長野市「とんかつ健」立てるは肉の…


【お店のデータ】
とんかつ健
場所 長野県長野市箱清水2-12-21 [地図はこちら
電話 026-234-1404
駐車場 あり

明治は遠くに…

明治45年は西暦でいえば1911年。したがって、100年以上が経過したこととなる。社会体制も生活習慣も、話し言葉も食べるものも現在とはずいぶんと違ってしまったようだ。思えば遠くに来たものだ。などと観て来たかのように語ってしまうが、とはいえそこは同じ日本人、いや、現代のわれわれの基になだけあって、心情的な部分ではあまり変わってはいないようだ。

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

とは夏目漱石「草枕」の冒頭部分である。
理屈をいってもだめ、情にほだされても、我をはってもよろしくない。であれば、気にせずわが身のことたけ考えていれば良いのだが、つい周囲をみてしまう。何事も上手くいかないものだ。こんな文章を読んでいると、明治の文豪にも親近感が湧いてくるというものだ。

あゝ日本人

近年、「忖度」なる言葉が流行したがあんなものは身近なそこここに転がっていることだ。要するに「空気を読んで上手くやれ」という言葉だ。何を今さら、騒ぎ立てるようなことではない。「圭角(かど)」さえ立てなければ問題ない、と考える。
そんな事だから失敗もする。何度やらかしちまった事か。あんな時こんな時なってなかったよなぁ。なんてことはしょっちゅうだ。そんな事は私だけではなく、どこの誰にでもある事だし、日本史にも「やらかしちまった事件」がたくさんある。

司馬遼太郎の説

司馬遼太郎によれば、こういった日本人的性質は元からある「村社会」の名残と、徳川家康と彼が作り上げた幕藩体制にあるという。そういった根の深さゆえ、簡単には覆すことが出来ない。誠に腹立たしいばかりであるが、よそ様も似たようなものだろう圭角立てず、腹も立たさず静々と参ろうではないか。立てて良いのはとんかつの角ばかりであるべきなのだ。

ジャンボ

幼少のみぎりより「ジャンボ」が好きなのだ。通常よりも大きい、とか分厚い、といった表現に心惹かれて幾星霜を費やしたことか。母親から
「お前は全部といっぱい、大きいたっぷりが好きだったから」
と言われるが、それはまったく正解なのである。生まれついての欲張り人間。一般的な意味において50を過ぎて、いささか恥ずかしくなくもないのだが、こればかりは仕方がない。こうなると、「アイデンティティの領域」であるといって過言ではない。ジャンボ・分厚さあっての自分であると言い切って支障はない。周囲からは健康面を注意され、腹回りのあんまりさを笑われるばかりだが、メニューを前にするとそちらに目が行ってしまう。

「とんかつ健」

善光寺の北側、箱清水の地にあるこちらは、「とんかつ」とあるように基本的にとんかつ屋で、メニューも揚げ物が中心となっているが、店内のあちらこちらに短冊状の品書きがあるところをみると、近隣住民の居酒屋、コミュニティとして機能しているようだ。もちろん車だから飲めるわけがないので、おつまみメニューはスルーとなる。あゝ腹がへった。もちろん注文はアレ一択である。

「ジャンボとんかつ定食」

コロッケ、エビフライとならぶ「ジャンボシリーズ」の一廓である。どれもこれも大好きなメニューだが、やはり分厚さ、迫力度からしてこれしかないと確信する。厚さは1.5〜2センチ、といったところであろうか。クキッとした直角が、緊張感を演出する。断面をながめるだけで、多幸感が溢れてくるのは私だけではないだろう。なんのかんの言いながら、肉は「質」以前に「厚さ」あってのものなのである。

