長野市「やきにく屋さん HABUKIYA」はぶいてHABUいて最強コンビ


HABUKIYA
場所 長野県長野市川中島町御厨2414-1 [地図はこちら]
電話 026-214-6928
駐車場 あり

「省く」

とは省略する。必要なものを取り除く、やめる。そんなような意味である。余計なものを購入するのをやめて、あるいは捨てて財政やスペースにゆとりを作る。緊縮財政の基本ではあるが、あまりやり過ぎるとマクロ的によい結果にはつながらない、とされている。わが家計も大変な状況なのだが、ランチ廻りはやめられないのでどうしたらよいものか。とりあえず、人間関係はうまくいっているので逆に省かれないよう努力せねばならぬ。

HABUKIYA

いったい何のこっちゃ?という感じであろうが、今回は「HABUKIYA」なのである。こちらは「省き屋」からつけたネーミングなのだそうだ。材料、流通、問屋、人件費に至るまで余計なものを省いて美味しいものを作る、美味い肉を提供するというコンセプトで設立されたのだという。たしかに安いし美味い。いつも混雑しているので、昼を少し過ぎた、空いている時間帯にお邪魔することとしている。

こちらの大将は通常の焼き方では
「高温すぎる、だから煙もでる」
と主張する。よい肉はそんなにカッカと焼かなくともよいのだ、とする。「光グリル」という特殊な機材を用いて焼く肉は美味い。…美味いのだが、昼からビールも飲まずにチマチマ焼くのは性に合わない。まことにワガママな事で恐縮だが、そんな者のために「焼かないメニュー」も用意されているのが、この店のプリティなところと言えよう。

「コンビ定食 200」1290円

ステーキとハンバーグ 最近コンビ!と冠される、夢のようなメニューである。タイトル後の150・200なる数字はステーキの重量であるという。ではハンバーグはどれほどあるの?と訊ねると330gあるとの事だ。おいおい、大丈夫か?おれ?

登場した丸皿は「御家庭用」という名称がぴったりな色柄である。そういえば実家にこんな皿があったなぁ、そんな印象をうける昭和柄でもある。
皿上は肉・肉そのまた肉というミートパラダイスだ。半分にはフライドガーリックののったステーキ、半分には巨大なハンバーグで覆われている。双方とも、塩コショウ・醤油といった程度のシンプルな味付けである。

「お好みで七味をどうぞ」
と、八幡屋礒五郎を差し出されたが、これで十分うまい。ステーキには脂身がしっかり、ハンバーグは肉汁たっぷり。黒のみの、極めて愛想のないビジュアルではあるが、その実これほど豊穣なる世界はほかにない。省いた末に行き着いた先がここであれば、緊縮も悪くはないと考える。

ということで満足しきって食べ終わる。次回こそゆっくりとビール片手に食べ放題といきたいものだ。

にほんブログ村 グルメブログ 中部食べ歩きへ
にほんブログ村

長野市「インド料理レストラン サンディア」インドのかわいこちゃん


インド料理レストラン サンディア
場所 長野県長野市南高田2-4-11
電話 026-219-6511
駐車場 あり

カレーが好きなのだ。

365日食べ続けたい、とまでは思わないが、3日程度の連続ならイけるかな?そんな気はある。やった事はないが。
業務用もご家庭用も、はたまたタイカレーもエスニックも好きだが、中でも本場インドのカレーがすこぶる好きなのだ。本場には行ったことがないし、おいそれと行けるような場所でもないので、なるべく本場に近い、あちらの方が切り盛りされている店に通い詰めるようになる。
とはいえ、日本の秘境 長野の街にもインドカレーの店はけっこうある。乱立とまではいかないが、それなりの数量があるし、各々特徴があるので迷うことこの上ない。今日の気分はどの店に向いているのだ?まこと優柔不断なものにとっては辛いひと時である。
ではあそこにしよう。悩みに悩んで決定したのは、長野市高田の住宅街にある

「インド料理レストラン サンディア」

日曜などはいつも大混雑の店である。安くて美味しくてボリュームあり、という事で人気があるのは当然だがそれだけではない。…スタッフの女の子が可愛らしいのだ。片言の日本語で
「ナニタベマスカ?」
「HOTハカライヨォ」
などと対応されると、ついニコニコとしてしまう。

「Aランチ」850円

2種のカレー、ナン、ライス、サラダ、ドリンクという豪華なメニューである。

食前に登場するサラダはキャベツ、コーン、キュウリにゴマドレッシングというスタンダードサラダ。飾り切りされたにんじんと大根が可愛らしい。カレーは豆とチキン。大豆のクセと刻み生姜がばっちり。チキンにはバターたっぷりで香り高い。骨つきまたは皮つきを好むのだが、対応してくれないものか。試しに頼んでみるか。双方ともに辛さは普通とした。とてつもなく大きいナンにもバターたっぷりでふんわりと甘くカレーにぴったり。ライスは日本米、小さくみえるがけっこうな量だ。チキンカレーのコクとよく合う。ナンもライスもおかわり自由というが、おかわりするものがいるのか?ドリンクはラッシーを選択。乳酸菌の甘さがほどよい。

数人いるスタッフの女の子はみな可愛らしく真面目なよい子ばかりである。中年おやじが何をいやらしい事いってるんだ?という指摘もあるかと思うが、まったくそんな事はない。もちろん若い頃なら、なんとか話ができないか、連絡先を教えてもらおう、どうにか連れ出すことができないか。などと考えたものだが、さすがに50過ぎてからは思いもよらない。邪なことはひとつもない、わが娘をみるようにやわやわと愛でているだけなのがよいのである。すっかり老境の域に達してしまった、今日この頃なのである。

にほんブログ村 グルメブログ 中部食べ歩きへ
にほんブログ村

上田市「太郎茶屋 鎌倉 上田店」甘味処の甘い誘惑


面倒な方々

実の息子が言うと支障もあるし、お叱りをいただく場合もあるのだが、わが両親はいろいろ問題のある人物であるといえる。いや別に犯罪者だったり、反社会的勢力に属していたりするわけではなく、いたって普通な人びとである。具体的に列挙していくと長くなるので割愛するが、一般的に「めんどくさい」ジャンルに入るとだけ言っておこう。
しかしながら彼らとて人の子、美徳のひとつやふたつは持ち合わせている。中でももっとも美しく感じられ、私自身影響を受けているのが「差別をしない」「物事に公平」であることだ。とくに食べ物の差別・区別に関しては極端に毛嫌いしていた。両名ともに欠格家庭に育った関係上、その手の事でさんざんと嫌な目にあってきたためだという。まことに天晴れ、褒めてつかわす。などと言うと叱責されるだけだが、これは子々孫々受け継いでいくべき事である。そんなわけだから、様々なところに連れて行ってもらえたと思う。子どもだから悪所にいったり、さほど高級なところへ赴くわけもないから大した場所でもなかったろうが。

母について

とはいえ、これは母親の方だが一箇所だけ同行する事に、よい顔をしない場所があった。それはなぜか「甘味処」だったのだ。連れて行ってもらったことが皆無なわけではないのだが、2回あったかなかったか、というくらいだ。いつぞや上野の街角で見つけた甘味処で
「お母さん、お汁粉食べに行こうよ」
といったら極端に嫌な顔をされたことをはっきりと記憶している。別に汁粉くらいどうということはない筈だが。
今にして思えば、彼女には、かの場所は酒場と同じだったのだ。甘いもの好きで酒を飲まない("飲めない"のではない、家庭のために飲まなかったのだ)ものにとっては、唯ひとつたった1人になれる場所、飾らなくともよい場所だったのであろう。そんなところにうっかりと子ども連れていくわけがない。そんなこんなで、甘味処なる場所に行けるようになったのは、二十歳をすぎてからであろうか。

「太郎茶屋 鎌倉 上田店」

ということで今回は甘味処である。こちらは姫路発祥の「甘味と和の空間」をテーマとしたカフェで、全国展開されているという。以前は長野市川中島にあったのだが、一年ほど前に上田に移転された。

「なっちょ⁈限定 鎌倉甘味三昧セット」500円

一時的な限定のセットではあるが、じつに豪華なコンビネーションである。

◯鎌倉わらびもち

本わらび粉を使用し、毎朝丁寧に練り上げたものだという。ほんのりとした甘さと、固体と液体の中間領域、といった歯ごたえ口ざわりがなんともいえない。

◯麩まんじゅう

まんじゅうの一種だが皮が違う。通常は小麦粉で作るものだが、これは生麩を用いて作り上げたもの。しっとりとした食感と、独特なモチモチ感が素晴らしい。

◯本日のアイス「苺のアイス」

苺の酸味、つぶつぶ感が小気味良く美味い。ただ、気温のせいか冷たくて固く、少々食べづらかった。

◯本日のプリン「ほうじ茶プリン」

ほうじ茶の香ばしさがなんともいえない。小豆も気が利いていてよい。

という4種類を熱いコーヒーとともに、ゆっくり楽しませてもらった。味わいも良い、落ち着いた和の空間もよい。以前よりは狭くなったが、これくらいのボリュームの方がよかったのではないか。

以上久しぶりの甘味処であった。
いずれ母が来た時に連れてきてやろうかと考えた。

 

にほんブログ村 グルメブログ 中部食べ歩きへ
にほんブログ村

須坂市「鮎川バーベキュウ」一見さんと”Less is more”


