「夏の嵐」あるいは駆け落ちについて③


夏の嵐 Senso』 1954年イタリア
監督:ルキノ・ヴィスコンティ
出演:アリダ・ヴァリ、ファーリー・グレンジャー
19世紀なかば、ヴェネツィアのセルピエーリ伯爵と夫人のリヴィア(アリダ・ヴァリ)は、親娘ほど年齢差のある夫婦である。夫に対して常に疎外感持っている彼女は、あることをきっかけにオーストラリア軍将校のフランツと恋に落ちる。密会を重ねる2人は激しく燃え上がる。恋に狂った彼女は、ついに夫の金に手をつけ…。
原題は〈Senso〉イタリア語で官能を意味するそうだが、邦題こそふさわしいタイトルであると思う。ラスト、全てを失い恋人にも裏切られたリヴィアの放心した顔。恋人が撃たれたのであろう銃声を聞きながら歩く姿は、激しくも瞬く間に過ぎ去る夏の嵐のようにも見える。

S藤くんとC美ちゃんの道行はほどなく敗れ去り、家庭に連れ戻されることとなった。哀れ二人は引き離され、若き恋ははかなく散り……。
ということになれば、多少なりとも格好もつくのだが、さにあらず。好きあっているなら仕方なし。と、双方の両親が折れ交際できることとなった。九月になりS藤くんは、夏の嵐どころか一点の曇りも衒いもない、こざっぱりした表情で
『あぁ楽しかったァ』
と言い放ったものだ。その後、順調に交際を続け二十三の年に結婚。3人の子どもにも恵まれ、幸せな家庭を築いている筈。…筈、というのはもう25年も会っていないから。どうしてるかな?久しぶりに飲みに行くかな。と、思いつつ長々と失礼した。




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