あらら?冒険記 【晩秋のアート編】④


「実家」の朝

実家と何気なく書いたが、実際には「生家」が正しい。「実家」とは

婚姻または養子縁組によって他家にはいった者の、元の家

との意味である。したがって婿に出たわけではない私が「実家」とは明らかにおかしなものであるが、面倒なのでこれでよしとする。

2年ほど前に父が亡くなり、独居となった母だが、80を超え耳が少々遠くなりはしたものの、元気も元気、以前にも増して大騒ぎしている。おかげで安心ではあるもののうるさくてたまらない。片付けものを手伝い愚痴を聞き、挙句に小遣いまで渡さねばならないとなれば、決して快適な場ではないのだが、これは仕方のないことであろう。朝食を摂り、年末の再訪を約束して出発だ。まずは芦花公園へと向かう。

芦花公園駅

ずいぶんと長い間、京王線を使っているが、この駅に降り立つのは初めてだ。世田谷区の最北端に位置する小さな駅である。「瀟洒な住宅街」という感のある、きれいな街並みだ。近隣に芦花公園、正確には「蘆花恒春園」がある事から名付けられたとされる。ちなみにこの公園は文豪 徳富蘆花の旧宅が東京都に寄贈され、

武蔵野の面影を多分に残した公園として一般に公開された。 Wikipedia

との事だ。現在でも徳富邸が見学できるとのよし、一度は訪ねてみなければならない。
こちらから5分ほど歩いた場所が、今回の目的地である。

世田谷文学館

こちらは世田谷に所縁のある作家たち、先に話題の出た徳富蘆花、萩原朔太郎、宇野千代、横溝正史らの自筆原稿や愛用品などが展示されている。1995年に開館で、なかなか凝ったつくりである。ということも東京時代から知ってはいたが、訪れる機会がなく今回が初訪問となった。
環八線のすぐ近くとの事だが、さしたる喧騒をじることもなく、静かな地域に佇んでいる。

ムットーニのからくり箱

まずは常設展示から。様々な作家たちの遺品や業績のパネル展示など、丁寧なつくりでじつによい、雰囲気もよし。そして何より特徴的なものが「ムットーニのからくり箱」である。これは

「ムットーニ」とはアーティストである武藤政彦が作り出した作品のことを指しており、写真や映像では表現できない総合芸術の要素が含まれている。その作品は立体のからくり箱であり、動き・光・音楽など全てが絡み合った小さなストーリーボックスである。 Wikipedia

というものだ。音楽と、詩や文学作品の断片に合わせながらからくり箱が静かに、少しずつ動くのだ。正直なところ、スローでチープでおかしな動きをするのだが、観続けるうちになんとなくムットーニのペースにはまってしまう。世知辛い現代では考えられないほどのスピードが心地よくなってくる。ブラッドベリ「万華鏡」(サイボーグ009の元ネタ)に合わせて回る宇宙飛行士が印象深かった。

筒井康隆展

そして本来の目当てはこちらである。
企画展だから世田谷関連でなくとも良いらしい。数年前にこちらで「日本SF展・SFの国」という企画があり、それが好評だったからこれに発展した、という事らしい。星新一、小松左京なき今、「最後の御三家」の存在は顕彰するにふさわしい。
場内は筒井の事績を表したパネル展示や自筆原稿、写真、これまで刊行されてきた書籍などがあちらこちらに入り組み、時として地と図が反転したようにレイアウトされており、不可思議かつ迫力満点の展示となっていた。
そこここに懐かしいフレーズが頻出する。「狂気の沙汰も金次第」「48億の妄想」「バブリング創世記」など学生時代に貪り読んだ書がそこにある。集英社版「馬は土曜に蒼ざめる」「国境線は遠かった」の柳原良平、筒井康隆を描かせたら天下一品の山藤章二のイラストを観たら不覚にも涙が出てきた。おれも歳をとったものだ。

出会い

筒井康隆との出会いは小学4年時だった。となりのクラスにいたSF好きのIくんと、お互いの本を貸し借りした時が最初と記憶する。私が福島正実「救援隊」、Iくんが「にぎやかな未来」を貸してくれたのだ。ショートショートというジャンルはすでに知っていた。もちろん星新一が主だったのだが、かなりの衝撃を受けたのを覚えている。「静」の星に対する「動」の筒井。徹底的に抑制を重ねてこそ衝撃度が増す星と、最初から最後まで動きまわる筒井。派手好きな若者(小学生だが)が筒井康隆にはまり込むのは当然の事だったかもしれない。筒井康隆がもっとも人気のあった時期で、著作も文庫化されたくさん出回っていた、という事もある。角川文庫のちょっとエッチな表紙の本を、両親に隠しながら貪り読んものだ。フェイバリットは「日本列島七曲り」。ハイジャック事件を茶化したタイトル作は笑いに笑った、3日4日は思い出し笑いしていたと思う。「乱行パーティが始まった」というフレーズは今でもニヤニヤしてしまう。

ひとまずの終わりと旅の終わり

腰痛に関わらず、場内を隅々までくまなく、何度となく往復しているうちに3時間が経過。それでも離れがたく、もう一周しようかなどと考え始めてしまうのも、もっとも見知った仲、一番つきあいの長い作家だからであろう。
42年!Iくんが導いてくれてからかくも永い年月が経過したとは。というか、52歳の自分がいまだに信じられない。あの時はこうだった、あれはこれだった。こんな筈ではなかったが、これは予想以上の結果となった。見慣れたカバー群から想い出が噴出してくる。そんなこんなが面白くやめられないのだが、時間もある、明日もある。この辺にしておこう。筒井先生、まだまだこれからもよろしくお願い申し上げます。

久しぶりの東京旅日記もこの辺にしておこう。いろいろ観ることができて満足だが、いささか詰め込みすぎのきらいがないでもない。滅多に来られないので、ついこうなってしまう貧乏根治というわけだ。でもこれがやめられない止まらない。


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あらら?冒険記 【晩秋のアート編】③


渋谷へ

さて、いよいよ本番である。これが今回のメインイベント。このために10ヶ月前から準備していたのだ。場所は渋谷、東急文化村オーチャードホール。ずいぶん昔からある施設だが、今回が初である。
そもそも、渋谷があまり縁のある場所ではなかった。私が生まれ育った新宿区牛込は盛り場=新宿なのである。それに渋谷にでる交通機関が乏しく、簡単に出ることができないという事情もあった。必然的にごく近隣にいながら、渋谷体験がほとんどない。だから、渋谷は感覚的にアウェイの地なのである。