鮎川バーベキュウ
場所 長野県須坂市八町上八467 [地図はこちら]電話 026-245-6262
駐車場 あり

須坂の街は豊穣なり

と言ったのは、名のある文豪ではなく私であるのが恐縮でならない。とはいえ、さして広い範囲でないに関わらず、様々な史跡や文化財かひしめくように存在するのは、ひとえに旧中山道の集積地であったからではないか。人と人とが衝突する地、文化の交錯地には他とは違った文化が花開くのだ。それらを紹介するわけにはいかないが、強いて一点のみあげれば八丁鎧塚古墳。規模こそ小さいが、ロケーションといいシチュエーションといい、「勇壮な」という形容がぴったりな史跡はない。もう少し有名になってもよいと思うのだが。

鮎川バーベキュウ

その八丁鎧塚古墳にほど近い街道筋にこの店はある。ある意味、須坂の”豊穣”の到達点ともいえるこちらをご紹介できることを、心より幸せに思う。
かつて、木造建築物に頻繁に使われていた外壁用鉄板に覆われた建物は半世紀は経過しているのではないか。傍らには”鮎川バーベキュウセンター”と、大きくレタリングされている。幼少期、父に伴われていった青梅川の上流にあったなぁ。そんな感じである。

現在では見かけなくなった、薄いアルミの引き戸をカラリと開けると、内部はちょっとした広間となっている。大きな窓が南向きにいくつか設けられているためか、想像した以上に明るい空間である。たまたま居合わせたマダムが
「いらっしゃいませー、お一人ですか?」
?のニュアンスに不思議さを感じながら
「はいそーですよ。お一人様で初めてお邪魔したんですが」
と答えたら

「えええええええ!一見さんでお一人ですかァ?」

という極端なリアクションが返ってきた。どうやら近在の常連さんによく利用されている店のようだ。いやなに、美味いものがあれば一人でも二人でも、どこへでも参るのだ。それに海外に行くわけではない。
“一見さん”という響きがなんとなく気に入って、ウキウキとしながら個室に通される。四畳半の部屋は畳敷きで、北向きのためか少し寒気がする。隣では家族づれらしいグループがわいわい、楽しそうにしている。
メニューはお料理3品に飲み物、お食事5品とごくシンプルなものである。今回はベーシックコースとする。

「鉄板焼き(一人前)」540円 「ライス」170円

鉄板焼きといっても鶏肉のみである。これを備えつけのガスコンロで焼き、食べる。薄味がつけられているが、備えつけのタレを足した方がよいと思う。炊きたて熱々のごはんよし、自家製であろう野沢菜がまたよい。

足りない…
いや量が、という事ではない。サービスが足りない、室温が足りない、設備が足りない。しかし、これがよいのだ。

“Less is more”

といったのはドイツ人建築家 ミース・ファン・デル・ローエだ。

“少なきものこそ豊か”
というほどの意味だ。過剰な装飾を嫌った、モダニストらしい名言だ。これは現代にも十分通じる精神だと思う。
“足りない”からこそ”楽しい”。”足りない”からこそ”美味しい”。”足りない”からこそ”想像力”で補うのだ。
「便利なこと」は常に追求するべきであろう。われわれにとって、というより子どもやご年配の方、身体障害者の方たちのような社会的弱者のためにもより「便利」にしていくのは急務である。しかし「便利すぎる」ことは必要ではないのだ。それに現代は「便利にしなければならない」と過剰なほど、神経症的な状態にあるような気がしてならない。

最後はほっこりと

美味しい鉄板焼きを食べ終わり会計となる。先ほどのマダムは仕込みに一所懸命である。お母さまと思しき、年配の女性が対応してくれる。
「お初の方ですか?」
「はい、友人に聞いてお邪魔しましたがとても美味しかったです。」
「そりゃらよかったねぇ」
「今度は友人たちと大勢できますね」
「ありがとう、お待ちしてますね」
そんなやり取りが楽しくて。ほっこりした気分で店を後にした。

佐久市「ほっともっと 佐久岩村田店」ほか弁三連発


ほっともっと 佐久岩村田店
場所 長野県佐久市岩村田1260-3 [地図はこちら]
電話 0267-66-6100

佐久での3日間

所要にて佐久で3日間を過ごす事となった。しかも、ひとところから動けないという、些かしんどいミッションなのだが、仕事となれば致し方ない。気張ってまいるとしよう。
もっとも困るのがランチである。常であれば、コンビニかスーパーで調達するのだが、どうも気に入らない。あのペタついたご飯は嫌いではないのだが、3日も続くとなれば閉口でしかない。せめてほか弁と思い、いろいろ調べた結果こちらに行き着いた。
うっかり「せめて」などと書いてしまったが、近年のファーストフードの研究熱心さは素晴らしく、とても美味くできている。ほっともっとも例外ではない。これはこれで楽しみである。

1日目「なす味噌弁当」490円

母親譲りのナス好きなのである。したがって、旬であるなしに関わらず、いつ登場しても文句はない。なぜ元旦に登場しないのか?そんな人間であるから、ファーストチョイスがこれなのもなんら不自然がない。なす、豚肉、パプリカのみそ味炒めというだけの事だが、甘辛で美味い。テンション上がりまくりである。

2日目「BIGのり弁当(白身フライ)」520円

ほか弁の元祖、すべてはここから始まったとさえいえる「のり弁当」をブラッシュアップさせた、ある意味最強のメニューといえる。ご飯を増量し、通常の2倍サイズのちくわ天を筆頭に、から揚、白身フライ、ハム、目玉焼きといったおかず類を投入したもの。のり・おかか・昆布の佃煮トリオも健在だ。

3日目「ロースかつ丼」460円

ほっともっとの現在一番推しメニューである。
“新しく生まれ変わった『ロースかつ』は、2018年10月に新設した自社食品総合工場で製造しました。従来のとんかつと比較して20%増量し、食べごたえにこだわるとともに、サクサクの食感を実現するために2種類のパン粉を使用するなど、これまで以上に付加価値の高い商品に仕立てました。”HPより
というこだわりメニュー。甘めの醤油だれと、ふんわり玉子が美味である。

そんなこんなで3日間を乗り切ることができた。ほか弁侮り難し。まことに素晴らしき存在である。


にほんブログ村

長野市「煮干しらーめん専門店 麺屋 晴」雪の日もラーメン晴々


煮干しらーめん専門店 麺屋 晴
場所 長野県長野市鶴賀七瀬中町142-6
電話 不明

世の中、パーマ屋とラーメン屋の起業ほど楽なものはないらしい。「らしい」というのは聞いた話、確認したわけではないので、あくまでもウワサ話の域をでないのだが、双方とも巷に溢れているところを見ると満更ウソでもないと思わなくもない。とはいえ、継続していくことはさほどに甘いわけもなく、それなりの技量あるいは惹きつけるものを持たずにはいられない、ということも必然である。

私は床屋派なので、パーマ屋さん事情には疎いのだが、ラーメン屋の新規開店にはけっこう反応する方だ。「新規開店」と聞けば、何をおいても駆けつける、というほどの情熱はなくなったが。こちらは2017年4月オープンというから、私の中では新しい方の店だ。お邪魔するのは今回でが初訪問である。

以前から妙に気になっていたのだ。東通り沿いで、駐車場が少ないというアクセスの悪い地という割りにはいつも混雑しているのだ。これは行ってみねばならぬ。と思いながら2年も経過していた。もっと早く行っておけばよかった。

この日は店の近在で用事があり、その後駐車させてもらい徒歩で向かうこととする。数分程度で到着。日曜昼過ぎというタイミングであったが、雪なので空いているだろうと思っていたが甘かった。行列、というほどでもないが、5〜6人並んでいる。正直なところ、行列は大嫌いなので常であればスルーするのだが、戻るのも嫌なので並ぶこととする。

10分ほどであろうか。
ちょうど何組かが終わったのでわりと早く入店できた。通りに面して大きな窓のある、白を基調とした明るく清潔感のあるインテリアである。注文品はデフォルトメニューとし、

「味玉らーめん ★★★」900円
「トッピング チャーシュー」100円

人気No.1と冠されていたものを選択したわけだ。★の数でスープに投入する「煮干し」の量が決まるそうだ。たしかに煮干しの香りがすごい。今回は最も低いレベルのものだが、それでも「ブワ」という表現が妥当なくらいのボリュームである。ジャンルでいえば「和風節系」となるであろうか。日本人のDNAに刻み込まれた香り、とでも言えよう。とはいえここまで高濃度だと、嫌う人もいるかもしれないが、逆にこちらの個性を際立たせている証明であろう。だからここまで混雑するのだな。
味玉はスープに比してあっさり仕上げ、ご太いメンマと海苔がとてもよろしい。刻み玉ねぎも気に入った。トッピングチャーシューも分厚くてじつに美味い。

「にぼ肉マヨ丼 ハーフ」350円

こちらは普通といえば普通なのだが、チャーシューが美味い。マヨネーズがしっかりまったりしている。ごはんも熱々でよろしい。

以上である。
次回は空いた時間帯に、…というと夜になってしまうのだろうが、もう少しゆったりとメニュー選択してみたい。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

長野市「ゆめママキッチン」お母さんの豪快な…


ゆめママキッチン
場所 長野県長野市県町495 あがたまちテラス1階 [地図はこちら]
電話 026-217-6912

ゆめママキッチン

市立図書館の改装工事が終わった。一時は入り浸っていたものだが、老眼化してから足が遠のいてしまっていたので、しばらくぶりに訪れてみた。…のだが、火曜日は休館日であった。そんなことまで忘れているとは情けない。致し方ない、そこらで昼をすませて帰るかとぶらついていたらこちらと出くわした。通り沿いの大きな窓から、マダムたちが忙しそうに立働いているのが気になったのだ。入ってみよう。内部は12〜3坪はあろうかという、けっこうな広さのスペースである。テーブル席と小上がりになっている。まずは先にオーダーから。「なないろ定食」「週替わりみそ汁定食」など、いくつかのメニューとその他惣菜類も用意されている。

