が、いくつか氷解した。そんな気がしてならない。

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久しぶりの衝撃 「戦前の少年犯罪」について①


このところ老眼がひどくなりめっきり読書量が減ってしまい、まことに面白くない日を送っている。とはいえ、何もしないのはもっと面白くない事なので、無理しない程度にパラパラめくっている。するとたまぁにスゴい書と出くわすことがあるのだ。そんな瞬間が尋常でないほど嬉しく感じ入る今日この頃である。
…いったいナンのこっちゃ?ってな感じではあるのだが、今回、本当にすごいのと出会い、ちょっとした衝撃に見舞われている気がしている。
 

 
菅賀江留郎『戦前の少年犯罪』
タイトルも装幀も誠に素っ気ない本だが、中身はとてつもなく重厚。タイトル通り、戦前(昭和の初めから昭和20年8月15日まで)にどのような少年犯罪が起こったか?ということを新聞記事を基に徹底的に調べ上げた書である。

昭和10年 東京都中野区で15歳女子が幼女を誘拐殺人
昭和14年 大阪府大阪市で18歳無職の少年が親戚の女性2人を殺害して自殺
昭和12年 東京市神田区で16歳少年が勤務先主人の一家全員を皆殺し
昭和2年 香川県で17歳僧侶が近所の9歳になる幼女をレイプした後に殺害
昭和7年 小学校高等科1年(12~13歳)男子が教室で同級生を刺殺
昭和3年 静岡県熱海町で中学三年(17歳)男子が父親の銃を持ち出しで女子小学生を誤射

ほんの少し書き出しただけだが、殺伐とした気分にさらされる。こんな記事がほぼ毎日紙面に載る、「戦前」はとんでもない時代だった、と結論づけられる。
なにゆえ著者はこのようなことを調べ始めたのかというと、近年多発する猟奇的な少年犯罪を憂えるオッサンオバサンどもの意見に違和感を覚えたから、だという。

曰く『昔はこんなことはなかった』
曰く『昔はイジメなんかなかった』
曰く『戦前は清らかな素晴らしい時代だった』

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「ストーカー(1979)」あるいは〈難解〉との再会について④


この際だから全部観てやろう。
若かった。当時、注目された作家で、あちらこちらで上映されていた、ということもある。作品数も少ないので追いかけやすかったこともある。
「僕の村は戦場だった」1962年
「惑星ソラリス」1972年
「ノスタルジア」1983年
まで行ったところでギブアップ。
社会人となり、仕事が忙しくなったということもあるが、身体よりアタマがついていかなくなった。というのが実際のところだった。

タルコフスキーはモチーフとして「水」を多用する。その作品はすべて、冷たく清冷で美しく、そして静かな「流れ」の中で展開されるといってよい。「僕の村は戦場だった」は地下水溢れるトーチカの中で語られる。「惑星ソラリス」は生命を持った「水」そのものがテーマだった。

当然、「ストーカー」も同様に水が登場するのだが、じつに汚らしく描写される。油膜の張り詰めた水、ゴミやほこりの浮いた水、廃墟や異物の沈んだ水、教授の投げ込んだ爆弾にまとわりつく重油など、他作品とは180度違う扱いなのは何故だろうか。また考えなければならない事が増えてしまった。
「タルコフスキー特集2017」
と銘打たれた企画とのことだ。来月は「鏡」1975年、再来月は「アンドレイ・ルブリョフ」1967年が上映されるという。仕方ない、都合をつけてまた出かけるか。

 


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「ストーカー(1979)」あるいは〈難解〉との再会について③


30年ぶり、という事になる。
成長は腹まわりばかりで中身はまったく、という状態ではあるが、所帯をもち子どもができそれなりに年齢を重ねた身としては、どのように受け取れるものなのか。
率直なところ、難解である事に変わりはなかった。ただ、感覚的に「分かる」ところはある。つまるところ3人は、ソビエト社会のメタファーなのだ。