揚げたてかつ分厚いとんかつには塩、と言われている。たしかに美味い、否定するつもりはまったくない。しかし、とんかつはソースあってのものなのだ。じゃぶじゃぶソースで、男らしく喰らうのが一番だ。

and others…

しかし、ごはんを控えるのを忘れない。食べすぎであることには間違いないのだ。とはいえ、炊きたて熱々のごはんほど美味いものはない。楚々とした冷奴には、北信らしく洋ガラシが添えられている。ツンとした辛味はかえって爽やかな印象を受ける。大根とキュウリのオーソドックスな漬け物も、とんかつの迫力を支える、大事な脇役である。


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あらら?冒険記 大腸鏡編


健康診断とその結果

先々月の健康診断の結果は、想像よりもよいものであったといえる。…よい、という表現はやや微妙なものである事は素直に認めよう。喫緊の、あるいは至急の治療や投薬が必要ないだけで、メタボではあるし、現在の通院と治療を忘れずしっかり行え。歳も歳だから、暴飲暴食は避けよ。との事であった。

ただ一つ、「要検査」とされたものがある。
便潜血+
要するに、大便に血液が混ざっているよ。大腸に何か、疾患があるかもしれないよ。そういう事だ。
何かがあるかもしれない。

そんな事は、年齢からしてあり得ることだろう。いつまでも若くはない。臓器も弱ってきているだろう、先に言った通り、メタボでもある。むしろ、「何か」があって当たり前なのかもしれない。ま、あったところで、その場で対処するより他にない。深刻な事であれば、それはそれで興味がなくもない。いずれにせよ、長く放置しておいても意味がないし、面白くもない、検査しに行くか。いざ、冒険の始まりである。

大腸鏡検査

検査、といってもいきなり病院へ行き
「はい!お願いします!」
という訳にはいかない。まずは主治医の基へ相談にいき、検査を行う、行わないの判断をしてもらう。
「ま、やってもらった方がいいね」
というお言葉を頂き検査決定。検査とは「大腸鏡検査」である。体内にぐりぐりと機械を差し込み、中を覗くという、一見乱暴にみえるが、現代的に洗練された手法なのだという。疾患があれば、その場で試験体を採取する事も出来れば、手術も可能である。この技術が進化したおかげで、開腹手術が劇的に減少、リスクも少なく、予後もさしたる心配はいらない。言わば、医療に革命をもたらした。といっても過言ではない技術である。

しかし、今回の検査は大腸鏡である。はなはだ尾籠な事で恐縮だが、お尻から中へ、という工程を経る以上、検査機関は限られてしまう。主治医は
胃カメラの名手なのだが、こればかりは仕方ない。連携している総合病院を紹介してもらい、そちらへと赴くこととなる。

地方独立行政法人 長野市民病院

こちらは、北信地区の拠点病院となっており、30診療科400床という、大々的な総合病院である。
7月の終わりに第1回目の受診。といって、実質的に予約だけなのだが、検査をしてくれる先生と行会い、準備などをきかされる。

前日はなるべく繊維質の多い食品、例えば生野菜など残渣となる可能性のあるものは出来るだけ避けて、20:00までに夕食を終え、下剤を飲むこと。その後は検査終了まで、水・お茶以外のものは一切とってはならぬ、というお達しである。
と、ここまで大袈裟に書いたが、じつは大腸鏡検査はこれで4回目なのである。しかもすべて市民病院でやっている。勝手知ったるものだ。

検査までの段取り

マニュアル通り、朝食は抜いて摂取できるものは水もしくはお茶のみ。まことに侘しい朝の時をすごし、10:00に市民病院到着。10:30でよいと言われていたのだが、われながら気早なことである。時間があると、ついレストランを覗いてしまうのは仕方のないことだ。和風モーニング、焼き魚がこれほど小さければ、腹の足しにならない。しかし食べたい、おれは腹がへっているのだ。
「コーヒーor紅茶 お替り自由」
という文言から目が離れない。あゝおれは腹がへっているのだ。