「食べるみそ汁定食」500円

そもそも具沢山の汁物が好きなのだ。無条件に注文してしまう。小鉢、3種の惣菜とともに大きなみそ汁椀ひとつ。うす味のみそ汁にはニンジン、大根、油あげが大量に投入されているうえに柔らかく煮込まれた玉ねぎが半分、ど真ん中にドンと鎮座している。とても豪快な一品だ。これは美味い。うす味すぎる、という人もいるかもしれないが、野菜の味がしっかりと分かってよい。とくに玉ねぎが甘くてよろしい。

「エリンギチーズフライ」108円

名の通りエリンギのフライである。衣に粉チーズを加えているらしく、香りがよい。エリンギの歯ごたえもよく、簡単だがなかなか複雑な味わいなのが高得点である。

調べてみたら、こちらは「ゆめサポママ@ながの」という会社が運営されているとのよし。
“子育て中のママがもっとイキイキと好きなことをできる地域社会を作りたいと願って誕生しました。そして、ママが輝けば、その一番近くにいる子どもたちも自然と輝けるはずです。”
なるコンセプトの元様々な事業をされているのだそうだ。このカフェもその一環であるという。なるほど、道理でマダムたちが多いわけだ。明るい店舗もみそ汁も気に入ってしまった。再訪決定だ。


にほんブログ村

長野市「とんかつ健」ジャンボ好きの…


とんかつ健
場所 長野県長野市箱清水2-12-21 [地図はこちら]
電話 026-234-1404

ジャンボが大好きなのである。
歳の離れた末弟、三男坊という甘やかされた育った関係でとにかく「全部といっぱい」なるフレーズが好きなのだ。50をとうに過ぎた身の上だが、大盛、特盛、デカ盛、メガ盛、スーパー、ジャンボなどという形容詞がアタマについているだけで、身が震えるほど嬉しくなってしまう。そして今日もジャンボを追求するのである。

ジャンボコロッケ定食」800円

いつもはジャンボとんかつなのだが、少し趣きを変えてみた。デカい。大皿の2/3が茶の色で覆われているのである。長径にして20㎝はあるだろうか。

眺めるだけで、ウキウキとしてしまうサイズである。「コロッケにはソースをたっぷり」といったのは池波正太郎だったか。いや、東海林さだおか、忘れてしまったが先達の教え通り、だばだばソースで頂くのだ。美味い。じゃがいもの甘さととんかつソースの相性がとてつもなくよろし過ぎて箸が止まらない。まことに豊穣なひと時を与えてくれた、大地の神とこちらのマスターに心よりの感謝を申し上げる。


にほんブログ村

長野市「ラーメン山岡家 長野南長池店」安心の…


ラーメン山岡家 長野南長池店
場所 長野県長野市南長池292 [地図はこちら]
電話 026-274-5011

「醤油ラーメン」650円

仕事始め後、2度目の昼食は典型的豚骨醤油ラーメンを頂くことに。海苔、チャーシュー、ほうれん草、ネギにゴマというスタンダードな構成の丼である。これで極太麺だったら当たり前すぎる存在となるが、中太麺なので案外と優しげなフォルムとなる。
こちらはもともと札幌の商社が全国展開しているもので、この地に来てから10年ほどになるか。当初は油が多くて辟易としたが、現在はさほどの事はなくなったが、あれは元からの仕様だったのか、はたまたオペレートが悪く調理ミスだったのか。いずれにせよ普通に美味い存在となったから、なんの文句もない。

「ミニチャーシュー丼」330円

サイドメニューが必要なのは当然の事である。本当はギョウザと行きたいところだが、ニンニクぷんぷんで午後を過ごすわけにいくまい。いや、あれはじつによいものだが、平日は自粛しよう。という事でミニ丼系からの選択となる。
ミニチャーシュー丼、ネギマヨチャーシュー丼、玉子かけご飯の3種が用意されている。マヨネーズという気分ではないし、TKGは究極を食べたばかりなので「ミニチャーシュー丼」。小さな丼に熱々ご飯、チャーシュー3枚に甘いタレそこにネギ、ゴマがちらされている。これも飛び抜けた存在ではなく、ごく「普通に美味い」というもの。これあっての市井、安心を感じさせてくれる。といったものだ。じつによい。


にほんブログ村

長野市「燻製SAKABA峰家」酒抜き新年会の優雅なひと時


場所 長野県長野市北石堂町1390 2F [地図はこちら]
電話 026-228-7433

新年会

友人数人での新年会である。そのうち2人は飲めず、私は車となれば酒抜きで美味しいものを食べに行こうとこちらへ来た、というわけだ。
「好きが昂じて」始められたというだけあって、隅々までマスターのセンスと個性が感じられる、大人の空間だ。美味いしそもそも心地よい。

「お通し」

大根おろし:柚子胡椒と燻製醤油が大根の甘さをひきたてる
しじみ汁:どこまでも濃厚。素晴らしい薫りだ

「スモークソーセージ3種盛り合わせ」980円

何がすごいといって、ブロッシェン、チョリソー、ハーブというソーセージの個性がくっきりと際立っている事だ。パリッとした歯ごたえは何度食べても飽きない、いつまでも食べていたい食感だ。

「スモーク手羽先・手羽元盛り合わせ ハーフ」580円

食感といえばこれも凄い。ぷりぷりっとした鷄肉の肌は「官能的」という表現をして支障がないと考える。

「極厚!ローススモークハムステーキ」1580円

重厚長大、という比喩に値する存在だ。噛み締めると滋味がどばどば溢れ出る、そんな印象だ。

「スモークハムのゴロゴロポテトサラダ」580円

スモークの香りとポテトが出会うと、これほど優しい味わいになるのか。という安心感満載のひと品だ。

「燻製大吟醸醤油で食べる卵かけご飯」580円

そしてTKG。栄村産の米と厳選された卵が、自家燻製された醤油で合わさる時におきる美味さはまさにマジックといえる。美味い美味すぎる。

<a href=”//www.blogmura.com/ranking.html”><img src=”//www.blogmura.com/img/www88_31.gif” width=”88″ height=”31″ border=”0″ alt=”” /></a><br /><a href=”//www.blogmura.com/ranking.html”>にほんブログ村</a>

あらら?冒険記 【晩秋のアート編】④


「実家」の朝

実家と何気なく書いたが、実際には「生家」が正しい。「実家」とは

婚姻または養子縁組によって他家にはいった者の、元の家

との意味である。したがって婿に出たわけではない私が「実家」とは明らかにおかしなものであるが、面倒なのでこれでよしとする。

2年ほど前に父が亡くなり、独居となった母だが、80を超え耳が少々遠くなりはしたものの、元気も元気、以前にも増して大騒ぎしている。おかげで安心ではあるもののうるさくてたまらない。片付けものを手伝い愚痴を聞き、挙句に小遣いまで渡さねばならないとなれば、決して快適な場ではないのだが、これは仕方のないことであろう。朝食を摂り、年末の再訪を約束して出発だ。まずは芦花公園へと向かう。

芦花公園駅

ずいぶんと長い間、京王線を使っているが、この駅に降り立つのは初めてだ。世田谷区の最北端に位置する小さな駅である。「瀟洒な住宅街」という感のある、きれいな街並みだ。近隣に芦花公園、正確には「蘆花恒春園」がある事から名付けられたとされる。ちなみにこの公園は文豪 徳富蘆花の旧宅が東京都に寄贈され、

武蔵野の面影を多分に残した公園として一般に公開された。 Wikipedia

との事だ。現在でも徳富邸が見学できるとのよし、一度は訪ねてみなければならない。
こちらから5分ほど歩いた場所が、今回の目的地である。

世田谷文学館

こちらは世田谷に所縁のある作家たち、先に話題の出た徳富蘆花、萩原朔太郎、宇野千代、横溝正史らの自筆原稿や愛用品などが展示されている。1995年に開館で、なかなか凝ったつくりである。ということも東京時代から知ってはいたが、訪れる機会がなく今回が初訪問となった。
環八線のすぐ近くとの事だが、さしたる喧騒をじることもなく、静かな地域に佇んでいる。

ムットーニのからくり箱

まずは常設展示から。様々な作家たちの遺品や業績のパネル展示など、丁寧なつくりでじつによい、雰囲気もよし。そして何より特徴的なものが「ムットーニのからくり箱」である。これは

「ムットーニ」とはアーティストである武藤政彦が作り出した作品のことを指しており、写真や映像では表現できない総合芸術の要素が含まれている。その作品は立体のからくり箱であり、動き・光・音楽など全てが絡み合った小さなストーリーボックスである。 Wikipedia

というものだ。音楽と、詩や文学作品の断片に合わせながらからくり箱が静かに、少しずつ動くのだ。正直なところ、スローでチープでおかしな動きをするのだが、観続けるうちになんとなくムットーニのペースにはまってしまう。世知辛い現代では考えられないほどのスピードが心地よくなってくる。ブラッドベリ「万華鏡」(サイボーグ009の元ネタ)に合わせて回る宇宙飛行士が印象深かった。