いちおう、蓮實重彦世代であるゆえ、「メタファー」なる言葉をあまり簡単に使いたくはないのだが。あまりに便利、あまりに使い勝手よくそれっぽい風に演出することが出来るため、一時は多用されたものだ。だから、何を今さらという感が否めないのだがこの際使ってしまおう。

シンプルに読んでよいのだ。
当時のソビエト抑圧体制と対峙する人々の姿なのだ。体制に迎合するもの、批判・抵抗するもの、なんのかんの言いながら端こく上手く立ち回るもの。様々な生き方をする者どもを、ストーカー、作家、教授として描いたものなのだ。
これがタルコフスキーとの出会いでもあった。以来「好きな作家」となった。
…というと語弊がありすぎる。「興味のある作家」と言い換えよう。

 

「ストーカー(1979)」あるいは〈難解〉との再会について②


物語は極めて単純である。
ある地域に『何か』が起こる。多数の住民が犠牲となり、政府はその地を「ゾーン」と名づけ立ち入り禁止区域とする。

物語は「ゾーン」にあるという、どんな願いも叶う『部屋』を探し求める3人の男たちの姿が描かれる。その道行きで交わされる様々な議論を中心に展開する。人生、信仰、人間そして『願いが叶うということ』
難しいことを言っているようだが、議論そのものは平易な言葉でなされたり、アンドレイの父、アルセニイの詩が引用されたりと、まったく理解不能なことはない。ただ、およそ一貫した説明のない、不条理劇のような展開に映画ファンを自負する、生意気な高校生が激しく打ちのめされた、というだけだ。
その「ストーカー」が長野で上映されるという。ミニシアターとはよいものだ。DVDなどではいつでも観られるのだが、やはりスクリーンとではまったく違う。まして次はないかもしれない。ということで、いそいそ出かけたわけだ。

 


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「ストーカー(1979)」あるいは〈難解〉との再会について①


「ストーカー」を観た。
ソビエトの映像詩人といわれたアンドレイ・タルコフスキーが1979年に製作した作品である。昔、二度ほど観てぶっ飛ばされた作品だ。

『ストーカー』とはつきまとい行為のことではなく、字義通り『密かに獲物を追うハンター』というほどの意味である。この作品においては、『闇の案内人』という意味も持つ。
なぜ、このような地味で難解な映画を、それも30年前、高校生時分に観たかというと、ひとえに「SF」として喧伝されていたからに他ならない。
アルカジイとボリスのストルガツキ兄弟の「路傍のピクニック」を原作とし、「惑星ソラリス」で名を馳せたタルコフスキーが製作したとあれば、騒がれないわけがない。…極めて狭い範囲ではあったが。
SFである。
とは、原作者も製作者も否定はしていない。しかし、それらしき設定は冒頭の科学者のことば、そしてストーカーのミステリアスな娘のみである。特撮もほとんど見当たらない。


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主役を凌駕する〈香る箱〉 上越市「軍ちゃん直江津店」のカニ汁


【お店のデータ】
軍ちゃん 直江津店
場所 新潟県上越市西本町1-14-2 [地図はこちら]
電話 025-545-2728
営業時間 11:00~14:00(L.O.13:30)、 17:00~22:30(L.O.22:00)、日曜営業
定休日 不定休
駐車場 あり

二月のことだったが、直江津に行ってきた。
さしたる用事でもないのだが、行かねば済まぬことでもあり、重い腰を上げたというわけだ。
長野県はさほどでもなかったが、北陸地方、とくに新潟は記録的な積雪量であったという。妙高周辺は1メートル、直江津市内はもう少し積もっていたのではないか。とはいえ降る量も一流なら除雪ノウハウも一流、道路は無論のこと、駐車場などの雪も片付けられ、通行に支障はなかった。

早々に用事を済ませ昼である。
直江津といえば海鮮であろう。海沿い=海鮮=刺身という図式は、彼の地に住まう者たちには失笑を買うばかりであろうが、そこは海なし県民の哀しさだ。こればかりは致し方ない。