内視鏡検査室で受付完了後、直ちに儀式が始まる。すなわち腸管洗浄という、キツいキツい通過儀礼があるのだ。オリビア・ハッセーにジョン・レノンをふりかけ、マーク・レスター風味をつけ加え、数回咀嚼したような看護師さんが丁寧に教えてくれる。想像できない?ならばそれでよいではないか。おれは腹がへっているのだ。

オリビア看護師と儀式の始まり

腸管洗浄剤モビプレップ、誠に妙な名前の薬だが、これを

モビプレップを250ml、15分かけて飲む
モビプレップを250ml、15分かけて飲む
水を250ml、15分かけて飲む

これを1クールとして、3回繰り返す。以前のものとは変わったようだ。少し量が減ったか。
トータル2.25ℓ。頑張ればひと息で、という事もできるがオリビア看護師にダメ出しされる。では15分おきに250mlをすいーっと。というのもダメ。刺激が強すぎて腸管の内圧が高まり、穿孔の可能性があるとの事だ。
15分かけてゆっくりゆっくりいけ
という。なかなか曖昧なことで、毎度困惑するのであるが、なんとかしてみよう。

いろいろ考えた結果、250mlを80ml、80ml、90mlに分けて5分おきに飲み干す事にする。この辺は、カップについた目盛りを見ながら、かなり目分量ではあるが、それは勘弁してもらう。15分間に250ml飲めばよいだろう。

モビプレップ

それにしてもモビプレップはまずい。
スポーツ飲料に塩を足した、というイメージは以前のものと変わらない。味わいがはっきりした分、口中に残る風味がなんとも言えないのだ。不自然な甘さと塩加減なのである。良薬口に苦し、というがかようにへんちくりんな名の薬はより一層、美味い訳がない。

2時間と少しをかけて飲み干す。その間、7回トイレへの出入りを繰り返す。水様便というが、昨夜から今朝にかけて出てしまっているので、ほとんど色つきの水のようなものである。残渣のあるリアルゴールド、という感じか。
上手くしたもので、3クール目が終わったくらいには看護師さんから合格を宣告される。やれやれ。右隣にいる品の良い年配のおばさんは、飲みきれないといって半泣き状態だ。とにかく飲め、飲み終わったところで確認する、と言われ呆然としている。左隣のジェントルマンは、飲み終わったのに出ない、といって新しくモビプレップが処方された。どちらも気の毒な事だ。

儀式の終わりと読書タイム

処置は15:30からの17:00までの間に行われる。
と聞き、心折れへなへなとその場に崩れ落ちそうになる。現在12:45、最低でも2時間待ちか。仕方ない、図書室で待つことにする。途中、コンビニに立ち寄り冷たい煎茶を購入。併設のレストランメニューにくぎ付けとなってしまうのも致し方のないことだ。

「まぐろとしらすの紅白二色丼」
「チキンと茄子のトマトソーススパゲティ」
「豚肉のコチュジャン炒め」
あゝ美味そうだ。おれは腹がへっているのだ。
図書室とは、玄関ロビーのすぐ脇に設置されているコーナーで、一般書籍やマンガが用意されている。入院患者はもちろん、私のように検査や診察待ちの人も利用できるようになっている。さて何を読むか。

「クッキングパパ」

うえやまとち原作のマンガで、コミックモーニング誌で、1985年から連載されている、長寿作品である。主人公 荒岩一味が、いかつい体躯と繊細な技倆とで料理を作りまくる、というお話だ。あゝ美味そうだ。おれは腹がへっているのだ。

コンビニコミック版だから、連載順ではなくばらばらに収録されている。だから絵の巧拙、構成の違いなどがよく分かる。とくに初期のものは、コミックモーニング創刊時のコンセプト
「20歳代後半、独身男子の処世術」
を踏襲したもので、じつに微笑ましい。「課長 島耕作」だって、連載開始時はサラリーマンの悲哀を描いた、情けないオトコを描いたマンガだったのだ。