筒井康隆展

そして本来の目当てはこちらである。
企画展だから世田谷関連でなくとも良いらしい。数年前にこちらで「日本SF展・SFの国」という企画があり、それが好評だったからこれに発展した、という事らしい。星新一、小松左京なき今、「最後の御三家」の存在は顕彰するにふさわしい。
場内は筒井の事績を表したパネル展示や自筆原稿、写真、これまで刊行されてきた書籍などがあちらこちらに入り組み、時として地と図が反転したようにレイアウトされており、不可思議かつ迫力満点の展示となっていた。
そこここに懐かしいフレーズが頻出する。「狂気の沙汰も金次第」「48億の妄想」「バブリング創世記」など学生時代に貪り読んだ書がそこにある。集英社版「馬は土曜に蒼ざめる」「国境線は遠かった」の柳原良平、筒井康隆を描かせたら天下一品の山藤章二のイラストを観たら不覚にも涙が出てきた。おれも歳をとったものだ。

出会い

筒井康隆との出会いは小学4年時だった。となりのクラスにいたSF好きのIくんと、お互いの本を貸し借りした時が最初と記憶する。私が福島正実「救援隊」、Iくんが「にぎやかな未来」を貸してくれたのだ。ショートショートというジャンルはすでに知っていた。もちろん星新一が主だったのだが、かなりの衝撃を受けたのを覚えている。「静」の星に対する「動」の筒井。徹底的に抑制を重ねてこそ衝撃度が増す星と、最初から最後まで動きまわる筒井。派手好きな若者(小学生だが)が筒井康隆にはまり込むのは当然の事だったかもしれない。筒井康隆がもっとも人気のあった時期で、著作も文庫化されたくさん出回っていた、という事もある。角川文庫のちょっとエッチな表紙の本を、両親に隠しながら貪り読んものだ。フェイバリットは「日本列島七曲り」。ハイジャック事件を茶化したタイトル作は笑いに笑った、3日4日は思い出し笑いしていたと思う。「乱行パーティが始まった」というフレーズは今でもニヤニヤしてしまう。

ひとまずの終わりと旅の終わり

腰痛に関わらず、場内を隅々までくまなく、何度となく往復しているうちに3時間が経過。それでも離れがたく、もう一周しようかなどと考え始めてしまうのも、もっとも見知った仲、一番つきあいの長い作家だからであろう。
42年!Iくんが導いてくれてからかくも永い年月が経過したとは。というか、52歳の自分がいまだに信じられない。あの時はこうだった、あれはこれだった。こんな筈ではなかったが、これは予想以上の結果となった。見慣れたカバー群から想い出が噴出してくる。そんなこんなが面白くやめられないのだが、時間もある、明日もある。この辺にしておこう。筒井先生、まだまだこれからもよろしくお願い申し上げます。

久しぶりの東京旅日記もこの辺にしておこう。いろいろ観ることができて満足だが、いささか詰め込みすぎのきらいがないでもない。滅多に来られないので、ついこうなってしまう貧乏根治というわけだ。でもこれがやめられない止まらない。


にほんブログ村

あらら?冒険記 【晩秋のアート編】③


渋谷へ

さて、いよいよ本番である。これが今回のメインイベント。このために10ヶ月前から準備していたのだ。場所は渋谷、東急文化村オーチャードホール。ずいぶん昔からある施設だが、今回が初である。
そもそも、渋谷があまり縁のある場所ではなかった。私が生まれ育った新宿区牛込は盛り場=新宿なのである。それに渋谷にでる交通機関が乏しく、簡単に出ることができないという事情もあった。必然的にごく近隣にいながら、渋谷体験がほとんどない。だから、渋谷は感覚的にアウェイの地なのである。

変貌と大混雑

私が長野に引っ込んでからの20年というもの、東京は大変な変貌を遂げた。特にアウェイの地 渋谷は特に凄まじい変わりように思える。
宮益坂口(父親は死ぬまで「都電の操車場」と呼んでいたが)側は整備され尽くし、ヒカリエの完成など、もうよく分からない。
その関係からか、ただでさえ混雑していた駅前が一層凄まじくなったような気がする。混雑というより「カオス」とでも言うべきか。ラーメン屋で隣り合ったおじさんは
「金曜の朝3:00〜4:00に来てごらん、これくらいの人は平気でいるよ」
ワールドカップやハロウィンの混乱は日常のこと、特に驚くべき話題ではない。と語っていた。なるほど。
腰痛は変わらないが、本番までは今しばらく時間がある。せっかくだからこれを観ていこう。という事でJR渋谷駅と京王井の頭線渋谷駅を結ぶコンコースへ。

岡本太郎「明日の神話」

岡本がメキシコに建設されるホテルのために描いた超大作。長い間行方知れずとなっていたが、紆余曲折の末ここに設置された作品である。原子爆弾が爆発する瞬間を描いており、岡本の頂点とも言われている。このパワーがすごすぎる。
さぁ頃やよし。いざ本番である。

KING CRIMSON

イギリスのロックバンドで、1968年結成。リーダー(と呼ばれることは否定するが)Robert Frippを中心に、何十回にものぼるメンバーチェンジと、幾多にわたる音楽性の変転にも関わらず、クオリティの高い楽曲を50年もの間提供し続けているという、奇跡のような存在である。今回は

Robert Fripp(Guitar)
Jakko Jakszyk(Guitar, Vocals)
Mel Collins(Saxes, Flute)
Tony Levin(Basses, Stick, Backing Vocals)
Pat Mastelotto(Acoustic And Electronic Percussion)
Gavin Harrison(Acoustic And Electronic Percussion)
Jeremy Stacey(Acoustic And Electronic Percussion, Keyboards)
Bill Rieflin(Mellotron, Keyboards, Fairy Dusting)

という8人編成。トリプルドラム!
前々回のダブルトリオも凄かった(音源だけで観てはいないが)が、今回はいったいどうなってしまうのだろうか。ボーカルはJakko Jakszykだから、第1期の曲げ網羅される。ましてベースはTony Levin、ウインドプレイヤーでMel Collinsまでいるのだ。昨年、このメンバーによるLIVE盤が発売されたが、音だけではよく分からない。とくにトリプルドラムが。これは行くしかない、いや行かねばならぬ。Robert Frippだって70を超えたのだ。次があるかどうかも分からない。やはり、行って確認するしかなかろう。抽選、17000円のチケットを手に入れ旅費を貯め、と10ヶ月の血の出るような努力のもと東京に出てきたのだ。これが大したものでなければ、Robert Frippの親父を呪い殺してやる。

オーチャードホール

18:30開場、全席指定であるのにオーチャードホール前はプログレおたくどもの熱気でむんむんとしているが、その割に静かなのが薄気味悪い。そもそもなんで並んでいるのかと思っていたら、開場次第にまずはグッズショップへと直行するのだ。さすが商売人Robert Frippである。ここでしか買えないグッズが山ほど用意されている。市販されていない音源、Tシャツなどなど。ちょっとだけ覗いたのだが、70,000円も使っているものがいた。いやはや。私など2500円のパンフレットですら大熟考の末買ったというのに。というか、お前らそんなにRobert Frippの罠に嵌りたいのか?

LIVEスタート

そんな訳だから、観客の年齢層はおしなべて高い。私より少し上くらいの人が多いようだ。そして開演。Pat Mastelotto、Mel Collinsという順で登場する。セットリストは以下の通り

第1部
01. Hell Hounds of Krim
02. Neurotica
03. Suitable Grounds for the Blues
04. Discipline
05. Indiscipline
06. Cirkus
07. Lizard
08. Islands
09. Radical Action (To Unseat the Hold of Monkey Mind) (partial)
10. Radical Action III
11. Meltdown
12. Radical Action II
13. Level Five

第2部
14. Devil Dogs of Tessellation Row
15. Fallen Angel
16. Red
17. Moonchild
18. Bass, guitar and piano cadenzas
19. The Court of the Crimson King
20. Easy Money
21. Larks’ Tongues in Aspic, Part Two
—encore—
22. Starless

第1部は第2期を除く全期間を満遍なく、といった感じだ。叫んだり立ち上がったりする者がいないのかとてもよい。そもそも音が抑えられているので、じつに聴き心地がよい。高齢者向きのロック・コンサートというわけである。

曲が始まる際に小さな声で「うお」と反応するのが面白い。まぁ私も同様なのだが、会場全体が同じことをすると結構な大きさで聞こえる。01〜03とウォーミングアップのような展開からの04、05はすごい。おおおお!「Discipline」と「Indiscipline」が続けざまなんて。そして07はみな一瞬反応が遅れる。え?「Lizard」?まさか「Prince Rupert Awakes」が生で聴けるなんて。もちろんJon AndersonでもGordon Haskellでもないが、Jakko Jakszykが頑張ってくれたからよい。長生きはするものだ。そして12、13というノリのよい曲で第1部終了。

第2部

20分の休憩を挟み第2部のスタート。14はLIVE盤「Radical Action to Unseat the Hold of Monkey Mind」の収録曲で、たぶんインプロヴィゼーション。そして15から怒涛のヒットソングを、ほぼ完コピ(とは言わないか)。Mel Collinsというマルチプレイヤーがいるから、原曲に限りなく近い演奏となる。あゝ幸せだ。「Fallen Angel」「Red」ときて「Moonchild」となったら隣の大将が泣いていた。何を大げさな、と思っていたら「The Court of the Crimson King」のリフレインで不覚にも私も泣いてしまった。そして「Easy Money」「Larks’ Tongues in Aspic, Part Two」という黄金パターンを経て第2部終了。アンコールは「Starless」これで盛り上がらいわけがないではないか。

