S先生の話①


建設業を生業としている。
ひと様の家を作ったり直したして、いつの間にか30年も経ってしまった。

業界の垢に染まり、すっかりすれからしとなってしまったが、これでも若く初々しい学生時代があったのだ。
……あえて言うまでもなく、だれでも当たり前のことなのだが。東京新宿の片隅にある、今は廃校となってしまった夜間制専門学校に2年半通っていた。
昼間、働きながら夜学というと、「苦学生」などと、ほどよく受けとってくれる方がいるがさにあらず。本人は至って陽気に楽しく通学していたものだ。技術系学科だから、課題さえ提出していれば進級させてもらえる、だから座学は適当に、実技は真面目に、という方針で通学していた。いや、学校いくよりおもいで横丁で飲んでいる時間の方が長かったのではないか。

実技以外で真面目に通っていた授業で、〈造形〉というのがあった。
スケッチやデッサンを通して形や記号の持つ意味を考察する講義で、一聴して哲学的というか、不可思議なというもの。これが好きで、一度も休むこともなく参加していた。なぜそのような授業が好きだったかというと、担当講師の言葉がじつに刺激的だったからである。

「S先生」という痩身でそこそこの美男子の方だった。現在の言葉で言えば「イケメン」であろう。昭和23年生まれの団塊世代で学生運動にのめり込んだ挙句、大学をドロップアウト。それでも建築が好きでデザインも出来たから、先輩の設計事務所に潜り込んで仕事しているうちにそこそこお客さんもついて独立してしまったという変わり種である。それでもさんざんいろいろなことをしてきただけあって、知識がものすごい。


ある時、そのS先生が質問をひとつ投げかけられた

「鹿おどしとはどのようなものか」


茶室の水汲み場にある、竹で出来たあれのことである。そんなもの面と向かって答えられるものなど1人もいるわけもない。S先生曰く

あれは自然の中に人間が挿入した最低限の〈作為〉である


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