内視鏡室と再待機

15:30となったので、内視鏡検査室に戻る。…が、なかなか声がかからない。20分ほどして、先ほどのオリビア看護師から
「最初の患者さんに手間取ってしまい、後が押してしまっている。大丈夫ですか?
大丈夫もへったくれもない。では明日に変えよう、などという事は出来ようはずもない。待つしかないではないか。
そして16:30、17:30が過ぎ、18:00ちょっと前、いい加減キレそうになるタイミングで呼ばれる。検査着に着替えスタンバイOK。それでも検査室入りしたのは18:30くらいだったか。

麻酔と検査と漱石と

検査中は麻酔をする。
という事は、当初から申告していた事である。10年ほど前の第1回検査時に、大変な思いをしたので、以来麻酔状態でやってもらう事にしているのだが、看護師(オリビアとは違う人)から
麻酔、やめませんか?
と言われる。ただでさえ遅くなっているのに、これから麻酔では一層のこと時間がかかってしまうからだ。
いいえ、麻酔はお願いします
遅くなったのはあなた方の都合、苦しいのは私である。という事で注射1本、軽い痛覚とともにコロンと意識を失う。

強いて寝返りを右に打とうとした余と、枕元の金盥に鮮血を認めた余とは、一分の隙もなく連続しているとのみ信じていた。その間には一本の髪毛を挟む余地のないまでに、自覚が働いて来たとのみ心得ていた。ほど経て妻から、そうじゃありません、あの時三十分ばかりは死んでいらしったのですと聞いた折は全く驚いた。

とは夏目漱石「思い出す事など」から、いわゆる「修善寺の大患」が描かれた場面である。無論、かほどに大袈裟なことはないが、気分はこれとまったく同様である。

「あらら?さん」
と呼びかけられたのは、注射の後、ほんの一瞬の間のことと思われたが、実時間では20分ほど経過していた。
1時間ほど様子を見る。
と言われたが、もう目は覚めちゃってるし、少しふらつくけど動けるよ、と返したのだが、15分だけ横になっていろ、と言われる。実際には10分ほどだと思うが、放免され着替えることとなる。

検査終了

「先生が見えるまでしばらくお待ち下さい」
待つのはよいが、おれは腹がへっているのだ。コンビニでパンのひとつも食べさせてくれと懇願し、許可が出たのでいそいそ出かける。
「オムカツサンド」
オムレツにパン粉をつけ、揚げたものを具としたサンドイッチだ。コカ・コーラゼロとともに愛おしく頂く。あゝ美味い、しみじみ美味い。とかなんとか言いつつも、食べ尽くしたのは、ものの1分ちょっとであろう。もうひとつ行くかな?と検討を始めた時に、お声がかかる。

言い忘れていたが、担当医は女性であった。色白にしたウーピー・ゴールドバーグを可愛くしたような、というとまた混乱されそうだが、適当に想像してもらいたい。

画像をひと通り見せてもらった上で
何もありませんでした
と、あっけらかんと言われ終了。一ヶ所、ポリープ様のものがなくもないが、色合いやサイズからして良性のものでしょう。襞の反対側、見えない部分に腫瘍がある、なんてこともなくはないのだが、たぶん大丈夫でしょう。潜血も、どこかが擦れて出血でもしたんじゃないですか?との事であった。ウーピー先生、真面目そうだが、シャレもききそうだったので、気の利いたセリフのひとつも言ってやろうかとも思ったが、疲労困憊状態だからか、思いつきもしなかったので、そそくさと帰る。

会計、そして冒険の終わり

時刻は19:30。会計が終わってしまっている、という事なので救急コーナーに回り支払いをする。
7100円
3割負担だから、実際はおよそ23000円の検査である。けっこうな金額で、なおかつ大変な労苦を伴うものだったが、結果は何もなし。
…いや、無くて結構なのだ。前日から起算して23時間30分の冒険は、まことにあっけなく終わりを告げたのだった。

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