「海の幸 味どころ 軍ちゃん 直江津店」

有名店であり、マイナー店好みとしては避けるべきかもしれないが、知識なし土地勘なしではやはりここを頼らずにいられない。少々高いが、間違いない店でもある。

「たたき丼」

いつもは「海鮮丼」を注文するのだが、今日は目先を変えてみた。ビンチョウ、アジ、イカなどを細かくたたき、酢飯の上にちらしうずらの玉子、刻みノリをふりかけたものだ。わさび醤油をまわしかけいただく。

 

しかし、今回の主役はこちらではない。
いや、メインキャストのつもりであったのだが、気づかぬうちに脇役に喰われていた。そんなことは映画だけでなく、昼食にも起こりうるのだ。

「カニ汁」

コウバコガニ、香箱蟹と書く。日本海沿岸に分布する小ぶりのカニで、身は少ないが濃厚な出汁がでるとのよし。安価なため、地元ではむしろこちらの方が好まれるのだという。

「コウバコガニは今が旬。玉子がたっぷり入ってますよ」
という言葉につられて注文したがこれがすごい。濃厚な、という表現では生ぬるい。西原理恵子流に「ごゆい」が妥当かもしれない。
そして玉子。「たっぷり」と「みっしり」と「詰まりきって」いるのである。箸でこそげるのがもどかしい、そのまま口中へ投入する。舌上にパラリパラリとふりかかる「快感」。うまい。思いつき半分ほどを汁に落としかきまぜる。うぅむ、うまい、うますぎる。

ああ、長野県も悪いところではない。うまいものもある、確かにある。しかし海鮮ばかりはどうにもならない。距離的にいえば、佐久も直江津もさほど変わらない。また機会を作って海鮮チャージに訪れることとしよう。

山賊焼、じいちゃんばあちゃんお孫ちゃんのいるお店 塩尻市「正和食堂」


【お店のデータ】
正和食堂
場所 長野県塩尻市大門七番町13-28 正和コーポ 1F [地図はこちら]
電話 0263-52-1242
営業時間 12:00~14:00、17:00~21:00
駐車場 あり(5台)

辰野町まで道行きである。
無論、仕事である。時間にゆとりがあった上に、お客様より『少し遅くしてくれ』との連絡があったので、ゆっくり下道で行くことにした。もともと、スピードを上げる方ではない。ゆったり風景を眺め、美味しいものを食べながら行こう。

『山賊焼』

なる面妖な食べ物を知ったのは松本に移り住んでからだった。鶏肉に下味をつけ片栗粉をまぶして揚げる。
『鶏を揚げる=取り上げる=山賊』
からとられた、あるいは塩尻にある『山賊』という居酒屋が発祥だからと、諸説あるようだが、地域の皆に愛され、今や松本塩尻地域のB級グルメとして知らぬものはないほどの存在になった。

せっかくだから昼は山賊焼としよう。
様々な調査を行い、いくつかの店がピックアップされたが、ここはやはり初訪問を優先すべきであろう。ということで今回は塩尻市にあるこちら

『正和食堂』

以前から名のみ知っていたが、北信住みゆえになかなか来ることが出来なかった店だ。塩尻駅近の住宅街の真ん中にひっそりと建っている。経験上、このような店に間違いがあったことはない。

六畳ほどの小上がり二つとカウンター席の小さな店内。
ご主人と奥様お二人で切り盛りされているようで、ガラス仕切りの向こうで忙しそうに働いている。どこに座るかな、と見回していたら小学生くらいの可愛らしい女の子がひょいと現れ「何名様ですか?」

1人である旨を伝えると、カウンター席に通される。
お孫さんだろうか。後片付けや水を出したりと健気に働いている。ロリコンの気は全くないが、一所懸命の子どもを見るとホロりとさせられる。あゝオレも「はじめてのおつかい」で涙する歳になったか。