変貌と大混雑

私が長野に引っ込んでからの20年というもの、東京は大変な変貌を遂げた。特にアウェイの地 渋谷は特に凄まじい変わりように思える。
宮益坂口(父親は死ぬまで「都電の操車場」と呼んでいたが)側は整備され尽くし、ヒカリエの完成など、もうよく分からない。
その関係からか、ただでさえ混雑していた駅前が一層凄まじくなったような気がする。混雑というより「カオス」とでも言うべきか。ラーメン屋で隣り合ったおじさんは
「金曜の朝3:00〜4:00に来てごらん、これくらいの人は平気でいるよ」
ワールドカップやハロウィンの混乱は日常のこと、特に驚くべき話題ではない。と語っていた。なるほど。
腰痛は変わらないが、本番までは今しばらく時間がある。せっかくだからこれを観ていこう。という事でJR渋谷駅と京王井の頭線渋谷駅を結ぶコンコースへ。

岡本太郎「明日の神話」

岡本がメキシコに建設されるホテルのために描いた超大作。長い間行方知れずとなっていたが、紆余曲折の末ここに設置された作品である。原子爆弾が爆発する瞬間を描いており、岡本の頂点とも言われている。このパワーがすごすぎる。
さぁ頃やよし。いざ本番である。

KING CRIMSON

イギリスのロックバンドで、1968年結成。リーダー(と呼ばれることは否定するが)Robert Frippを中心に、何十回にものぼるメンバーチェンジと、幾多にわたる音楽性の変転にも関わらず、クオリティの高い楽曲を50年もの間提供し続けているという、奇跡のような存在である。今回は

Robert Fripp(Guitar)
Jakko Jakszyk(Guitar, Vocals)
Mel Collins(Saxes, Flute)
Tony Levin(Basses, Stick, Backing Vocals)
Pat Mastelotto(Acoustic And Electronic Percussion)
Gavin Harrison(Acoustic And Electronic Percussion)
Jeremy Stacey(Acoustic And Electronic Percussion, Keyboards)
Bill Rieflin(Mellotron, Keyboards, Fairy Dusting)

という8人編成。トリプルドラム!
前々回のダブルトリオも凄かった(音源だけで観てはいないが)が、今回はいったいどうなってしまうのだろうか。ボーカルはJakko Jakszykだから、第1期の曲げ網羅される。ましてベースはTony Levin、ウインドプレイヤーでMel Collinsまでいるのだ。昨年、このメンバーによるLIVE盤が発売されたが、音だけではよく分からない。とくにトリプルドラムが。これは行くしかない、いや行かねばならぬ。Robert Frippだって70を超えたのだ。次があるかどうかも分からない。やはり、行って確認するしかなかろう。抽選、17000円のチケットを手に入れ旅費を貯め、と10ヶ月の血の出るような努力のもと東京に出てきたのだ。これが大したものでなければ、Robert Frippの親父を呪い殺してやる。

オーチャードホール

18:30開場、全席指定であるのにオーチャードホール前はプログレおたくどもの熱気でむんむんとしているが、その割に静かなのが薄気味悪い。そもそもなんで並んでいるのかと思っていたら、開場次第にまずはグッズショップへと直行するのだ。さすが商売人Robert Frippである。ここでしか買えないグッズが山ほど用意されている。市販されていない音源、Tシャツなどなど。ちょっとだけ覗いたのだが、70,000円も使っているものがいた。いやはや。私など2500円のパンフレットですら大熟考の末買ったというのに。というか、お前らそんなにRobert Frippの罠に嵌りたいのか?

LIVEスタート

そんな訳だから、観客の年齢層はおしなべて高い。私より少し上くらいの人が多いようだ。そして開演。Pat Mastelotto、Mel Collinsという順で登場する。セットリストは以下の通り

第1部
01. Hell Hounds of Krim
02. Neurotica
03. Suitable Grounds for the Blues
04. Discipline
05. Indiscipline
06. Cirkus
07. Lizard
08. Islands
09. Radical Action (To Unseat the Hold of Monkey Mind) (partial)
10. Radical Action III
11. Meltdown
12. Radical Action II
13. Level Five

第2部
14. Devil Dogs of Tessellation Row
15. Fallen Angel
16. Red
17. Moonchild
18. Bass, guitar and piano cadenzas
19. The Court of the Crimson King
20. Easy Money
21. Larks’ Tongues in Aspic, Part Two
—encore—
22. Starless

第1部は第2期を除く全期間を満遍なく、といった感じだ。叫んだり立ち上がったりする者がいないのかとてもよい。そもそも音が抑えられているので、じつに聴き心地がよい。高齢者向きのロック・コンサートというわけである。

曲が始まる際に小さな声で「うお」と反応するのが面白い。まぁ私も同様なのだが、会場全体が同じことをすると結構な大きさで聞こえる。01〜03とウォーミングアップのような展開からの04、05はすごい。おおおお!「Discipline」と「Indiscipline」が続けざまなんて。そして07はみな一瞬反応が遅れる。え?「Lizard」?まさか「Prince Rupert Awakes」が生で聴けるなんて。もちろんJon AndersonでもGordon Haskellでもないが、Jakko Jakszykが頑張ってくれたからよい。長生きはするものだ。そして12、13というノリのよい曲で第1部終了。

第2部

20分の休憩を挟み第2部のスタート。14はLIVE盤「Radical Action to Unseat the Hold of Monkey Mind」の収録曲で、たぶんインプロヴィゼーション。そして15から怒涛のヒットソングを、ほぼ完コピ(とは言わないか)。Mel Collinsというマルチプレイヤーがいるから、原曲に限りなく近い演奏となる。あゝ幸せだ。「Fallen Angel」「Red」ときて「Moonchild」となったら隣の大将が泣いていた。何を大げさな、と思っていたら「The Court of the Crimson King」のリフレインで不覚にも私も泣いてしまった。そして「Easy Money」「Larks’ Tongues in Aspic, Part Two」という黄金パターンを経て第2部終了。アンコールは「Starless」これで盛り上がらいわけがないではないか。

