あらら?冒険記 【晩秋のアート編】③


渋谷へ

さて、いよいよ本番である。これが今回のメインイベント。このために10ヶ月前から準備していたのだ。場所は渋谷、東急文化村オーチャードホール。ずいぶん昔からある施設だが、今回が初である。
そもそも、渋谷があまり縁のある場所ではなかった。私が生まれ育った新宿区牛込は盛り場=新宿なのである。それに渋谷にでる交通機関が乏しく、簡単に出ることができないという事情もあった。必然的にごく近隣にいながら、渋谷体験がほとんどない。だから、渋谷は感覚的にアウェイの地なのである。

変貌と大混雑

私が長野に引っ込んでからの20年というもの、東京は大変な変貌を遂げた。特にアウェイの地 渋谷は特に凄まじい変わりように思える。
宮益坂口(父親は死ぬまで「都電の操車場」と呼んでいたが)側は整備され尽くし、ヒカリエの完成など、もうよく分からない。
その関係からか、ただでさえ混雑していた駅前が一層凄まじくなったような気がする。混雑というより「カオス」とでも言うべきか。ラーメン屋で隣り合ったおじさんは
「金曜の朝3:00〜4:00に来てごらん、これくらいの人は平気でいるよ」
ワールドカップやハロウィンの混乱は日常のこと、特に驚くべき話題ではない。と語っていた。なるほど。
腰痛は変わらないが、本番までは今しばらく時間がある。せっかくだからこれを観ていこう。という事でJR渋谷駅と京王井の頭線渋谷駅を結ぶコンコースへ。

岡本太郎「明日の神話」

岡本がメキシコに建設されるホテルのために描いた超大作。長い間行方知れずとなっていたが、紆余曲折の末ここに設置された作品である。原子爆弾が爆発する瞬間を描いており、岡本の頂点とも言われている。このパワーがすごすぎる。
さぁ頃やよし。いざ本番である。

KING CRIMSON

イギリスのロックバンドで、1968年結成。リーダー(と呼ばれることは否定するが)Robert Frippを中心に、何十回にものぼるメンバーチェンジと、幾多にわたる音楽性の変転にも関わらず、クオリティの高い楽曲を50年もの間提供し続けているという、奇跡のような存在である。今回は

Robert Fripp(Guitar)
Jakko Jakszyk(Guitar, Vocals)
Mel Collins(Saxes, Flute)
Tony Levin(Basses, Stick, Backing Vocals)
Pat Mastelotto(Acoustic And Electronic Percussion)
Gavin Harrison(Acoustic And Electronic Percussion)
Jeremy Stacey(Acoustic And Electronic Percussion, Keyboards)
Bill Rieflin(Mellotron, Keyboards, Fairy Dusting)

という8人編成。トリプルドラム!
前々回のダブルトリオも凄かった(音源だけで観てはいないが)が、今回はいったいどうなってしまうのだろうか。ボーカルはJakko Jakszykだから、第1期の曲げ網羅される。ましてベースはTony Levin、ウインドプレイヤーでMel Collinsまでいるのだ。昨年、このメンバーによるLIVE盤が発売されたが、音だけではよく分からない。とくにトリプルドラムが。これは行くしかない、いや行かねばならぬ。Robert Frippだって70を超えたのだ。次があるかどうかも分からない。やはり、行って確認するしかなかろう。抽選、17000円のチケットを手に入れ旅費を貯め、と10ヶ月の血の出るような努力のもと東京に出てきたのだ。これが大したものでなければ、Robert Frippの親父を呪い殺してやる。

オーチャードホール

18:30開場、全席指定であるのにオーチャードホール前はプログレおたくどもの熱気でむんむんとしているが、その割に静かなのが薄気味悪い。そもそもなんで並んでいるのかと思っていたら、開場次第にまずはグッズショップへと直行するのだ。さすが商売人Robert Frippである。ここでしか買えないグッズが山ほど用意されている。市販されていない音源、Tシャツなどなど。ちょっとだけ覗いたのだが、70,000円も使っているものがいた。いやはや。私など2500円のパンフレットですら大熟考の末買ったというのに。というか、お前らそんなにRobert Frippの罠に嵌りたいのか?

