千曲市の岡本太郎


岡本太郎ほど人に愛されたアーティストは他にいないだろう。この人気は戦後わりと早い段階からだったようだ。一平・かの子の息子、という話題性もあったろうが、「気さくな変人」といったイメージが定着したからでもあろう。

その太郎さんだが、わが長野県ともずいぶん深いつながりがあった、ということはよく知られている。諏訪の「万治の石仏」が有名になったのは、彼がその魅力を語ったからだし、松川村役場には大きなレリーフが飾られている。野沢温泉には多くの彫刻がある。そもそも野沢温泉のロゴは岡本デザインだ。



まぁ、これは長野県に限らず、あちらこちらに作品が残されているようだ。「気さくな変人」の上に、大変な多作家だったということでもある。



岡本作品が千曲市にもある、という事を知ったのは、つい一週間ほど前である。知人宅にお邪魔した際に、お話を伺ったのだ。

アーティストでもあるその知人が
「あれは凄いから、一度みた方がいいよ」
と連れて行ってくれたのは、戸倉町のはずれ、千曲川の堤防道路沿いにある、小さな松林にポツンと置かれていた。


「無籍動物 岡本太郎」
という小さく、傾いた看板のみで説明板などまったくない。先程は「ポツンと置かれ」と書いたが、それよりも「無造作に放置されている」という表現が妥当かもしれない。



元はと言えば、かつてこの地にあった「戸倉上山田ヘルスセンター」という遊園地、現在でいうアミューズメントパークのために制作されたものだという。1959年に大小2体作られ、現在残されているのは小さな方である。こちらは大を制作するためのモデルで、高さ・幅ともに1.4mほどのサイズである。

ちなみに、戸倉上山田ヘルスセンターのシンボルとして作られた「大」の方は高さ4メートル、幅5メートルという途方もないスケールで、かの施設のシンボルとして扱われ、箸袋や包装紙、土産のまんじゅうの焼き印などにもあしらわれていたという。



ただ、かの施設は開園後1年半ほどで経営不振に陥り1962年ごろ閉園となった。その際に「大」は取り壊されたと言われているが、実際のところは不明であるとのことだ。一説には松代群発地震の揺れで倒壊したとも言われているが、正確なことは不明である。

そして、残された「小」は無造作に放置されている。なくなってしまったものは仕方ないが、せめてこちらはきちんと保存できないものか。このままでは朽ち果てるがままである。貴重な作品だと思うのだが。


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