プレイヤーたち

予想通りトリプルドラムは「体感してナンボ」のものであった。Pat Mastelotto、Gavin Harrison、Jeremy Staceyのドラム合戦はど迫力であった。各々がソロを回していく様はロックの楽しさ、面白さの体現であった。Jeremy Staceyはドラムだけでなくキーボード(というよりピアノ)の名手で、「Lizard」の名演はかれあってもものだ。Mel Collinsも上手くて素晴らしくて。Tony Levinはもっとも観たかったプレイヤーで「うねるベース」を体感出来たのがとても嬉しかった。Jakko Jakszykは少し窮屈そうな感じ。ボーカルが少ないのはともかく、もう少しギターソロを取らせてやろーよお舅さまRobert Fripp翁。
なんでそんな事を言うかといえば、もっとも目立っていたのがリーダーRobert Frippであったからだ。ソロといいリズムといい、あのガギガギした音で弾きまくる弾けまくる!これが目当てだからまったく文句はないのだが、どうせなら「Fracture」を聴きたかった。いや、まだまだあるぞ。「Night Watch」の冒頭部が再現できるのか?「Cadence and Cascade」の繊細かつ不安定な音もよい。「Larks’ Tongues in Aspic, Part One」も聴きたい、いやオレはそもそも「21st Century Schizoid Man」が聴きたかったのではないか?
「聴きにくればいいじゃないか」
Robert Fripp翁の声が聞こえる
「セットリストは毎晩違うのだよ。チケットも余っているよ」
とほくそ笑んでいるかのようだ。13ヶ所ツアー?17000円?どーって事はない。嫁娘を叩きうれば済む事だ。ほんの少し、借金する事のどこが悪いのだ。

…などと、まじめに考え始めてしまう自分が怖い。ここはほどほど、分をわきまえよう。

という事でLIVE終了。ほやほやした気分になりながら、実家を目指す。


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あらら?冒険記 【晩秋のアート編】②


国立博物館

さて、エドヴァルド・ムンクを堪能、「想い」を過剰なほど摂取し破裂しそうなアタマをぶら下げて行ったのは国立博物館である。
子どもの頃、父に伴われ幾度となく通った場所である。40年前は、説明板などほとんどなく、ショーケースに入れられた展示物には小さく
「◯◯遺跡出土、◯世紀頃(推定)」
などと記されているだけの、誠に素っ気ないというか無愛想な空間であったと思う。現在はまったく違うが。こちらで観せてもらうのが

「マルセル・デュシャンと日本美術」

マルセル・デュシャン(1887〜1968)はフランス生まれのアーティストで、20世紀美術に「決定的な影響」を与えたとされる人物である。のだが、果たして彼を「アーティスト」とカテゴライズしてよいものか?率直なところ、私はこの人はアーティストというより理論家、あるいはアジテーター、もっと突き詰めれば「変態=人たらし」だと思っている。

変態=人たらし

彼の活動のごく初期に何点かの絵画(キュビズムに影響された作品で、これがまたよい)を発表したが、1913年以降は実作をほとんど行なわず、「レディメイド」という大量生産、かつ市販されている工業製品を組み合わせ、あるいはそのまま提示する事で「アート」だと主張した。
…というのはよいが、こういう存在ってアーティストなの?何をもってして「アート」なのかは議論の分かれるところであろうが、
「アーティストが選択し、これが『アート』だと宣言」
したものがそれだ、というのはかなり乱暴なことではないか。しかし、みなになんとなく納得させてしまうところがアジテーター。でも脇で「泉」や「瓶乾燥機」を見ながら、あゝすげ〜とかなんとか言っているヤツらを横目にニヤニヤしていた。それがデュシャンの本当の姿だったのではないか。私はそのように怪しくもいかがわしい存在が、なんとなく好きなのだ。あゝ人はそれを「もの好き」という。

「自転車の車輪」「瓶乾燥機」

回顧展だけに、彼の代表作が多く展示されている。まずは「自転車の車輪」。近くのデパートで買ってきた自転車の車輪とイスを組み合わせただけの、なんという事のないもの。まだこちらは「加工」という行程があるから納得出来なくはないが、「瓶乾燥機」に至ってはそのまま提示されているだけだ。

「泉」

これ有名な作品(?)。男性用便器を横向きに置いて、サインをしただけのもの。R.MUTTと偽名なのかというと、デュシャンはこれを出品した展覧会の審査員だったのだとか。立場上、本名ではない方がよい、として偽名で出したのだが、物の見事に落選したそうだ。

「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」

幅1.7m×高2.7mに及ぶ2枚のガラス板で構成された作品。デュシャンが1915年から1923年までの8年にかけて制作したが、未完のまま放置されたもの。デュシャンはこれ以降、ほとんど製作を行っていない。ここにあるのは、1980年代に東京芸大のメンバーによって製作されたレプリカだが、フィラデルフィア美術館の現物は大きくひび割れている。1920年代、搬出入の事故により割れてしまったが、デュシャンの
「それもまたアートの一環」
のひとことでそのままにされている、真面目なのかふざけているのか判別し兼ねる作品だ。

「1.水の落下、2.照明用ガス、が与えられたとせよ」

「遺作」もしくは「滝とランプ」と通称される場合もある。実物ではなく「映像展示」である。何枚かの画像をドキュメンタリー風に編集して、製作の背景や、デュシャンの狙いを説明するという仕掛けだが、少々のこと残念。とはいえ、さすがに国立博物館では無理か。理由は「デュシャン 遺作」でググってみて下さい。

まとめ

ということでマルセル・デュシャン、どこまで本気なのかふざけているだけなのか、まったく判断がつかない。ただ、彼は人間として結構面白いヤツだったのでは、と思うのだ。なんのかんのと言われながら、「あいつのやる事だから」と許されてしまうような、気のいいやつ、可愛げのあるオトコ。彼のニヤニヤ顔のポートレイトを眺めながら、そんな事を考えていた。

国立博物館が終わったから次へ!
…という気力以前に歩きすぎのため持病である腰痛が悪化。単なる運動不足ともいうが。ロビーにソファがあったのでひと休み。あまりの心地よさについ30分ほど寝てしまう。国立博物館で昼寝するヤツはなかなかいるまい。さすがにイビキまではかいていなかったと思う。腰痛が少し回復したところで、傍らをみるとなかなかよさげな展示があったので一巡り。

