S先生の話④


「森将軍塚古墳」
全長約100mにものぼる、長野県下最大級の前方後円墳。おそらく4世紀末、古墳時代前半に築造、信濃(科野)を統一した王の墓と推定される古墳で、千曲市という、長野市中心部から20㎞ほど離れた南部に隣接した地にある。



千曲市は、北国街道の善光寺平への入り口にあたる。善光寺平は高い山々に囲まれ、他にさしたる街道をもたないため、この千曲市はまさしく交通の要衝なのである。ここを抑えられるか否かが、北信地域統治が決定づけられる最重要ポイントといえる。川中島の戦いも、この地のパワーバランスが崩れたのが原因といっても過言ではない。

かような地を大王の墓所とするのは、ごく自然のことだが、この古墳の特異なのは設定された場所である。平坦部ではなく、200mほど山上の切り立った尾根を利用して築造されている。

何故、現代でも施工困難な場所に延べ人員およそ55000人、10年もの歳月をかけて作り上げたのか。それは墳上に立てば一目瞭然である。そこは善光寺平を一望する、もっとも最良の場なのだ。
自ら平定、わが手で築きあげたクニを睥睨し国民に、いやわが子たちに

I am here
I was here

私はここをいる。
みなのもの安んじて栄えよ殖やせよ。

という想いをかたちとしたものであると確信する。

……大げさに書いている。と、お感じの貴兄はせひ実物をご覧あれ。間違いなく同意していただけると思う。





偉大なる恩師 S先生はその後どうされているだろうか。ここ10年以上、連絡を取っていないことに気がついた。まったくロクデナシな教え子である。


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