プレイヤーたち

予想通りトリプルドラムは「体感してナンボ」のものであった。Pat Mastelotto、Gavin Harrison、Jeremy Staceyのドラム合戦はど迫力であった。各々がソロを回していく様はロックの楽しさ、面白さの体現であった。Jeremy Staceyはドラムだけでなくキーボード(というよりピアノ)の名手で、「Lizard」の名演はかれあってもものだ。Mel Collinsも上手くて素晴らしくて。Tony Levinはもっとも観たかったプレイヤーで「うねるベース」を体感出来たのがとても嬉しかった。Jakko Jakszykは少し窮屈そうな感じ。ボーカルが少ないのはともかく、もう少しギターソロを取らせてやろーよお舅さまRobert Fripp翁。
なんでそんな事を言うかといえば、もっとも目立っていたのがリーダーRobert Frippであったからだ。ソロといいリズムといい、あのガギガギした音で弾きまくる弾けまくる!これが目当てだからまったく文句はないのだが、どうせなら「Fracture」を聴きたかった。いや、まだまだあるぞ。「Night Watch」の冒頭部が再現できるのか?「Cadence and Cascade」の繊細かつ不安定な音もよい。「Larks’ Tongues in Aspic, Part One」も聴きたい、いやオレはそもそも「21st Century Schizoid Man」が聴きたかったのではないか?
「聴きにくればいいじゃないか」
Robert Fripp翁の声が聞こえる
「セットリストは毎晩違うのだよ。チケットも余っているよ」
とほくそ笑んでいるかのようだ。13ヶ所ツアー?17000円?どーって事はない。嫁娘を叩きうれば済む事だ。ほんの少し、借金する事のどこが悪いのだ。

…などと、まじめに考え始めてしまう自分が怖い。ここはほどほど、分をわきまえよう。

という事でLIVE終了。ほやほやした気分になりながら、実家を目指す。


にほんブログ村

あらら?冒険記 【晩秋のアート編】②


国立博物館

さて、エドヴァルド・ムンクを堪能、「想い」を過剰なほど摂取し破裂しそうなアタマをぶら下げて行ったのは国立博物館である。
子どもの頃、父に伴われ幾度となく通った場所である。40年前は、説明板などほとんどなく、ショーケースに入れられた展示物には小さく
「◯◯遺跡出土、◯世紀頃(推定)」
などと記されているだけの、誠に素っ気ないというか無愛想な空間であったと思う。現在はまったく違うが。こちらで観せてもらうのが

「マルセル・デュシャンと日本美術」

マルセル・デュシャン(1887〜1968)はフランス生まれのアーティストで、20世紀美術に「決定的な影響」を与えたとされる人物である。のだが、果たして彼を「アーティスト」とカテゴライズしてよいものか?率直なところ、私はこの人はアーティストというより理論家、あるいはアジテーター、もっと突き詰めれば「変態=人たらし」だと思っている。

変態=人たらし

彼の活動のごく初期に何点かの絵画(キュビズムに影響された作品で、これがまたよい)を発表したが、1913年以降は実作をほとんど行なわず、「レディメイド」という大量生産、かつ市販されている工業製品を組み合わせ、あるいはそのまま提示する事で「アート」だと主張した。
…というのはよいが、こういう存在ってアーティストなの?何をもってして「アート」なのかは議論の分かれるところであろうが、
「アーティストが選択し、これが『アート』だと宣言」
したものがそれだ、というのはかなり乱暴なことではないか。しかし、みなになんとなく納得させてしまうところがアジテーター。でも脇で「泉」や「瓶乾燥機」を見ながら、あゝすげ〜とかなんとか言っているヤツらを横目にニヤニヤしていた。それがデュシャンの本当の姿だったのではないか。私はそのように怪しくもいかがわしい存在が、なんとなく好きなのだ。あゝ人はそれを「もの好き」という。

「自転車の車輪」「瓶乾燥機」

回顧展だけに、彼の代表作が多く展示されている。まずは「自転車の車輪」。近くのデパートで買ってきた自転車の車輪とイスを組み合わせただけの、なんという事のないもの。まだこちらは「加工」という行程があるから納得出来なくはないが、「瓶乾燥機」に至ってはそのまま提示されているだけだ。

「泉」

これ有名な作品(?)。男性用便器を横向きに置いて、サインをしただけのもの。R.MUTTと偽名なのかというと、デュシャンはこれを出品した展覧会の審査員だったのだとか。立場上、本名ではない方がよい、として偽名で出したのだが、物の見事に落選したそうだ。

「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」

幅1.7m×高2.7mに及ぶ2枚のガラス板で構成された作品。デュシャンが1915年から1923年までの8年にかけて制作したが、未完のまま放置されたもの。デュシャンはこれ以降、ほとんど製作を行っていない。ここにあるのは、1980年代に東京芸大のメンバーによって製作されたレプリカだが、フィラデルフィア美術館の現物は大きくひび割れている。1920年代、搬出入の事故により割れてしまったが、デュシャンの
「それもまたアートの一環」
のひとことでそのままにされている、真面目なのかふざけているのか判別し兼ねる作品だ。

「1.水の落下、2.照明用ガス、が与えられたとせよ」

「遺作」もしくは「滝とランプ」と通称される場合もある。実物ではなく「映像展示」である。何枚かの画像をドキュメンタリー風に編集して、製作の背景や、デュシャンの狙いを説明するという仕掛けだが、少々のこと残念。とはいえ、さすがに国立博物館では無理か。理由は「デュシャン 遺作」でググってみて下さい。

まとめ

ということでマルセル・デュシャン、どこまで本気なのかふざけているだけなのか、まったく判断がつかない。ただ、彼は人間として結構面白いヤツだったのでは、と思うのだ。なんのかんのと言われながら、「あいつのやる事だから」と許されてしまうような、気のいいやつ、可愛げのあるオトコ。彼のニヤニヤ顔のポートレイトを眺めながら、そんな事を考えていた。

国立博物館が終わったから次へ!
…という気力以前に歩きすぎのため持病である腰痛が悪化。単なる運動不足ともいうが。ロビーにソファがあったのでひと休み。あまりの心地よさについ30分ほど寝てしまう。国立博物館で昼寝するヤツはなかなかいるまい。さすがにイビキまではかいていなかったと思う。腰痛が少し回復したところで、傍らをみるとなかなかよさげな展示があったので一巡り。

常設展「日本の考古」

日本各地で出土された品々の展示である。旧石器時代から江戸時代くらいまでを、概要的に陳列されている。とはいえさすが国立博物館である。概要だけでもかなりな数となる。巨大な銅鐸、埴輪などが所狭しとならんでいる。鶏の埴輪など初めて観た。

一番はこれ。いい顔してるでしょう。

ということで国立博物館見学は終了。「日本考古学 」だけを見学に再来せねばならぬ。


にほんブログ村

あらら?冒険記 【晩秋のアート編】①


TOKYOへ

2日間続けて東京に行ってきた。
B型人間は突如思いつき行動に、というのが常なのだが今回は半年も前からの計画。われながらとても変な気がするのだが。まぁ計画といっても用向きは一件のみで、あとはギリギリになってから予定したのでいつもとあまり変わりはないか。詳細は後述するとして、潔く出発である。

AM5:30 未明の出発

なんでまたこんな時間に?とは皆から言われたが、東京で出来るだけ長く過ごしたいのだ。それと、すっかり様変わりしてしまった東京で何が起こるか分からない、なんぞという不安もある。おまえは東京生まれで31まで彼の地で過ごしたのであろ?とのツッコミを頂きそうだが、20年も経過すれば、土地勘などまるで消え失せてしまっている。まして今回はもともと得手ではない街 渋谷なのである。ここ数年でもっとも変わり果てた街SHIBUYAなのである。やはり行動時間は多い方がよい。と、田舎者丸出しでお登りさんと相成る。

旅のテーマ

という事で冒険は始まったわけだが、今回は仕事でもない。実家関係の用向きではない。純粋に自分の趣味・好みでの行動なのである。家族も伴わず、じつにフリーでよい塩梅の旅は嬉しくてたまらない。そうなのだ、自由なのだ。これを多としてたっぷり楽しもうではないか。そのためには効率のよい行動が必要であろう。行動計画にはまずテーマ。これをしっかり決めていこう。様々な試行錯誤と優柔不断、そして果てしのない逡巡の末決定したのが
「晩秋のアート」
である。本来の用向きがアート関係という事もある。調べてみたらさすが東京、興味深い展覧会がある。では秋深いTOKYOのアート巡りとしよう。

上野恩賜公園

アートといえば上野公園、というのはシンプルすぎていかがなものか。と思わなくもないのだが、世界遺産 国立西洋美術館もある、国立博物館もある、東京都美術館だってある。だから「上野=アート」と言い切っても文句はあるまい。それに観たい展覧会がふたつもあるのだ。だからこれでよいのだ。

東京都美術館

こちらに伺うのは30年ぶりくらいだろうか。建築学生の時代、前川國男の代表作に触れてみよう。という事だったのだが、物の見事に忘れ果てていた。こんな内向的な計画だったのか。
場所は公園のもっとも北側の一画なのだが、大噴水広場と動物園に挟まれた、喧騒の谷間に位置するといえる。前川は、それを避けるために敷地外周に沿って施設群を設け、中庭を作る。そこから地下へアプローチさせることで、内部・外部を隔絶させるというなかなか巧みなプランニングである。見た目の面白みはないが。この辺りが藤森照信のいう「前川國男はプランを取り立面を捨てた」という事なのだろう。こちらで観るのが

「ムンク展 共鳴する魂の叫び」

エドヴァルド・ムンク(1863〜1944)はノルウェーを代表する画家で、「叫び」が有名である。というかそれしか知らなかったのだが、これがすごい作家だったのだ。
幼少期にあった母そして姉との死別。父との葛藤、安定しない自らの精神状態、破れ果てた初恋、恋人との諍いが発展した発砲事件など、彼にふりかかる事件を通して培われていくテーマ「息づき、感じ、苦しみ、愛する、生き生きとした人間を描く」すなわち生命そのものこだわって行く姿が編年式に展示される。