常設展「日本の考古」

日本各地で出土された品々の展示である。旧石器時代から江戸時代くらいまでを、概要的に陳列されている。とはいえさすが国立博物館である。概要だけでもかなりな数となる。巨大な銅鐸、埴輪などが所狭しとならんでいる。鶏の埴輪など初めて観た。

一番はこれ。いい顔してるでしょう。

ということで国立博物館見学は終了。「日本考古学 」だけを見学に再来せねばならぬ。


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あらら?冒険記 【晩秋のアート編】①


TOKYOへ

2日間続けて東京に行ってきた。
B型人間は突如思いつき行動に、というのが常なのだが今回は半年も前からの計画。われながらとても変な気がするのだが。まぁ計画といっても用向きは一件のみで、あとはギリギリになってから予定したのでいつもとあまり変わりはないか。詳細は後述するとして、潔く出発である。

AM5:30 未明の出発

なんでまたこんな時間に?とは皆から言われたが、東京で出来るだけ長く過ごしたいのだ。それと、すっかり様変わりしてしまった東京で何が起こるか分からない、なんぞという不安もある。おまえは東京生まれで31まで彼の地で過ごしたのであろ?とのツッコミを頂きそうだが、20年も経過すれば、土地勘などまるで消え失せてしまっている。まして今回はもともと得手ではない街 渋谷なのである。ここ数年でもっとも変わり果てた街SHIBUYAなのである。やはり行動時間は多い方がよい。と、田舎者丸出しでお登りさんと相成る。

旅のテーマ

という事で冒険は始まったわけだが、今回は仕事でもない。実家関係の用向きではない。純粋に自分の趣味・好みでの行動なのである。家族も伴わず、じつにフリーでよい塩梅の旅は嬉しくてたまらない。そうなのだ、自由なのだ。これを多としてたっぷり楽しもうではないか。そのためには効率のよい行動が必要であろう。行動計画にはまずテーマ。これをしっかり決めていこう。様々な試行錯誤と優柔不断、そして果てしのない逡巡の末決定したのが
「晩秋のアート」
である。本来の用向きがアート関係という事もある。調べてみたらさすが東京、興味深い展覧会がある。では秋深いTOKYOのアート巡りとしよう。

上野恩賜公園

アートといえば上野公園、というのはシンプルすぎていかがなものか。と思わなくもないのだが、世界遺産 国立西洋美術館もある、国立博物館もある、東京都美術館だってある。だから「上野=アート」と言い切っても文句はあるまい。それに観たい展覧会がふたつもあるのだ。だからこれでよいのだ。

東京都美術館

こちらに伺うのは30年ぶりくらいだろうか。建築学生の時代、前川國男の代表作に触れてみよう。という事だったのだが、物の見事に忘れ果てていた。こんな内向的な計画だったのか。
場所は公園のもっとも北側の一画なのだが、大噴水広場と動物園に挟まれた、喧騒の谷間に位置するといえる。前川は、それを避けるために敷地外周に沿って施設群を設け、中庭を作る。そこから地下へアプローチさせることで、内部・外部を隔絶させるというなかなか巧みなプランニングである。見た目の面白みはないが。この辺りが藤森照信のいう「前川國男はプランを取り立面を捨てた」という事なのだろう。こちらで観るのが

「ムンク展 共鳴する魂の叫び」

エドヴァルド・ムンク(1863〜1944)はノルウェーを代表する画家で、「叫び」が有名である。というかそれしか知らなかったのだが、これがすごい作家だったのだ。
幼少期にあった母そして姉との死別。父との葛藤、安定しない自らの精神状態、破れ果てた初恋、恋人との諍いが発展した発砲事件など、彼にふりかかる事件を通して培われていくテーマ「息づき、感じ、苦しみ、愛する、生き生きとした人間を描く」すなわち生命そのものこだわって行く姿が編年式に展示される。

「病める子」「接吻」「吸血鬼」そして…

夭逝した母、姉をモチーフにしたと言われる「病める子」は不覚にも涙してしまう。白く正気のない少女の横顔は、死への不安と諦念とがないまぜになったなんとも言えない表情である。

「生命のフリーズ」と題された連作シリーズもある。あるモチーフを少しずつ解釈を変えながら、何作も描き続ける、というものだ。

「接吻」というシリーズがある。

最初の作品は、窓辺で情熱的に抱き合い、接吻する男女が写実で描かれるが、作を重ねるうちに男女は溶け合うように一体化していく。

「吸血鬼」は寝ている男の血を吸おうとしている女吸血鬼が次第に変化してゆく。

融合するのは同じだが、あるときは部屋の中、ある時は海辺、ある時は生命溢れる森の中と変わっていく。何やらメタフィクションのような展開が面白い。後世のガルシア・マルケスやフィリップ・K・ディックあるいは筒井康隆に影響を与えたのではないか。そんな気がする。そして「叫び」だ。

「叫び」

妹を見舞うため訪れたエーケベルグの町。そこで見た、血のように赤く染まった夕陽に恐れ慄き、そして叫び声を上げるムンクが描かれる。不定形に不気味に重なり合う形、色彩。極端にデフォルメされた「叫ぶムンク」。どこからどう見ても凄まじいインパクトである。一目みただけで釘付けになってしまう。もっとゆっくり観ていたかった。大混雑で叶わなかったのが残念でならない。

ムンクの生涯

生涯を芸術に捧げ、独身を通したムンク。そのために恋人から撃たれ左手の中指を失ったりする。晩年、ノルウェーの国民的作家として認められるも、ナチスドイツの台頭により「退廃的」として批判されるようになり、完全な隠遁生活に入る。そして孤独な死を迎えることとなる。彼の生涯は栄光に満ちたものであったか、あるいは悲劇的であったかは分からない。しかし、誰よりも「生き切った」といえよう。じつに見事な企画であった。素晴らしかった。でも、もう少し空いていればもっとよかったのだが。さすが東京だ、平日でも美術館が混雑するなんて。


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飯綱町「いいづなアップルミュージアム i-cafe」りんごにまつわるあらゆる…


【お店のデータ】
いいづなアップルミュージアム i-cafe
場所 長野県上水内郡飯綱町大字倉井5 [地図はこちら]
電話 026-253-1071
駐車場 あり

