あらら?冒険記 【晩秋のアート編】④


「実家」の朝

実家と何気なく書いたが、実際には「生家」が正しい。「実家」とは

婚姻または養子縁組によって他家にはいった者の、元の家

との意味である。したがって婿に出たわけではない私が「実家」とは明らかにおかしなものであるが、面倒なのでこれでよしとする。

2年ほど前に父が亡くなり、独居となった母だが、80を超え耳が少々遠くなりはしたものの、元気も元気、以前にも増して大騒ぎしている。おかげで安心ではあるもののうるさくてたまらない。片付けものを手伝い愚痴を聞き、挙句に小遣いまで渡さねばならないとなれば、決して快適な場ではないのだが、これは仕方のないことであろう。朝食を摂り、年末の再訪を約束して出発だ。まずは芦花公園へと向かう。

芦花公園駅

ずいぶんと長い間、京王線を使っているが、この駅に降り立つのは初めてだ。世田谷区の最北端に位置する小さな駅である。「瀟洒な住宅街」という感のある、きれいな街並みだ。近隣に芦花公園、正確には「蘆花恒春園」がある事から名付けられたとされる。ちなみにこの公園は文豪 徳富蘆花の旧宅が東京都に寄贈され、

武蔵野の面影を多分に残した公園として一般に公開された。 Wikipedia

との事だ。現在でも徳富邸が見学できるとのよし、一度は訪ねてみなければならない。
こちらから5分ほど歩いた場所が、今回の目的地である。

世田谷文学館

こちらは世田谷に所縁のある作家たち、先に話題の出た徳富蘆花、萩原朔太郎、宇野千代、横溝正史らの自筆原稿や愛用品などが展示されている。1995年に開館で、なかなか凝ったつくりである。ということも東京時代から知ってはいたが、訪れる機会がなく今回が初訪問となった。
環八線のすぐ近くとの事だが、さしたる喧騒をじることもなく、静かな地域に佇んでいる。

ムットーニのからくり箱

まずは常設展示から。様々な作家たちの遺品や業績のパネル展示など、丁寧なつくりでじつによい、雰囲気もよし。そして何より特徴的なものが「ムットーニのからくり箱」である。これは

「ムットーニ」とはアーティストである武藤政彦が作り出した作品のことを指しており、写真や映像では表現できない総合芸術の要素が含まれている。その作品は立体のからくり箱であり、動き・光・音楽など全てが絡み合った小さなストーリーボックスである。 Wikipedia

というものだ。音楽と、詩や文学作品の断片に合わせながらからくり箱が静かに、少しずつ動くのだ。正直なところ、スローでチープでおかしな動きをするのだが、観続けるうちになんとなくムットーニのペースにはまってしまう。世知辛い現代では考えられないほどのスピードが心地よくなってくる。ブラッドベリ「万華鏡」(サイボーグ009の元ネタ)に合わせて回る宇宙飛行士が印象深かった。

筒井康隆展

そして本来の目当てはこちらである。
企画展だから世田谷関連でなくとも良いらしい。数年前にこちらで「日本SF展・SFの国」という企画があり、それが好評だったからこれに発展した、という事らしい。星新一、小松左京なき今、「最後の御三家」の存在は顕彰するにふさわしい。
場内は筒井の事績を表したパネル展示や自筆原稿、写真、これまで刊行されてきた書籍などがあちらこちらに入り組み、時として地と図が反転したようにレイアウトされており、不可思議かつ迫力満点の展示となっていた。
そこここに懐かしいフレーズが頻出する。「狂気の沙汰も金次第」「48億の妄想」「バブリング創世記」など学生時代に貪り読んだ書がそこにある。集英社版「馬は土曜に蒼ざめる」「国境線は遠かった」の柳原良平、筒井康隆を描かせたら天下一品の山藤章二のイラストを観たら不覚にも涙が出てきた。おれも歳をとったものだ。

出会い

筒井康隆との出会いは小学4年時だった。となりのクラスにいたSF好きのIくんと、お互いの本を貸し借りした時が最初と記憶する。私が福島正実「救援隊」、Iくんが「にぎやかな未来」を貸してくれたのだ。ショートショートというジャンルはすでに知っていた。もちろん星新一が主だったのだが、かなりの衝撃を受けたのを覚えている。「静」の星に対する「動」の筒井。徹底的に抑制を重ねてこそ衝撃度が増す星と、最初から最後まで動きまわる筒井。派手好きな若者(小学生だが)が筒井康隆にはまり込むのは当然の事だったかもしれない。筒井康隆がもっとも人気のあった時期で、著作も文庫化されたくさん出回っていた、という事もある。角川文庫のちょっとエッチな表紙の本を、両親に隠しながら貪り読んものだ。フェイバリットは「日本列島七曲り」。ハイジャック事件を茶化したタイトル作は笑いに笑った、3日4日は思い出し笑いしていたと思う。「乱行パーティが始まった」というフレーズは今でもニヤニヤしてしまう。

ひとまずの終わりと旅の終わり

腰痛に関わらず、場内を隅々までくまなく、何度となく往復しているうちに3時間が経過。それでも離れがたく、もう一周しようかなどと考え始めてしまうのも、もっとも見知った仲、一番つきあいの長い作家だからであろう。
42年!Iくんが導いてくれてからかくも永い年月が経過したとは。というか、52歳の自分がいまだに信じられない。あの時はこうだった、あれはこれだった。こんな筈ではなかったが、これは予想以上の結果となった。見慣れたカバー群から想い出が噴出してくる。そんなこんなが面白くやめられないのだが、時間もある、明日もある。この辺にしておこう。筒井先生、まだまだこれからもよろしくお願い申し上げます。

久しぶりの東京旅日記もこの辺にしておこう。いろいろ観ることができて満足だが、いささか詰め込みすぎのきらいがないでもない。滅多に来られないので、ついこうなってしまう貧乏根治というわけだ。でもこれがやめられない止まらない。


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