「病める子」「接吻」「吸血鬼」そして…

夭逝した母、姉をモチーフにしたと言われる「病める子」は不覚にも涙してしまう。白く正気のない少女の横顔は、死への不安と諦念とがないまぜになったなんとも言えない表情である。

「生命のフリーズ」と題された連作シリーズもある。あるモチーフを少しずつ解釈を変えながら、何作も描き続ける、というものだ。

「接吻」というシリーズがある。

最初の作品は、窓辺で情熱的に抱き合い、接吻する男女が写実で描かれるが、作を重ねるうちに男女は溶け合うように一体化していく。

「吸血鬼」は寝ている男の血を吸おうとしている女吸血鬼が次第に変化してゆく。

融合するのは同じだが、あるときは部屋の中、ある時は海辺、ある時は生命溢れる森の中と変わっていく。何やらメタフィクションのような展開が面白い。後世のガルシア・マルケスやフィリップ・K・ディックあるいは筒井康隆に影響を与えたのではないか。そんな気がする。そして「叫び」だ。

「叫び」

妹を見舞うため訪れたエーケベルグの町。そこで見た、血のように赤く染まった夕陽に恐れ慄き、そして叫び声を上げるムンクが描かれる。不定形に不気味に重なり合う形、色彩。極端にデフォルメされた「叫ぶムンク」。どこからどう見ても凄まじいインパクトである。一目みただけで釘付けになってしまう。もっとゆっくり観ていたかった。大混雑で叶わなかったのが残念でならない。

ムンクの生涯

生涯を芸術に捧げ、独身を通したムンク。そのために恋人から撃たれ左手の中指を失ったりする。晩年、ノルウェーの国民的作家として認められるも、ナチスドイツの台頭により「退廃的」として批判されるようになり、完全な隠遁生活に入る。そして孤独な死を迎えることとなる。彼の生涯は栄光に満ちたものであったか、あるいは悲劇的であったかは分からない。しかし、誰よりも「生き切った」といえよう。じつに見事な企画であった。素晴らしかった。でも、もう少し空いていればもっとよかったのだが。さすが東京だ、平日でも美術館が混雑するなんて。


にほんブログ村

飯綱町「いいづなアップルミュージアム i-cafe」りんごにまつわるあらゆる…


【お店のデータ】
いいづなアップルミュージアム i-cafe
場所 長野県上水内郡飯綱町大字倉井5 [地図はこちら]
電話 026-253-1071
駐車場 あり

休みの日

休みであった。
ここ数日いろいろあったので休養に充てるつもりだったが、もったいない気になり出かける事とした。改装なった「野尻湖ナウマンゾウ博物館」を少々物足りないのでもう一つ。車で10分間ほどの「いいづなアップルミュージアム」へ。

いいづなアップルミュージアム

ここは、飯綱町特産品である「りんご」をフィーチュア博物館だが、その徹底ぶりが気に入った。りんごの品種や栽培法、効能などが語られるのは当たり前だが、後半のりんごコレクションが凄まじい。りんごがテーマの書籍・マンガはもとより、ビートルズ関係を始めとするレコードジャケット、映画のポスター、オモチャ、極めつきは場内の片隅にあるグレーのプラスチックの箱。よく見たら昔のマッキントッシュである。あゝアップルコンピュータか。統一感があるのか、混乱しているのかよくわからない展示である。

i-cafe

りんご博物館、そして併設のギャラリーで開催されていた展示(この日は戸田澄江というアーティストの個展)に圧倒された後、カフェで一休みすることに。あまりの「過剰さ」に疲労困憊したのと、受付の方に割引券を頂いたのと双方の理由があったためだ。それにしてもここはすごい。
この施設はりんごを四半分に断ち割ったような平面で、芝生広場をぐるっと回るような計画である。カフェはその広場がよく見える一画にあり、大きな窓から明るい日差しが燦々と差し込む、心地よい空間となっていた。さぁ何を頂こうか。

『おやき2個セット(デザート付)』

『ジビエカレー』『骨付きチキンカレー』に心惹かれたが、ここは長野県民らしく『おやき2個セット(デザート付)』を注文。おやきは野沢菜、キャベツ、大根、つぶあんから二種選べとの事だ。熟慮の末、野沢菜とキャベツを選択。

『野沢菜』

蒸し直され、手で持てないほど熱々である。細かく刻まれ、油炒めされた野沢菜はどこか懐かしい。子供時分に食べていた訳ではないのに。日本人のDNAに刻み込まれているのであろうか。これは永遠に美味い。

『キャベツ』

こちらはキャベツとその他に様々な野菜と共に油炒めされている。甘いキャベツと、ノビロであろう野趣な香りのする山菜とが合わさってとても美味かった。この味わいは、店舗ではなかなかお目にかかれない、お母さんの味である。

『デザート』

デザートは煮りんごにヨーグルトをかけたシンプルなもの。控えめな甘さとりんごの酸味がとても素敵な味わいだった。

すごい場所 いいづなアップルミュージアム

すごかった。あの物量、あの過剰さに圧倒されつくした。歴史は特定個人の「想い」で形成される。中尊寺は藤原三代が、金閣寺は足利義満の理想をかたちにしたものだった。こちらも同様なのであろうか。いつの日か、この施設を作った人に会ってみたい。


にほんブログ村

長野市「食事処ひはら」遥かなり信州新町のDschinghis Khan


【お店のデータ】
食事処ひはら場所 長野県長野市信州新町日原西2159-1 [地図はこちら]電話 026-264-2331
駐車場 あり

Dschinghis Khan

ジンギスカンといえばモンゴルの始祖チンギス・ハーンの英語読みであるのだが、われわれ昭和の御代に青春時代を過ごしたものとしては、どうしてもあれを思い出してしまう。

そう、あの
♪ ジン、ジン、ジンギスカン!という、あの歌である。今回調べてみたらあれは西ドイツの「Dschinghis Khan」というグループが歌っているのだそうだ。「いる」と書いたのは、一度解散したものの2006年に再結成、現在も活動中だからだ。

Hu, ha, Dsching, Dsching, Dschingis Khan
He Reiter, ho Reiter, he Reiter, immer weiter
Dsching, Dsching, Dschingis Khan
Auf Brüder
Sauft Brüder
Rauft Brüder
Immer wieder
Lasst noch Wodka holen, oh ho ho ho
Denn wir sind Mongolen, ha ha ha ha
Und der Teufel kriegt uns früh genug

ドイツ語だから意味がわからない(英語でも分からないが)が、どうやら「若者よ!ジンギスカンのように激しくいけ!」というようなものらしく、大した意味はないようだ。メロディラインの面白さと、派手なパフォーマンスで魅せる、といった曲だ。典型的なPOPSと言えよう。

Appleミュージック

突然、何故こんな話題を出したかというと、Appleミュージックをなんとなく検索していたら、再会したからだ。MOON RIDERSはこの曲のカバーを断ったから、ヒットメーカー道を歩むことが出来なかったとか、昔はディスコでこれを踊っていたという義姉の話を思い出し、なんてダサい、…いや、のんびりとした時代だったのであろうか。などと考えていたら、あれを食べたくなったのだ。あれとはもちろんジンギスカンである。

あらためて、ジンギスカン

ジンギスカンとは羊肉、マトンやラムを使った焼肉料理である。何を今さら、と言われそうだ。一部地域で「ジンギスカン鍋」と鍋料理に分類されることがあるが、あれは独特な鍋を使う場合に言われるようで、実際には焼いて食べる様式である。これは日本起源の料理なのだそうだ。ジンギスカンが遠征の際に、兵士の兜を用いて作らせた。といわれもするが、あれは根拠のない俗説であるとの事だ。

信州新町

ジンギスカンといえば北海道が有名だが、長野市信州新町のそれも、そこそこ知られている。1930年代から彼の地で始まった、綿羊飼育がその始まりで、綿羊以外の使い方がないかと様々な研究を経て現在の形式となったという。羊肉のくさみを減らすために、信州りんごを使うのがポイントとのことだ。ちょうど松本からの帰途でもある。信州新町経由でジンギスカンを頂くこととしよう。

「食事処ひはら」

新町のジンギスカンといえば「さぎり荘」が有名であろう。少し高いが、定評通り美味しいジンギスカンを食べさせてくれるのだが、その実何度となくお邪魔しているので新鮮味がない。そこで、別の店を探すこととした。HPやグルメマップなどを検証したが、たくさんありすぎてひとつに絞れない。結局、1時間ほどかけて決めたのがこの店だ。

アクセス

長野から国道19号線を松本方面へ向かい、信州新町市街地を越え、数キロ先の道沿いにある。昔よくあったドライブイン風の建物である。テーブル席と小上がり席のある、けっこう大きな店だ。写真映りの関係で、明るいテーブル席を選択。少々せまいが、広く見渡せるので気持ち良い。

お品書き

メニューを眺めると、ジンギスカンが主ではあるがざるそば、ざるうどん、もつ煮定食、カレーライスなども用意されており、必ずしも専門店ではないようだ。貼り紙箇所は冬メニューである「おでん定食」が表記されているという。
「今日は材料があるので対応できます」
とのことで、隣席のマダムが注文していた。もちろん私はジンギスカン一択である。

ジンギスカン定食

ご飯、味噌汁、タレ、キムチ、小鉢ものは冷奴、そこに野菜とジンギスカンの盛り合わせとなる。黄金パターンともいえる展開のお膳である。

冷奴、キムチ、ご飯、味噌汁

こちらの冷奴は玉ねぎに中華ドレッシングというサラダタイプ。久しぶりに洋がらし付きでない冷奴と出会った。キムチはけっこう辛い。もう少し酸味のある方が好きだが、これはこれで美味いものだ。たまに、甘いキムチがあるが、あれだけは許すことが出来ない。もちろん炊きたて熱々のご飯に、油揚げ・わかめ・玉ねぎの味噌汁はごくスタンダードな存在だといえる。