休みの日

休みであった。
ここ数日いろいろあったので休養に充てるつもりだったが、もったいない気になり出かける事とした。改装なった「野尻湖ナウマンゾウ博物館」を少々物足りないのでもう一つ。車で10分間ほどの「いいづなアップルミュージアム」へ。

いいづなアップルミュージアム

ここは、飯綱町特産品である「りんご」をフィーチュア博物館だが、その徹底ぶりが気に入った。りんごの品種や栽培法、効能などが語られるのは当たり前だが、後半のりんごコレクションが凄まじい。りんごがテーマの書籍・マンガはもとより、ビートルズ関係を始めとするレコードジャケット、映画のポスター、オモチャ、極めつきは場内の片隅にあるグレーのプラスチックの箱。よく見たら昔のマッキントッシュである。あゝアップルコンピュータか。統一感があるのか、混乱しているのかよくわからない展示である。

i-cafe

りんご博物館、そして併設のギャラリーで開催されていた展示(この日は戸田澄江というアーティストの個展)に圧倒された後、カフェで一休みすることに。あまりの「過剰さ」に疲労困憊したのと、受付の方に割引券を頂いたのと双方の理由があったためだ。それにしてもここはすごい。
この施設はりんごを四半分に断ち割ったような平面で、芝生広場をぐるっと回るような計画である。カフェはその広場がよく見える一画にあり、大きな窓から明るい日差しが燦々と差し込む、心地よい空間となっていた。さぁ何を頂こうか。

『おやき2個セット(デザート付)』

『ジビエカレー』『骨付きチキンカレー』に心惹かれたが、ここは長野県民らしく『おやき2個セット(デザート付)』を注文。おやきは野沢菜、キャベツ、大根、つぶあんから二種選べとの事だ。熟慮の末、野沢菜とキャベツを選択。

『野沢菜』

蒸し直され、手で持てないほど熱々である。細かく刻まれ、油炒めされた野沢菜はどこか懐かしい。子供時分に食べていた訳ではないのに。日本人のDNAに刻み込まれているのであろうか。これは永遠に美味い。

『キャベツ』

こちらはキャベツとその他に様々な野菜と共に油炒めされている。甘いキャベツと、ノビロであろう野趣な香りのする山菜とが合わさってとても美味かった。この味わいは、店舗ではなかなかお目にかかれない、お母さんの味である。

『デザート』

デザートは煮りんごにヨーグルトをかけたシンプルなもの。控えめな甘さとりんごの酸味がとても素敵な味わいだった。

すごい場所 いいづなアップルミュージアム

すごかった。あの物量、あの過剰さに圧倒されつくした。歴史は特定個人の「想い」で形成される。中尊寺は藤原三代が、金閣寺は足利義満の理想をかたちにしたものだった。こちらも同様なのであろうか。いつの日か、この施設を作った人に会ってみたい。


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長野市「食事処ひはら」遥かなり信州新町のDschinghis Khan


【お店のデータ】
食事処ひはら場所 長野県長野市信州新町日原西2159-1 [地図はこちら]電話 026-264-2331
駐車場 あり

Dschinghis Khan

ジンギスカンといえばモンゴルの始祖チンギス・ハーンの英語読みであるのだが、われわれ昭和の御代に青春時代を過ごしたものとしては、どうしてもあれを思い出してしまう。

そう、あの
♪ ジン、ジン、ジンギスカン!という、あの歌である。今回調べてみたらあれは西ドイツの「Dschinghis Khan」というグループが歌っているのだそうだ。「いる」と書いたのは、一度解散したものの2006年に再結成、現在も活動中だからだ。

Hu, ha, Dsching, Dsching, Dschingis Khan
He Reiter, ho Reiter, he Reiter, immer weiter
Dsching, Dsching, Dschingis Khan
Auf Brüder
Sauft Brüder
Rauft Brüder
Immer wieder
Lasst noch Wodka holen, oh ho ho ho
Denn wir sind Mongolen, ha ha ha ha
Und der Teufel kriegt uns früh genug

ドイツ語だから意味がわからない(英語でも分からないが)が、どうやら「若者よ!ジンギスカンのように激しくいけ!」というようなものらしく、大した意味はないようだ。メロディラインの面白さと、派手なパフォーマンスで魅せる、といった曲だ。典型的なPOPSと言えよう。

Appleミュージック

突然、何故こんな話題を出したかというと、Appleミュージックをなんとなく検索していたら、再会したからだ。MOON RIDERSはこの曲のカバーを断ったから、ヒットメーカー道を歩むことが出来なかったとか、昔はディスコでこれを踊っていたという義姉の話を思い出し、なんてダサい、…いや、のんびりとした時代だったのであろうか。などと考えていたら、あれを食べたくなったのだ。あれとはもちろんジンギスカンである。

あらためて、ジンギスカン

ジンギスカンとは羊肉、マトンやラムを使った焼肉料理である。何を今さら、と言われそうだ。一部地域で「ジンギスカン鍋」と鍋料理に分類されることがあるが、あれは独特な鍋を使う場合に言われるようで、実際には焼いて食べる様式である。これは日本起源の料理なのだそうだ。ジンギスカンが遠征の際に、兵士の兜を用いて作らせた。といわれもするが、あれは根拠のない俗説であるとの事だ。

信州新町

ジンギスカンといえば北海道が有名だが、長野市信州新町のそれも、そこそこ知られている。1930年代から彼の地で始まった、綿羊飼育がその始まりで、綿羊以外の使い方がないかと様々な研究を経て現在の形式となったという。羊肉のくさみを減らすために、信州りんごを使うのがポイントとのことだ。ちょうど松本からの帰途でもある。信州新町経由でジンギスカンを頂くこととしよう。

「食事処ひはら」

新町のジンギスカンといえば「さぎり荘」が有名であろう。少し高いが、定評通り美味しいジンギスカンを食べさせてくれるのだが、その実何度となくお邪魔しているので新鮮味がない。そこで、別の店を探すこととした。HPやグルメマップなどを検証したが、たくさんありすぎてひとつに絞れない。結局、1時間ほどかけて決めたのがこの店だ。