LIVEスタート

そんな訳だから、観客の年齢層はおしなべて高い。私より少し上くらいの人が多いようだ。そして開演。Pat Mastelotto、Mel Collinsという順で登場する。セットリストは以下の通り

第1部
01. Hell Hounds of Krim
02. Neurotica
03. Suitable Grounds for the Blues
04. Discipline
05. Indiscipline
06. Cirkus
07. Lizard
08. Islands
09. Radical Action (To Unseat the Hold of Monkey Mind) (partial)
10. Radical Action III
11. Meltdown
12. Radical Action II
13. Level Five

第2部
14. Devil Dogs of Tessellation Row
15. Fallen Angel
16. Red
17. Moonchild
18. Bass, guitar and piano cadenzas
19. The Court of the Crimson King
20. Easy Money
21. Larks’ Tongues in Aspic, Part Two
—encore—
22. Starless

第1部は第2期を除く全期間を満遍なく、といった感じだ。叫んだり立ち上がったりする者がいないのかとてもよい。そもそも音が抑えられているので、じつに聴き心地がよい。高齢者向きのロック・コンサートというわけである。

曲が始まる際に小さな声で「うお」と反応するのが面白い。まぁ私も同様なのだが、会場全体が同じことをすると結構な大きさで聞こえる。01〜03とウォーミングアップのような展開からの04、05はすごい。おおおお!「Discipline」と「Indiscipline」が続けざまなんて。そして07はみな一瞬反応が遅れる。え?「Lizard」?まさか「Prince Rupert Awakes」が生で聴けるなんて。もちろんJon AndersonでもGordon Haskellでもないが、Jakko Jakszykが頑張ってくれたからよい。長生きはするものだ。そして12、13というノリのよい曲で第1部終了。

第2部

20分の休憩を挟み第2部のスタート。14はLIVE盤「Radical Action to Unseat the Hold of Monkey Mind」の収録曲で、たぶんインプロヴィゼーション。そして15から怒涛のヒットソングを、ほぼ完コピ(とは言わないか)。Mel Collinsというマルチプレイヤーがいるから、原曲に限りなく近い演奏となる。あゝ幸せだ。「Fallen Angel」「Red」ときて「Moonchild」となったら隣の大将が泣いていた。何を大げさな、と思っていたら「The Court of the Crimson King」のリフレインで不覚にも私も泣いてしまった。そして「Easy Money」「Larks’ Tongues in Aspic, Part Two」という黄金パターンを経て第2部終了。アンコールは「Starless」これで盛り上がらいわけがないではないか。

プレイヤーたち

予想通りトリプルドラムは「体感してナンボ」のものであった。Pat Mastelotto、Gavin Harrison、Jeremy Staceyのドラム合戦はど迫力であった。各々がソロを回していく様はロックの楽しさ、面白さの体現であった。Jeremy Staceyはドラムだけでなくキーボード(というよりピアノ)の名手で、「Lizard」の名演はかれあってもものだ。Mel Collinsも上手くて素晴らしくて。Tony Levinはもっとも観たかったプレイヤーで「うねるベース」を体感出来たのがとても嬉しかった。Jakko Jakszykは少し窮屈そうな感じ。ボーカルが少ないのはともかく、もう少しギターソロを取らせてやろーよお舅さまRobert Fripp翁。
なんでそんな事を言うかといえば、もっとも目立っていたのがリーダーRobert Frippであったからだ。ソロといいリズムといい、あのガギガギした音で弾きまくる弾けまくる!これが目当てだからまったく文句はないのだが、どうせなら「Fracture」を聴きたかった。いや、まだまだあるぞ。「Night Watch」の冒頭部が再現できるのか?「Cadence and Cascade」の繊細かつ不安定な音もよい。「Larks’ Tongues in Aspic, Part One」も聴きたい、いやオレはそもそも「21st Century Schizoid Man」が聴きたかったのではないか?
「聴きにくればいいじゃないか」
Robert Fripp翁の声が聞こえる
「セットリストは毎晩違うのだよ。チケットも余っているよ」
とほくそ笑んでいるかのようだ。13ヶ所ツアー?17000円?どーって事はない。嫁娘を叩きうれば済む事だ。ほんの少し、借金する事のどこが悪いのだ。

…などと、まじめに考え始めてしまう自分が怖い。ここはほどほど、分をわきまえよう。

という事でLIVE終了。ほやほやした気分になりながら、実家を目指す。


にほんブログ村

あらら?冒険記 【晩秋のアート編】①


TOKYOへ

2日間続けて東京に行ってきた。
B型人間は突如思いつき行動に、というのが常なのだが今回は半年も前からの計画。われながらとても変な気がするのだが。まぁ計画といっても用向きは一件のみで、あとはギリギリになってから予定したのでいつもとあまり変わりはないか。詳細は後述するとして、潔く出発である。

