「ストーカー(1979)」あるいは〈難解〉との再会について①


「ストーカー」を観た。
ソビエトの映像詩人といわれたアンドレイ・タルコフスキーが1979年に製作した作品である。昔、二度ほど観てぶっ飛ばされた作品だ。

『ストーカー』とはつきまとい行為のことではなく、字義通り『密かに獲物を追うハンター』というほどの意味である。この作品においては、『闇の案内人』という意味も持つ。
なぜ、このような地味で難解な映画を、それも30年前、高校生時分に観たかというと、ひとえに「SF」として喧伝されていたからに他ならない。
アルカジイとボリスのストルガツキ兄弟の「路傍のピクニック」を原作とし、「惑星ソラリス」で名を馳せたタルコフスキーが製作したとあれば、騒がれないわけがない。…極めて狭い範囲ではあったが。
SFである。
とは、原作者も製作者も否定はしていない。しかし、それらしき設定は冒頭の科学者のことば、そしてストーカーのミステリアスな娘のみである。特撮もほとんど見当たらない。


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