アクセス

長野から国道19号線を松本方面へ向かい、信州新町市街地を越え、数キロ先の道沿いにある。昔よくあったドライブイン風の建物である。テーブル席と小上がり席のある、けっこう大きな店だ。写真映りの関係で、明るいテーブル席を選択。少々せまいが、広く見渡せるので気持ち良い。

お品書き

メニューを眺めると、ジンギスカンが主ではあるがざるそば、ざるうどん、もつ煮定食、カレーライスなども用意されており、必ずしも専門店ではないようだ。貼り紙箇所は冬メニューである「おでん定食」が表記されているという。
「今日は材料があるので対応できます」
とのことで、隣席のマダムが注文していた。もちろん私はジンギスカン一択である。

ジンギスカン定食

ご飯、味噌汁、タレ、キムチ、小鉢ものは冷奴、そこに野菜とジンギスカンの盛り合わせとなる。黄金パターンともいえる展開のお膳である。

冷奴、キムチ、ご飯、味噌汁

こちらの冷奴は玉ねぎに中華ドレッシングというサラダタイプ。久しぶりに洋がらし付きでない冷奴と出会った。キムチはけっこう辛い。もう少し酸味のある方が好きだが、これはこれで美味いものだ。たまに、甘いキムチがあるが、あれだけは許すことが出来ない。もちろん炊きたて熱々のご飯に、油揚げ・わかめ・玉ねぎの味噌汁はごくスタンダードな存在だといえる。

そしてメイン

野菜類は玉ねぎ、キャベツ、カボチャ、にんじん、エノキがてんこ盛りである。ジンギスカンは120gほどであろうか。ほどほどにサシの入った紅色はとても美味そうだ。

いざ焼くべし

まずは火の通りづらい野菜から。といって焦がしては興ざめである。エノキはデカくてよろしい。

肉質

しっかりしているが柔らかい、そんな感じか。羊肉はクセがあるというが、さほどでもないところをみるとラム肉であろうか。淡白な味わいがよろしい。信州りんごを用いたタレをたっぷりも美味いが、卓上の一味唐辛子でも美味い。井之頭五郎であれば、おかわりを行くところだが、ここは自重しておこう。

またしてもDschinghis Khan

腹もくちくなった、帰ろう。もちろんBGMは「ジンギスカン」である。あの、勢いよくもどこかもの悲しい、そしてヤボったい曲にしばらくハマりこみそうである。


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長野市「ごくろう山」ながののエベレスト


【お店のデータ】
ごくろう山
場所 長野県長野市真島町川合332-3 [地図はこちら]
電話 026-284-7283
駐車場 あり

エベレスト

ネパールと中国の国境上に位置する、ヒマラヤ山脈の一、標高8,848mを誇る世界最高峰である。その神々しいまでの威容は、吸い込まれんばかりの輝きを放つが、山肌はまさしく難攻不落、幾多の勇者どもを跳ねつけ、蹴散らしてきた砦ともいえるのだ。

第三次エベレスト遠征隊

中でもイギリスの第三次エベレスト遠征隊のエピソードが最も劇的、かつ有名なものであろう。19世紀において失墜しきった国威を発揚せんと、当時最大の秘境であったエベレストを制覇を狙ったがことごとく失敗した。しかし、1924年6月に行われた第三次遠征隊では、登頂まで後一歩というところで2名のアタッカーが遭難、失敗に終わった。しかし、その成否を証明するものはいないため、90年近い年月が経過した現在でも、議論は続いている。

ジョージ・マロリー

アタッカーの1人、ジョージ・マロリーほど有名な登山家はいないだろう。当時最高のアルピニストというだけではない、彼の残した言葉ほど後世へ影響を与えたいものはないであろう。すなわち
そこに山があるからだ

この言葉は、1923年3月18日付けのニューヨーク・タイムズの記事に現れる。その記事で、「なぜあなたはエベレストに登りたいのですか(Why did you want to climb Mount Everest?)」との質問にマロリーは、”Because it’s there.”と答えている。 Wikipedia

「そこに山があるからだ」は意訳と言うべきであろう。文脈上’it’はエベレストを指すから、厳密には「そこにエベレストがあるからだ」となるはずだが、それはまぁよいではないか。私が登るのはエベレストではない。

私の山 ごくろう山

私の山は長野市真島にある。
だいだい色に彩られた高い山を制覇するのだ。一年ぶりであろうか、久々の野望を胸に、この地までやってきたのだ。ごくろう山。道路拡張工事中で、駐車場が機能せずにお困りだがいつもの通り満員だ。

「唐揚定食」850円

山とはこれのことだ。揚げたての巨大な唐揚げが山積みされている。ひとつが子供の手のひらほどのサイズである。箸で持ち上げると、とても重く感じる。これが6個搭載されてくるのだ。

滋味深い

しっかりと味つけはなされているが、傍のマヨネーズを用いると、一層味わいが深くなる。山を盛り立てる脇役ども。控えめな量のご飯。がんもと厚揚げの煮物はあっさりで美味し、漬物はどこまでも優しく、わかめと玉ねぎの味噌汁は最高だ。


エベレスト同様、制覇するのに大変な労苦を要する。ファーストステップ、セカンドステップ様々な要衝が私を待ち受ける。負けてなるものか、登頂まであと一歩だ。


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長野市「モン マルシメ」オプーの食べていたもの


【お店のデータ】
モン マルシメ
場所 長野県上水内郡飯綱町豊野1752 [地図はこちら]
電話 026-217-2009
駐車場 あり

メルカリ

先だって、「メルカリ」が採用した新卒者の9割が外国籍であり、その中の7割以上がインド出身者であるという記事をよんだ。
インドといえば厳しいカースト制、ヒンドウー教の戒律や、チャンドラ・ボース、マハトマ・ガンジーなどイギリスからの独立運動といった政治宗教が取り上げられる事が多いと思う。
だからつい、インダス川の光景が思い出され「うへぇ」としてみたりと、なにやら落ち着かない国である。というイメージがある。

豊穣の地

しかし、この辺りはマスコミよって相当な部分を作られたものらしい。「らしい」というのは行ったことがないからだが、数千年もの歴史を紡いできた国が、悪いだけのものであるわけがない。
「あんな汚い国はない、あんな人を騙す嫌な国はない」
という人もいるようだが反対に流水りんこのように
「インドほど豊穣なところはない」
と熱く語る者もいる。
何にせよ、未訪の地ゆえよいとも悪いとも語れないのが腹立たしい。いつか行ってやるぞと心に秘めてから、ずいぶん長い時間が経ってしまった。