AM5:30 未明の出発

なんでまたこんな時間に?とは皆から言われたが、東京で出来るだけ長く過ごしたいのだ。それと、すっかり様変わりしてしまった東京で何が起こるか分からない、なんぞという不安もある。おまえは東京生まれで31まで彼の地で過ごしたのであろ?とのツッコミを頂きそうだが、20年も経過すれば、土地勘などまるで消え失せてしまっている。まして今回はもともと得手ではない街 渋谷なのである。ここ数年でもっとも変わり果てた街SHIBUYAなのである。やはり行動時間は多い方がよい。と、田舎者丸出しでお登りさんと相成る。

旅のテーマ

という事で冒険は始まったわけだが、今回は仕事でもない。実家関係の用向きではない。純粋に自分の趣味・好みでの行動なのである。家族も伴わず、じつにフリーでよい塩梅の旅は嬉しくてたまらない。そうなのだ、自由なのだ。これを多としてたっぷり楽しもうではないか。そのためには効率のよい行動が必要であろう。行動計画にはまずテーマ。これをしっかり決めていこう。様々な試行錯誤と優柔不断、そして果てしのない逡巡の末決定したのが
「晩秋のアート」
である。本来の用向きがアート関係という事もある。調べてみたらさすが東京、興味深い展覧会がある。では秋深いTOKYOのアート巡りとしよう。

上野恩賜公園

アートといえば上野公園、というのはシンプルすぎていかがなものか。と思わなくもないのだが、世界遺産 国立西洋美術館もある、国立博物館もある、東京都美術館だってある。だから「上野=アート」と言い切っても文句はあるまい。それに観たい展覧会がふたつもあるのだ。だからこれでよいのだ。

東京都美術館

こちらに伺うのは30年ぶりくらいだろうか。建築学生の時代、前川國男の代表作に触れてみよう。という事だったのだが、物の見事に忘れ果てていた。こんな内向的な計画だったのか。
場所は公園のもっとも北側の一画なのだが、大噴水広場と動物園に挟まれた、喧騒の谷間に位置するといえる。前川は、それを避けるために敷地外周に沿って施設群を設け、中庭を作る。そこから地下へアプローチさせることで、内部・外部を隔絶させるというなかなか巧みなプランニングである。見た目の面白みはないが。この辺りが藤森照信のいう「前川國男はプランを取り立面を捨てた」という事なのだろう。こちらで観るのが

「ムンク展 共鳴する魂の叫び」

エドヴァルド・ムンク(1863〜1944)はノルウェーを代表する画家で、「叫び」が有名である。というかそれしか知らなかったのだが、これがすごい作家だったのだ。
幼少期にあった母そして姉との死別。父との葛藤、安定しない自らの精神状態、破れ果てた初恋、恋人との諍いが発展した発砲事件など、彼にふりかかる事件を通して培われていくテーマ「息づき、感じ、苦しみ、愛する、生き生きとした人間を描く」すなわち生命そのものこだわって行く姿が編年式に展示される。

「病める子」「接吻」「吸血鬼」そして…

夭逝した母、姉をモチーフにしたと言われる「病める子」は不覚にも涙してしまう。白く正気のない少女の横顔は、死への不安と諦念とがないまぜになったなんとも言えない表情である。

「生命のフリーズ」と題された連作シリーズもある。あるモチーフを少しずつ解釈を変えながら、何作も描き続ける、というものだ。

「接吻」というシリーズがある。

最初の作品は、窓辺で情熱的に抱き合い、接吻する男女が写実で描かれるが、作を重ねるうちに男女は溶け合うように一体化していく。

「吸血鬼」は寝ている男の血を吸おうとしている女吸血鬼が次第に変化してゆく。

融合するのは同じだが、あるときは部屋の中、ある時は海辺、ある時は生命溢れる森の中と変わっていく。何やらメタフィクションのような展開が面白い。後世のガルシア・マルケスやフィリップ・K・ディックあるいは筒井康隆に影響を与えたのではないか。そんな気がする。そして「叫び」だ。

「叫び」

妹を見舞うため訪れたエーケベルグの町。そこで見た、血のように赤く染まった夕陽に恐れ慄き、そして叫び声を上げるムンクが描かれる。不定形に不気味に重なり合う形、色彩。極端にデフォルメされた「叫ぶムンク」。どこからどう見ても凄まじいインパクトである。一目みただけで釘付けになってしまう。もっとゆっくり観ていたかった。大混雑で叶わなかったのが残念でならない。