そしてメイン

野菜類は玉ねぎ、キャベツ、カボチャ、にんじん、エノキがてんこ盛りである。ジンギスカンは120gほどであろうか。ほどほどにサシの入った紅色はとても美味そうだ。

いざ焼くべし

まずは火の通りづらい野菜から。といって焦がしては興ざめである。エノキはデカくてよろしい。

肉質

しっかりしているが柔らかい、そんな感じか。羊肉はクセがあるというが、さほどでもないところをみるとラム肉であろうか。淡白な味わいがよろしい。信州りんごを用いたタレをたっぷりも美味いが、卓上の一味唐辛子でも美味い。井之頭五郎であれば、おかわりを行くところだが、ここは自重しておこう。

またしてもDschinghis Khan

腹もくちくなった、帰ろう。もちろんBGMは「ジンギスカン」である。あの、勢いよくもどこかもの悲しい、そしてヤボったい曲にしばらくハマりこみそうである。


にほんブログ村

長野市「ごくろう山」ながののエベレスト


【お店のデータ】
ごくろう山
場所 長野県長野市真島町川合332-3 [地図はこちら]
電話 026-284-7283
駐車場 あり

エベレスト

ネパールと中国の国境上に位置する、ヒマラヤ山脈の一、標高8,848mを誇る世界最高峰である。その神々しいまでの威容は、吸い込まれんばかりの輝きを放つが、山肌はまさしく難攻不落、幾多の勇者どもを跳ねつけ、蹴散らしてきた砦ともいえるのだ。

第三次エベレスト遠征隊

中でもイギリスの第三次エベレスト遠征隊のエピソードが最も劇的、かつ有名なものであろう。19世紀において失墜しきった国威を発揚せんと、当時最大の秘境であったエベレストを制覇を狙ったがことごとく失敗した。しかし、1924年6月に行われた第三次遠征隊では、登頂まで後一歩というところで2名のアタッカーが遭難、失敗に終わった。しかし、その成否を証明するものはいないため、90年近い年月が経過した現在でも、議論は続いている。

ジョージ・マロリー

アタッカーの1人、ジョージ・マロリーほど有名な登山家はいないだろう。当時最高のアルピニストというだけではない、彼の残した言葉ほど後世へ影響を与えたいものはないであろう。すなわち
そこに山があるからだ

この言葉は、1923年3月18日付けのニューヨーク・タイムズの記事に現れる。その記事で、「なぜあなたはエベレストに登りたいのですか(Why did you want to climb Mount Everest?)」との質問にマロリーは、”Because it’s there.”と答えている。 Wikipedia

「そこに山があるからだ」は意訳と言うべきであろう。文脈上’it’はエベレストを指すから、厳密には「そこにエベレストがあるからだ」となるはずだが、それはまぁよいではないか。私が登るのはエベレストではない。

私の山 ごくろう山

私の山は長野市真島にある。
だいだい色に彩られた高い山を制覇するのだ。一年ぶりであろうか、久々の野望を胸に、この地までやってきたのだ。ごくろう山。道路拡張工事中で、駐車場が機能せずにお困りだがいつもの通り満員だ。

「唐揚定食」850円

山とはこれのことだ。揚げたての巨大な唐揚げが山積みされている。ひとつが子供の手のひらほどのサイズである。箸で持ち上げると、とても重く感じる。これが6個搭載されてくるのだ。

滋味深い

しっかりと味つけはなされているが、傍のマヨネーズを用いると、一層味わいが深くなる。山を盛り立てる脇役ども。控えめな量のご飯。がんもと厚揚げの煮物はあっさりで美味し、漬物はどこまでも優しく、わかめと玉ねぎの味噌汁は最高だ。


エベレスト同様、制覇するのに大変な労苦を要する。ファーストステップ、セカンドステップ様々な要衝が私を待ち受ける。負けてなるものか、登頂まであと一歩だ。


にほんブログ村

長野市「モン マルシメ」オプーの食べていたもの


【お店のデータ】
モン マルシメ
場所 長野県上水内郡飯綱町豊野1752 [地図はこちら]
電話 026-217-2009
駐車場 あり

メルカリ

先だって、「メルカリ」が採用した新卒者の9割が外国籍であり、その中の7割以上がインド出身者であるという記事をよんだ。
インドといえば厳しいカースト制、ヒンドウー教の戒律や、チャンドラ・ボース、マハトマ・ガンジーなどイギリスからの独立運動といった政治宗教が取り上げられる事が多いと思う。
だからつい、インダス川の光景が思い出され「うへぇ」としてみたりと、なにやら落ち着かない国である。というイメージがある。

豊穣の地

しかし、この辺りはマスコミよって相当な部分を作られたものらしい。「らしい」というのは行ったことがないからだが、数千年もの歴史を紡いできた国が、悪いだけのものであるわけがない。
「あんな汚い国はない、あんな人を騙す嫌な国はない」
という人もいるようだが反対に流水りんこのように
「インドほど豊穣なところはない」
と熱く語る者もいる。
何にせよ、未訪の地ゆえよいとも悪いとも語れないのが腹立たしい。いつか行ってやるぞと心に秘めてから、ずいぶん長い時間が経ってしまった。

インドと私

昔住んでいたアパートの隣に、インド人の若い男性が住んでいた。
…などというエピソードでもあれば話は早いのだが、生憎と在庫がない。だからインドと私を結ぶ線はカレーと映画くらいしかない。カレーはさておき、映画は数本しか観ていないという、ごくか細い線でしかないが、その圧倒的な存在感は忘れる事ができない。

インド映画とサタジット・レイ

Satyajit Ray with Ravi Sankar recording for Pather Panchali

ヒットした「バーフバリ」も凄かったが、私としては「大地のうた」(1955)をフェイバリットとする。
この映画は後にインド映画界最大の巨匠となるサタジット・レイの監督デビュー作である。まだサラリーマンであった彼が、仲間と共に数年の時をかけて、ゆっくり丁寧に作り上げた作品である。

大地のうた

この映画はインド北東部ベンガル地方の、貧村に住む少年オプーとその一家の日常が描かれる。ストーリーといえるような筋はなく、淡々と散文的で美しい映像が紡がれる。
草原を走る、大きな黒々とした機関車を追いかける姉とオプー。祖母の老木が朽ち果てたかのような死。流麗・清麗な画面から感じられるのは「色彩」である、モノクロなのに。
隣家の娘の首飾りを盗んだと疑われる姉。オプーの大好きなお姉さんはあっけなく死んでしまう。ニューデリーに引越す一家。荷物を運び出し、がらんとした室内に残された姉の茶碗。オプーが取り上げると、そこには隣家の娘の首飾り。ああ、姉は本当に盗んでいたのだ。誰にも告げず、裏の沼に投げ込むオプー。
すべてがパーフェクトに決まった作品であると思う。このヒットを受け、第二作、三作の製作されたが、やはり「大地のうた」が最もよい。

オプーが食べていたもの

映画鑑賞において、観るべきポイントは人それぞれであると思う。笑えるか、楽しいか、感動するか、スピーディであるか。一点のみではなく様々な要因が挙げられる。私の場合もいろいろあるが、中でも大きいのが「どんなものを食べていたか」である。なんだ、お前らしいな。と言われそうだが淀川長治や池波正太郎といった観巧者どもも、同様な事を語っていたり、著書もあったりするのだから、ごく当たり前でもある。
「大地のうた」にも食事シーンがたくさんあるが、主体的な描写がないので、何を食べているかまではわからない。インドだからカレーなのか?でもあまり褐色にみえないし、生野菜っぽいものも食べているぞ。と、長年疑問を持っていたが、今回、ああこんなものだったのか?と思わされるような料理と出会うことができた。

モン マルシメ

飯綱町豊野、というより福井団地といった方が通りが良いかもしれない。大きな住宅街の片隅にこの店はある。洋風クラシカル、といった風情の外観である。敷地の形状や高低差を使った、かなり複雑な平面だが、デザインと素材とで処理したかなり「上手い設計」である。見習わねば。こちらで食べさせてくれるのは「ミールス」と呼ばれるワンプレートスタイルのランチである。

ミールス

全体を見ていこう。
大きな丸皿の中心には、丸く型どられたインディカ米とパパドと呼ばれる大豆のせんべい。その周りには漬物とペースト、五種のおかず、そしてスープがついてくる。

食べ方

おかず類を列記すると以下となる

しょうがのアチャール

しょうがの漬物。けっこう辛い

ココナッツチャトニ

ココナッツのディップ

ダール

インド全土で食べられる豆の煮込み。優しい味わい

ラッサム

南インドミールスには欠かせない一品。トマトとタマリンドの酸味が効いた汁物。

ブロッコリーのトーレン

ブロッコリーとたくさんの野菜にスパイスをかけ、和えたもの。辛い。

白菜のクートウ

白菜のスパイス煮

パプリカのパチャディ

パパド

大豆のせんべい

サンバル

南インドを代表する豆と野菜のスパイス煮。スパイシーでカレーっぽいスープ。今回はオクラとなすが入っていた。これがもっともお気に入り。

これらをご飯に混ぜ合わせていただくのだ。
一品でもよし、数品でもよし。いや全部でもよし。とにかく混ぜて混ぜて混ぜて。最初はシンプルな味わいだが、次第に複雑化してくる。この変化が面白くてたまらない。
混ぜて食べる、というのは作法からすればあまり良いとはされないが、そんなことはインドでは気にしない。美味い、これは美味い。パサつくインディカ米がこれほどの包容力を持つとは、いささか買いかぶっていたようだ。