インドと私

昔住んでいたアパートの隣に、インド人の若い男性が住んでいた。
…などというエピソードでもあれば話は早いのだが、生憎と在庫がない。だからインドと私を結ぶ線はカレーと映画くらいしかない。カレーはさておき、映画は数本しか観ていないという、ごくか細い線でしかないが、その圧倒的な存在感は忘れる事ができない。

インド映画とサタジット・レイ

Satyajit Ray with Ravi Sankar recording for Pather Panchali

ヒットした「バーフバリ」も凄かったが、私としては「大地のうた」(1955)をフェイバリットとする。
この映画は後にインド映画界最大の巨匠となるサタジット・レイの監督デビュー作である。まだサラリーマンであった彼が、仲間と共に数年の時をかけて、ゆっくり丁寧に作り上げた作品である。

大地のうた

この映画はインド北東部ベンガル地方の、貧村に住む少年オプーとその一家の日常が描かれる。ストーリーといえるような筋はなく、淡々と散文的で美しい映像が紡がれる。
草原を走る、大きな黒々とした機関車を追いかける姉とオプー。祖母の老木が朽ち果てたかのような死。流麗・清麗な画面から感じられるのは「色彩」である、モノクロなのに。
隣家の娘の首飾りを盗んだと疑われる姉。オプーの大好きなお姉さんはあっけなく死んでしまう。ニューデリーに引越す一家。荷物を運び出し、がらんとした室内に残された姉の茶碗。オプーが取り上げると、そこには隣家の娘の首飾り。ああ、姉は本当に盗んでいたのだ。誰にも告げず、裏の沼に投げ込むオプー。
すべてがパーフェクトに決まった作品であると思う。このヒットを受け、第二作、三作の製作されたが、やはり「大地のうた」が最もよい。

オプーが食べていたもの

映画鑑賞において、観るべきポイントは人それぞれであると思う。笑えるか、楽しいか、感動するか、スピーディであるか。一点のみではなく様々な要因が挙げられる。私の場合もいろいろあるが、中でも大きいのが「どんなものを食べていたか」である。なんだ、お前らしいな。と言われそうだが淀川長治や池波正太郎といった観巧者どもも、同様な事を語っていたり、著書もあったりするのだから、ごく当たり前でもある。
「大地のうた」にも食事シーンがたくさんあるが、主体的な描写がないので、何を食べているかまではわからない。インドだからカレーなのか?でもあまり褐色にみえないし、生野菜っぽいものも食べているぞ。と、長年疑問を持っていたが、今回、ああこんなものだったのか?と思わされるような料理と出会うことができた。

モン マルシメ

飯綱町豊野、というより福井団地といった方が通りが良いかもしれない。大きな住宅街の片隅にこの店はある。洋風クラシカル、といった風情の外観である。敷地の形状や高低差を使った、かなり複雑な平面だが、デザインと素材とで処理したかなり「上手い設計」である。見習わねば。こちらで食べさせてくれるのは「ミールス」と呼ばれるワンプレートスタイルのランチである。

ミールス

全体を見ていこう。
大きな丸皿の中心には、丸く型どられたインディカ米とパパドと呼ばれる大豆のせんべい。その周りには漬物とペースト、五種のおかず、そしてスープがついてくる。

食べ方

おかず類を列記すると以下となる

しょうがのアチャール

しょうがの漬物。けっこう辛い

ココナッツチャトニ

ココナッツのディップ

ダール

インド全土で食べられる豆の煮込み。優しい味わい

ラッサム

南インドミールスには欠かせない一品。トマトとタマリンドの酸味が効いた汁物。

ブロッコリーのトーレン

ブロッコリーとたくさんの野菜にスパイスをかけ、和えたもの。辛い。

白菜のクートウ

白菜のスパイス煮

パプリカのパチャディ

パパド

大豆のせんべい

サンバル

南インドを代表する豆と野菜のスパイス煮。スパイシーでカレーっぽいスープ。今回はオクラとなすが入っていた。これがもっともお気に入り。

これらをご飯に混ぜ合わせていただくのだ。
一品でもよし、数品でもよし。いや全部でもよし。とにかく混ぜて混ぜて混ぜて。最初はシンプルな味わいだが、次第に複雑化してくる。この変化が面白くてたまらない。
混ぜて食べる、というのは作法からすればあまり良いとはされないが、そんなことはインドでは気にしない。美味い、これは美味い。パサつくインディカ米がこれほどの包容力を持つとは、いささか買いかぶっていたようだ。

マサラチャイ

ひと通り食べ終え、お腹がいっぱいになったところでドリンクが登場する。今回はマサラチャイを選択。ミルクティーに様々なスパイスを加えたものらしい。しょうがが効いていてじつに美味い。北杜夫「白きたおやかな峰」にもこのチャイが登場する。現地人ポーターの入れたチャイには、スパイスやギー(羊のバター)が大量に投入されているので飲めない!という場面があったが、こんな感じだったのだろうか。

オプーの食べていたもの

もっともこれは主に南インドで食されるスタイルだという。「大地のうた」の舞台とは違うので、オプーが食べていたものかどうかは定かではない。見た目も在り方も、非常に似ている。違いはおいおい調べるとしよう。


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上田市「お城の坂道」魅力の城下町


【お店のデータ】
お城の坂道
場所 長野県上田市大手1-12-23 [地図はこちら]
電話 0268-27-6516
駐車場 あり

上田映劇の始まりと終わり

上田映劇という映画館がある。
上田市中央なる地籍は、昔から大きな歓楽街であったとのことだ。この場所には明治の時代から芝居小屋があり、大正になってから「上田劇場」として建て替えられたとのことだ。
昭和に入り、映画が中心の興行となったため、「上田映画劇場」と改称、それを縮めて「上田映劇」となったのだとか。映画全盛の時代は、大変な混雑だったそうだが、次第に観客は減少、平成に入り定期上映を終了することとなった。

再生

しかし、このまま伝統ある上田映劇をつぶしてはならぬ、という声があがり、映画だけではなく、演劇や落語、トークライブ、クラシックコンサートなどフリースペースとして活用されることになった。また映画も、シネコンにかからないような地味な作品やドキュメンタリーなどを上映する、いわゆる「ミニシアター」としての機能も持つようになった。