「山賊焼定食 大」1180円
糖質制限中のためご飯は小盛りでの注文とする。だったら単品を注文せよ、と思わなくもないのだがそこはそれ、定食のフォルムを確認しておかないと気が済まないのだ。それにしても大変な迫力である。特に骨つきタイプが尋常ではない。

骨つきタイプの隣には、胸肉であろうか、骨なしのものがふたつ、可愛らしく鎮座している。揚げたてあつあつでうっかりすると、肉汁が零れ落ちそうになるほどジューシーだ。向こう側につけあわせのナポリタンがレタスの山とともにひっそりと、しっかりと山賊どもを支えている。

小鉢もの
『冷奴』と『白菜の漬物』

冷奴には味がついてますという。白出汁でうっすらとした味わいが珍しく、品が良い。白菜もしっとりと美味い。自家製であろうか、さくりとした歯ごたえと、薄味なのもよい。豪快なメインのサポートに徹した存在だ。

みそ汁はエノキと白菜。

定食屋のみそ汁は煮詰まり気味が『らしく』てよいと確信する。大量に作り長い時間温め続けるから、どうしてもこうなってしまう。あまりよろしい所作とは言えないが、流行っている定食屋なら許す。こちらも同様だ。みその香りのとんだ、少し塩辛いくらいの味わい、しかしこれだからよい。これでなければならない。

調味料として洋がらしとごま塩が装備されている。

下味がついているので不要の気がするが、双方ともに揚げ物との相性は否定出来る筈もない。したがって喜んで使わせて頂く。塩が美味い、ごま塩というのが泣かせる。『ごまかす』は『胡麻化す』なのだ。何でも美味くなってしまう。

いつも通り、ご飯を盛大に残して終了。清算の際にお尋ねしたらやはりお孫さんとのことだ。学校が休みの時に手伝ってくれているという。かわいらしいお手伝いさんがいて、おじいちゃんおばあちゃんは助かりますね。とお話したら、『ようやく使えるようになったんだよー』と言いながらも、満更でもなさそうな笑顔を浮かべた奥様がとても印象的だった。

「竹風堂 」小布施の豊穣な甘味と優雅なひととき【本日のスイーツ】


【お店のデータ】
竹風堂 小布施本店
場所 長野県上高井郡小布施町973
電話 026-247-2569
営業時間 10:00〜19:00
定休日 1月1日、臨時休業年3回
駐車場 あり

打ち合わせに出たはよいが、先方の都合で時間が変わったため調整が必要となった。ならばせっかく小布施にいるのだ、久々に栗の甘味を試そうとこちらに繰り出した。

小布施町といえば建築家 宮本忠長デザインだろう。まだまだ元気な時代の気合いの入ったインテリアをも堪能した。

「栗いむあんみつ」

名産だけあって、栗が主体の甘味である。「栗いむ」とは栗を練り上げあんにしたもの。小豆あんとは少し趣が変わっており、とても美味い。

牛皮など食べたのは何十年ぶりであろうか。

黄桃、パイナップル、みかん、寒天がしっかり入った、品のよい味わいである。

長野市「大戸屋長野稲田店」ファミリーレストランのヘルシーご飯


【お店のデータ】
大戸屋 長野稲田店
場所 長野県長野市檀田2-30-10
電話 026-244-5789
営業時間 11:00〜22:30
定休日 なし
駐車場 あり


基本的にチェーン店系は使わないという方針なのだが、たまに赴くと当たりが多いのも事実である。特にファミリーレストランは研究が行き届いていて、じつによろしい。中でも大戸屋がよいと考える。ということで久しぶりに行ってみよう。

「野菜のせいろ蒸しとたっぷり野菜の麦みそ汁定食」

殊更取り立ててヘルシーを狙ったわけではないが、野菜好きにとってはこたえられないメニューなのだ。豚肉と様々な野菜たち、キャベツにんじんレンコンかぼちゃブロッコリースナップエンドウなどがほんわりと蒸しあがっている。ゴマだれ美味し。