マサラチャイ

ひと通り食べ終え、お腹がいっぱいになったところでドリンクが登場する。今回はマサラチャイを選択。ミルクティーに様々なスパイスを加えたものらしい。しょうがが効いていてじつに美味い。北杜夫「白きたおやかな峰」にもこのチャイが登場する。現地人ポーターの入れたチャイには、スパイスやギー(羊のバター)が大量に投入されているので飲めない!という場面があったが、こんな感じだったのだろうか。

オプーの食べていたもの

もっともこれは主に南インドで食されるスタイルだという。「大地のうた」の舞台とは違うので、オプーが食べていたものかどうかは定かではない。見た目も在り方も、非常に似ている。違いはおいおい調べるとしよう。


にほんブログ村

上田市「お城の坂道」魅力の城下町


【お店のデータ】
お城の坂道
場所 長野県上田市大手1-12-23 [地図はこちら]
電話 0268-27-6516
駐車場 あり

上田映劇の始まりと終わり

上田映劇という映画館がある。
上田市中央なる地籍は、昔から大きな歓楽街であったとのことだ。この場所には明治の時代から芝居小屋があり、大正になってから「上田劇場」として建て替えられたとのことだ。
昭和に入り、映画が中心の興行となったため、「上田映画劇場」と改称、それを縮めて「上田映劇」となったのだとか。映画全盛の時代は、大変な混雑だったそうだが、次第に観客は減少、平成に入り定期上映を終了することとなった。

再生

しかし、このまま伝統ある上田映劇をつぶしてはならぬ、という声があがり、映画だけではなく、演劇や落語、トークライブ、クラシックコンサートなどフリースペースとして活用されることになった。また映画も、シネコンにかからないような地味な作品やドキュメンタリーなどを上映する、いわゆる「ミニシアター」としての機能も持つようになった。

その豊穣な空間

大正6年落成という小屋は、決してきれいな施設ではない。あちらこちらはが古びている、清掃は行き届いてはいるが、どうしても「清潔感あふれる」とまではいかない部分がある。当たり前だが、耐震強度も不足しているだろう。
しかし、これがよいのだ。映画「館」というよりも映画「小屋」という風情が、マニア、映画好きにはなんとも言えないほどの良さがある。室内の格天井はおそらく大変高価なものであったと、推察される。さぞや豪華なものだと、持て囃されたのではないか。創業当時の館主、スタッフたちの気合いが今でも匂ってきそうな、豊かな空間なのだ。

上田市街の面白さ

この映画館と出会って以来、上田の街中をふらふらするのが気に入ってしまった。といって2度ほどしか試したことはないが、駅前から袋町などの小径を、あてどなくウロチョロするのが面白い。
城下町だけあって、細かな道が縦横にはしり、迷路のようになった地形は、自分がどこにいるか、一瞬わからなくなるというちょっとしたゲームを体験しているような感覚が起こって、これがまた面白い。

お城の坂道

先述の通り、2回ほどしかあるいていないので、まだまだ発見があるだろう。楽しみ楽しみ。特に楽しみが食事処である。こちらは調査が行き届いていないので、今回は行きつけの「お城の坂道」に参る。

「お城ごちそう小鉢御膳」

野菜たっぷり、なるべく地元の野菜をつかって、その日ごとに変わる主品と小鉢の各種おかずをひとつひとつ手づくりしています。との事だ。本日もいつも通り豊穣なおかずども。全部で7種の惣菜にご飯と味噌汁という、スーパー豪華な御膳である。まずはご馳走小鉢から紹介しよう。

じゃがいもの甘辛煮

という割にはあっさり味つけで美味い。新ジャガらしく、ぷっつりと弾ける皮がなんとも言えない快感となる。

山芋とキュウリの和え物

こちらもとろとろでよろしい。山芋のさくさく感とキュウリのパリパリ感、歯ごたえの違いが楽しめる。

にんじんしりしり

お母さんの手料理そのもの。にんじんの甘さがしっかりとしてとてもよいのだ。

瓜の漬物とサラダ

もはや安定的存在といって過言ではないだろう。なにはさておき、瓜が美味い美味い。

味噌汁とご飯

味噌汁の具材あおさと豆腐で大感激。あおさはざっとした刻み方だから歯ごたえよくてよし。ご飯はいつも炊きたてで、熱く甘みがよろしい。おかわり自由というのが泣ける。そしてメインディッシュである。

丸茄子のしぎ焼きおよび油味噌

野菜好き、なす好きにとってこれほどの幸せはない。双方とも、なすと味噌を用いた料理でありながら、これほどくっきりとした違いを魅せてくれるとは。しぎ焼きは、丸なすの水分を上手に利用しており、とてもジューシー。油味噌は加熱したなすの、トロンとした舌ざわりがとても美味い。

上田 底なしの魅力

以上である。
いつもの通り、野菜中心のメニューで、若い人には「地味なメニュー」としか映らないであろうが、肉類がない(肉類がメインディッシュの場合もある)というだけでじつに挑戦的なメニューであると思う。「なるべく地元産の野菜」でこれほど多彩な惣菜を作ることができるなど、相当な技量であるといえる。素晴らしい。これが上田の、底の知れない魅力のひとつなのだ。


にほんブログ村

長野市「とんかつ健」立てるは肉の…


【お店のデータ】
とんかつ健
場所 長野県長野市箱清水2-12-21 [地図はこちら
電話 026-234-1404
駐車場 あり

明治は遠くに…

明治45年は西暦でいえば1911年。したがって、100年以上が経過したこととなる。社会体制も生活習慣も、話し言葉も食べるものも現在とはずいぶんと違ってしまったようだ。思えば遠くに来たものだ。などと観て来たかのように語ってしまうが、とはいえそこは同じ日本人、いや、現代のわれわれの基になだけあって、心情的な部分ではあまり変わってはいないようだ。

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

とは夏目漱石「草枕」の冒頭部分である。
理屈をいってもだめ、情にほだされても、我をはってもよろしくない。であれば、気にせずわが身のことたけ考えていれば良いのだが、つい周囲をみてしまう。何事も上手くいかないものだ。こんな文章を読んでいると、明治の文豪にも親近感が湧いてくるというものだ。

あゝ日本人

近年、「忖度」なる言葉が流行したがあんなものは身近なそこここに転がっていることだ。要するに「空気を読んで上手くやれ」という言葉だ。何を今さら、騒ぎ立てるようなことではない。「圭角(かど)」さえ立てなければ問題ない、と考える。
そんな事だから失敗もする。何度やらかしちまった事か。あんな時こんな時なってなかったよなぁ。なんてことはしょっちゅうだ。そんな事は私だけではなく、どこの誰にでもある事だし、日本史にも「やらかしちまった事件」がたくさんある。

司馬遼太郎の説

司馬遼太郎によれば、こういった日本人的性質は元からある「村社会」の名残と、徳川家康と彼が作り上げた幕藩体制にあるという。そういった根の深さゆえ、簡単には覆すことが出来ない。誠に腹立たしいばかりであるが、よそ様も似たようなものだろう圭角立てず、腹も立たさず静々と参ろうではないか。立てて良いのはとんかつの角ばかりであるべきなのだ。

ジャンボ

幼少のみぎりより「ジャンボ」が好きなのだ。通常よりも大きい、とか分厚い、といった表現に心惹かれて幾星霜を費やしたことか。母親から
「お前は全部といっぱい、大きいたっぷりが好きだったから」
と言われるが、それはまったく正解なのである。生まれついての欲張り人間。一般的な意味において50を過ぎて、いささか恥ずかしくなくもないのだが、こればかりは仕方がない。こうなると、「アイデンティティの領域」であるといって過言ではない。ジャンボ・分厚さあっての自分であると言い切って支障はない。周囲からは健康面を注意され、腹回りのあんまりさを笑われるばかりだが、メニューを前にするとそちらに目が行ってしまう。

「とんかつ健」

善光寺の北側、箱清水の地にあるこちらは、「とんかつ」とあるように基本的にとんかつ屋で、メニューも揚げ物が中心となっているが、店内のあちらこちらに短冊状の品書きがあるところをみると、近隣住民の居酒屋、コミュニティとして機能しているようだ。もちろん車だから飲めるわけがないので、おつまみメニューはスルーとなる。あゝ腹がへった。もちろん注文はアレ一択である。

「ジャンボとんかつ定食」

コロッケ、エビフライとならぶ「ジャンボシリーズ」の一廓である。どれもこれも大好きなメニューだが、やはり分厚さ、迫力度からしてこれしかないと確信する。厚さは1.5〜2センチ、といったところであろうか。クキッとした直角が、緊張感を演出する。断面をながめるだけで、多幸感が溢れてくるのは私だけではないだろう。なんのかんの言いながら、肉は「質」以前に「厚さ」あってのものなのである。

揚げたてかつ分厚いとんかつには塩、と言われている。たしかに美味い、否定するつもりはまったくない。しかし、とんかつはソースあってのものなのだ。じゃぶじゃぶソースで、男らしく喰らうのが一番だ。

and others…

しかし、ごはんを控えるのを忘れない。食べすぎであることには間違いないのだ。とはいえ、炊きたて熱々のごはんほど美味いものはない。楚々とした冷奴には、北信らしく洋ガラシが添えられている。ツンとした辛味はかえって爽やかな印象を受ける。大根とキュウリのオーソドックスな漬け物も、とんかつの迫力を支える、大事な脇役である。


にほんブログ村