ムンクの生涯

生涯を芸術に捧げ、独身を通したムンク。そのために恋人から撃たれ左手の中指を失ったりする。晩年、ノルウェーの国民的作家として認められるも、ナチスドイツの台頭により「退廃的」として批判されるようになり、完全な隠遁生活に入る。そして孤独な死を迎えることとなる。彼の生涯は栄光に満ちたものであったか、あるいは悲劇的であったかは分からない。しかし、誰よりも「生き切った」といえよう。じつに見事な企画であった。素晴らしかった。でも、もう少し空いていればもっとよかったのだが。さすが東京だ、平日でも美術館が混雑するなんて。


にほんブログ村

「東京裁判」について②


すごいのは裁く方も同様である。
「裁判」と名付けられてはいるものの、実質的に米ソの戦後処理という政治目的以外のなにものでもない「儀式」であるに関わらずアメリカの「フェアであろうとする姿」にはアタマが下がる。
無論、不完全なものであるには変わりない。それでも日本弁護団が「欧米式裁判に不慣れ」と難色を示したら、アメリカ人弁護士をサポートにつける。

その中の一人、ベン・ブルース・ブレイクニー弁護士の発言がすさまじい。
アメリカ陸軍の将校であった彼の1946年5月14日の冒頭陳述

「国家の行為である戦争の個人責任を問うことは、法律的に誤りである。何故ならば、国際法は国家に対して適用されるものであって、個人に対してではない。個人に依る戦争行為という新しい犯罪をこの法廷で裁くのは誤りである。戦争での殺人は罪にならない。それは殺人罪ではない。戦争が合法的だからである。つまり合法的人殺しである殺人行為の正当化である。たとえ嫌悪すべき行為でも、犯罪としてその責任は問われなかった。」

「キッド提督の死が真珠湾攻撃による殺人罪になるならば、我々は、広島に原爆を投下した者の名を挙げることができる。投下を計画した参謀長の名も承知している。その国の元首の名前も承知している。彼らは、殺人罪を意識していたか?してはいまい。我々もそう思う。それは彼らの戦闘行為が正義で、敵の行為が不正義だからではなく、戦争自体が犯罪ではないからである。何の罪科でいかなる証拠で戦争による殺人が違法なのか。原爆を投下した者がいる。この投下を計画し、その実行を命じ、これを黙認したものがいる。その者達が裁いているのだ。彼らも殺人者ではないか」

これ、終戦から1年たっていない段階の発言である。すさまじい言葉だ。戦争を行ったのはお互いさま。いくら勝ったとはいえ、片方が悪いと決めつけ一方的に裁くことなどおかしいのではないか?
こういうところがアメリカ人の懐の深さ、素晴らしさといえるだろう。

他にも見どころはたくさんあったが、この辺にしておこう。戦時法制がどうとか、憲法改正が云々されているから、ということを抜きにして今、自分たちが立っている場所はどのように形づくられたか。こんなことを確認するためにも観てよかった、とつくづく考えた。

 

「東京裁判」について①


ここしばらく、折にふれ観ている映画がある。

「東京裁判」(1983年 小林正樹)

「切腹」「怪談」などを演出したリアリズム系作家が、その晩年に五年間をかけて米国国防総省の保管フィルムや内外のニュース映像などを編集して作り上げたドキュメンタリー映画。極東国際軍事裁判「東京裁判」を通して第二次世界大戦の、日本の近代史を語るという上映時間6時間もの大作。公開当時から観たい、と思いつつもこの長さに恐れをなして見送っていたという因縁の作品でもあります。今回はたまたま、ヤフオクで安くDVDを購入できたので自宅でゆっくり上映会である。

正直、よほど難解な映画かと思いきやさにあらず。とても「さわやかなサムライども」を描き切った作品だった。無論、時系列に語られる戦時状況は退屈な点が無きにしも非ず。しかし、その説明がなければ成立しない。

それにしてもA級戦犯(かつての国家指導者)たちと彼らを裁く検事・裁判官たちの堂々とした立ち居振る舞いは感動的ですらある。
まずは広田弘毅。最終的に処刑された被告の中で唯一の非軍人(外交官)であった彼はつまるところ、五・一五事件、二・二六事件と軍人たちの暴発があったとはいえ、軍隊に物申すことができなくなった、シビリアンコントロールを失う原因を作ったのは、その後の戦争に突き進む端緒を切ったのは自分である。として、なにも語らず死んでゆく姿の潔さがすばらしい。

東条英機は登場人物の中でもっともイメージが変わった人物だった。
一時は「日本のヒトラー」くらいのヒドい言われようをしていたものだが、ここにいる彼は優秀な軍政官。自らの進退に逃げずひるまず、未熟な通訳を叱りつけ、すべての責任は自分にある、と言い放つ。
キーナン首席検事との微妙なやりとりの末、天皇陛下に責任はないと言質を与えるくだりなど涙なしではいられない。