「野菜たっぷり麦みそ汁」

もうひとつのメイン。こちらも熱々で様々な野菜たちが。麦の香りが心地よすぎる。

「七穀米ごはん」

『エコと雑穀ほど嫌いなものはない』
と戦時中に生まれ育った母親は言い放つ。エネルギー事情が悪い、物資不足の時代ゆえヒエ、アワ、高粱のみしか食べられなかった世代は良いことを言うわけがない。しかし、現代のそれは比較にならぬほど美味くなっているのだ。もちもちして美味いのだ。

小鉢ものにも凄みがある。大根の漬物と刻みめかぶめかぶに少し、しょう油をたらしこのように七穀米ごはんにかけていただく。ぬるりとした舌ざわりとショウガの香りが素晴らしい。

「たまご豆腐」
冷たく優しく仕立てられた一品。
大戸屋、すごいぜ。次回は何を食べようか

信州なかのバラまつりと薔薇ソフト


中野市、一本木公園で開催されている「信州なかのバラ祭り2018」に行ってきた。850種、3000株といわれる、スケールの大きなイベントである。

以前は毎年ように来ていたのだが、ここ数年ばたばた続きでご無沙汰していたのだ。休みである、陽気もよしでは参ろうと腰を上げた次第である。

「きれいなものをきれいと感ずることが出来る。これが一番の幸せだ」
「きれいなものの前では、すべてを忘れることが出来る」

「海街diary」の言葉こそ、正しく名言と考える。

バラの美しさと香りを愛でたあとは薔薇ソフトでひと休み

クリームにバラの花を加えたものというが、確かに香りが素晴らしく立っている。控えめな甘さもよいものだ。

味のり・梅ぼし定食


50年生きてきて、ずいぶんいろいろなものを食べてきた。特に外食においては、高いもの安いもの、豪華なもの大したことのないもの様々であった。

…が、今回ある意味ですべてを凌駕する、衝撃的なメニューと出会うことができた。

「味のり・梅ぼし定食」280円

朝食ではない。ごく普通のメニューとして存在する。素晴らしい、美味かった。詳細はいずれ

納豆サンド


朝食である。
せっかくだから、メニューは昨日のコッペパン(になりそこねたフランスパン)を使ってサンドイッチとする。

といって、よい具材の用意などあるわけもなし。目の前のもので即席製作である。レタス、酢キャベツに納豆を加える。切り方が悪いのは愛嬌ということで済ませていただきたい。

決して悪いチョイスではないと確信する。

コッペパン、その失敗について


このところ休みのたびにパンづくりを行っている。
先だってある方からホームベーカリーを譲って頂いたのだ。せっかくだからやってみようという訳だ。


といっても、さして難しいことはない。材料を入れ、あとはボタンひとつで練る、一次発酵、二次発酵の後、焼くまで済ませてくれる。分量をしっかり計らなければならないのが、面倒なくらいだ。


これで数回、食パンを焼いた。
とりあえず初心者ということで、お試しをしてみたまでだ。先に書いたように、機械にお任せなので、分量をきちんと計るクセをつける学習をしているだけのようなものだ。

なんということもない。しかし、発酵が深まるにつれ、パンの香りが立ち込めてくる。焼成の行程ともなれば、室内はすっかりパン屋さんである。
ケースから取り出したる食パンの神々しいこと。粗熱を取り、しばらくビニール袋に入れておくと、しっとりしてきて、切りやすくもなる。これは、家内に教わったことだが、50過ぎて新しい知識が得られるなどということはじつによい事と考える。


これがまた美味いのだ。
コスト的には、スーパーで買ってきた方がずっとよいのだろうが、そこはそれ、苦労した分が加算され、一層の調味料となるのであろう。
本日も休みであったから、当然パンづくりの日。食パンもいい加減飽きてきたので、今回はコッペパンに挑戦してみよう。


クックパッドでレシピを検索

水 160g
砂糖 12g

塩 4g

バターまたはマーガリン 12g

強力粉 250g

インスタントドライイースト 5g


これだけの材料をホームベーカリーに入れ生地コースを選択する。
いつもと違うのは、生地を取り出し、切り分けてベンチタイム。成形して二次発酵、焼成という行程を自らの手で行わなければならない。



