S先生の話②


千利休が確立した茶道とは、自らのすべてをさらけ出しあるがまま精一杯を表現することを「もてなし」とする。茶室の材料はすべて自邸の庭で採れたものを、出来るだけ加工せずに使う。自然の中にポンと置いただけのもの。数寄屋とは本来はすべてを見せ切った「透き屋」なのだ。
千利休のすごさはそれだけではない。音すらも支配した。
自然界に満ちた音。そよぐ風、清水のせせらぎ、木々や葉のふれあい動物たちの鳴き声。そのささやかな音たちの狭間に鹿おどしの「こーん」という人為的な音を挿入することで人間の持つ五感〜視覚、触覚、味覚、嗅覚そして聴覚のすべてをも制御=デザインしきったのだという。



「だから千利休って人物は茶人と捉えるより、建築家、空間デザイナーとして理解するべきなんだよ。それも大天才のね」
という言葉を発した時の、彼のドヤ顔(もちろんこんな言葉もなかった)を30年たった現在でも鮮明に覚えている。


このS先生だが、学生運動崩れだけあって言動がユニークかつ過激な傾向にあった。

「戦後40年もの間の米帝支配によって培われた自民党一党独裁体制を打破するためには……」



なんて話がボコボコ出てくる。
こちらもわざとそのての話をふるものだから、授業そっちのけで脱線話が続く。ま、そちらの方が圧倒的に面白いのだから仕方ない。

「オレはマルキシズムが大嫌い。そもそも人間の思想や行動が統一的に理論づけられるなんてあり得るわけがない」

などと言っているそばから

「古今東西、老若男女。ひとのやること考えることは変わらない。だからデザインを考える前に世の中の常識を身につけろ」

……おっさん、なんか矛盾してないか?嫌いだ嫌いだなんて言いながら、マルキシストど真ん中じゃないか?と、からかったら、小僧ナメんじゃねーよとアタマこずかれたことがある。もちろんお互い洒落ではあったが。





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