手際が悪い

当たり前だ。まったくの初体験で、教えてくれる者もなし。あるのはクックパッドにyoutube、あるいは友人にLINEで問い合わせると言った程度である。四苦八苦しながら成形し、オーブンで二次発酵。

ここまでは良かったのだ。
成形の際にしわがよってしまったり、二次発酵の際に膨らみが悪かったり(丸めるのに時間をかけ過ぎたようだ)はあったものの、その程度なら許容の範囲といえる。


まさかオーブンの操作を間違えるとは。
「予熱」が不要だったのに、うっかり設定してしまったのだ。おかげでふんわりコッペパンが、パリパリのプチフランスパンとなってしまった。


とはいえ、食べられないわけではない。レタス、チーズ、トマト、ハムを挟んだシンプルサンドの昼食はなかなかのものだった。



失敗は成功の母である。
次回は上手く出来るように気張ってやろうと考えている。


長野市「みーるマーマ 本店」にて自然食バイキングを堪能した件


【お店のデータ】
みーるマーマ本店
場所 長野県長野市穂保724-1  [地図はこちら]
電話 026-219-6693
営業時間 11:00~16:00 17:00~21:30 日曜営業
定休日 無休
駐車場 あり

基本、大喰らいなのだ
ひと口でも多く食べたい者がダイエットをする、などという無謀な試み以外何者でもない。しかしながら敢行せねばならない理由がある。したがって、食べるものはいきおい肉よりも魚、魚よりも野菜と極端に偏向することとなる。

ということでこのところ野菜料理だのサラダバーだのといった、低カロリーかつ糖質制限にも影響の少ないものを大量に摂取、お腹いっぱいにする。こんなメニューが多い。この日も同様である。そして長野で自然食で大量に、といえばこちらであろう。

「みーるマーマ」

といえば地元産の食材を使ったバイキングで有名である。元はと言えば「ミールケア」という委託給食をされている会社が、別に事業展開されている店なのだという。この手の店では断トツに美味い。
以前から大豆島で営業されていたが、数年前穂保に「本店」をオープン、こちらではレストランだけでなく、カフェや農業体験などができるイベントスペースが併設されているとのよし。ということでたっぷり頂こうではないか。

しかし、こういう場に来ると困ってしまう。優柔不断すぎて何を取り上げたらよいのか判断がつかないのだ。毎度のことだが。
とりあえず、最も好きな物のところへ。

『長芋の三珍和え』

素揚げした長芋に甘辛のタレを和えたもの。これは美味い。こちらの一番人気である。

話は変わるが、伊藤理佐の『おい!ピータン!』にバイキングの本質はいかに美しく盛るかなのだ。というテーマの回があった。正しくその通り、美味さには味だけでなく『美しさ』もあって然るべきなのだ。あゝオレはいつまでも達人にはなれない。

とりあえず好きなものを取り上げてみた。 という以外の何者でもない、じつに『美しさ』の感じられない皿である。嗚呼

しかし、料理ひとつひとつは素晴らしい。ピンピンの生野菜にぷりぷりの鶏肉。ナスのドリアは最高に美味かった。ダイエットに炭水化物は禁物なのだが、これを見せつけられては食べないわけにいかない。ナスに生きナスに殉ずるまでである。

スープ、鶏肉と湯葉のなんとか、そして烏龍茶。 スープは山菜のたくさん入ったコンソメ風。さっぱりして大変な美味であった。もちろんお代わりは当然のことである。鶏肉と湯葉のなんとか、というのは名前を失念しただけなのだが、これもさっぱりで二重丸。烏龍茶も香り高く美味であった。

デザートを求めてふらふらしていたら蒸し野菜と出くわしてしまう。これは食べねばならぬ。キャベツブロッコリーニンジンプチトマトなどはポン酢で。さつまいもはそのまま。ふんわり暖かで美味い、美味すぎる。