その豊穣な空間

大正6年落成という小屋は、決してきれいな施設ではない。あちらこちらはが古びている、清掃は行き届いてはいるが、どうしても「清潔感あふれる」とまではいかない部分がある。当たり前だが、耐震強度も不足しているだろう。
しかし、これがよいのだ。映画「館」というよりも映画「小屋」という風情が、マニア、映画好きにはなんとも言えないほどの良さがある。室内の格天井はおそらく大変高価なものであったと、推察される。さぞや豪華なものだと、持て囃されたのではないか。創業当時の館主、スタッフたちの気合いが今でも匂ってきそうな、豊かな空間なのだ。

上田市街の面白さ

この映画館と出会って以来、上田の街中をふらふらするのが気に入ってしまった。といって2度ほどしか試したことはないが、駅前から袋町などの小径を、あてどなくウロチョロするのが面白い。
城下町だけあって、細かな道が縦横にはしり、迷路のようになった地形は、自分がどこにいるか、一瞬わからなくなるというちょっとしたゲームを体験しているような感覚が起こって、これがまた面白い。

お城の坂道

先述の通り、2回ほどしかあるいていないので、まだまだ発見があるだろう。楽しみ楽しみ。特に楽しみが食事処である。こちらは調査が行き届いていないので、今回は行きつけの「お城の坂道」に参る。

「お城ごちそう小鉢御膳」

野菜たっぷり、なるべく地元の野菜をつかって、その日ごとに変わる主品と小鉢の各種おかずをひとつひとつ手づくりしています。との事だ。本日もいつも通り豊穣なおかずども。全部で7種の惣菜にご飯と味噌汁という、スーパー豪華な御膳である。まずはご馳走小鉢から紹介しよう。

じゃがいもの甘辛煮

という割にはあっさり味つけで美味い。新ジャガらしく、ぷっつりと弾ける皮がなんとも言えない快感となる。

山芋とキュウリの和え物

こちらもとろとろでよろしい。山芋のさくさく感とキュウリのパリパリ感、歯ごたえの違いが楽しめる。

にんじんしりしり

お母さんの手料理そのもの。にんじんの甘さがしっかりとしてとてもよいのだ。

瓜の漬物とサラダ

もはや安定的存在といって過言ではないだろう。なにはさておき、瓜が美味い美味い。

味噌汁とご飯

味噌汁の具材あおさと豆腐で大感激。あおさはざっとした刻み方だから歯ごたえよくてよし。ご飯はいつも炊きたてで、熱く甘みがよろしい。おかわり自由というのが泣ける。そしてメインディッシュである。

丸茄子のしぎ焼きおよび油味噌

野菜好き、なす好きにとってこれほどの幸せはない。双方とも、なすと味噌を用いた料理でありながら、これほどくっきりとした違いを魅せてくれるとは。しぎ焼きは、丸なすの水分を上手に利用しており、とてもジューシー。油味噌は加熱したなすの、トロンとした舌ざわりがとても美味い。

上田 底なしの魅力

以上である。
いつもの通り、野菜中心のメニューで、若い人には「地味なメニュー」としか映らないであろうが、肉類がない(肉類がメインディッシュの場合もある)というだけでじつに挑戦的なメニューであると思う。「なるべく地元産の野菜」でこれほど多彩な惣菜を作ることができるなど、相当な技量であるといえる。素晴らしい。これが上田の、底の知れない魅力のひとつなのだ。


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長野市「とんかつ健」立てるは肉の…


【お店のデータ】
とんかつ健
場所 長野県長野市箱清水2-12-21 [地図はこちら
電話 026-234-1404
駐車場 あり

明治は遠くに…

明治45年は西暦でいえば1911年。したがって、100年以上が経過したこととなる。社会体制も生活習慣も、話し言葉も食べるものも現在とはずいぶんと違ってしまったようだ。思えば遠くに来たものだ。などと観て来たかのように語ってしまうが、とはいえそこは同じ日本人、いや、現代のわれわれの基になだけあって、心情的な部分ではあまり変わってはいないようだ。

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

とは夏目漱石「草枕」の冒頭部分である。
理屈をいってもだめ、情にほだされても、我をはってもよろしくない。であれば、気にせずわが身のことたけ考えていれば良いのだが、つい周囲をみてしまう。何事も上手くいかないものだ。こんな文章を読んでいると、明治の文豪にも親近感が湧いてくるというものだ。

あゝ日本人

近年、「忖度」なる言葉が流行したがあんなものは身近なそこここに転がっていることだ。要するに「空気を読んで上手くやれ」という言葉だ。何を今さら、騒ぎ立てるようなことではない。「圭角(かど)」さえ立てなければ問題ない、と考える。
そんな事だから失敗もする。何度やらかしちまった事か。あんな時こんな時なってなかったよなぁ。なんてことはしょっちゅうだ。そんな事は私だけではなく、どこの誰にでもある事だし、日本史にも「やらかしちまった事件」がたくさんある。

司馬遼太郎の説

司馬遼太郎によれば、こういった日本人的性質は元からある「村社会」の名残と、徳川家康と彼が作り上げた幕藩体制にあるという。そういった根の深さゆえ、簡単には覆すことが出来ない。誠に腹立たしいばかりであるが、よそ様も似たようなものだろう圭角立てず、腹も立たさず静々と参ろうではないか。立てて良いのはとんかつの角ばかりであるべきなのだ。

ジャンボ

幼少のみぎりより「ジャンボ」が好きなのだ。通常よりも大きい、とか分厚い、といった表現に心惹かれて幾星霜を費やしたことか。母親から
「お前は全部といっぱい、大きいたっぷりが好きだったから」
と言われるが、それはまったく正解なのである。生まれついての欲張り人間。一般的な意味において50を過ぎて、いささか恥ずかしくなくもないのだが、こればかりは仕方がない。こうなると、「アイデンティティの領域」であるといって過言ではない。ジャンボ・分厚さあっての自分であると言い切って支障はない。周囲からは健康面を注意され、腹回りのあんまりさを笑われるばかりだが、メニューを前にするとそちらに目が行ってしまう。

「とんかつ健」

善光寺の北側、箱清水の地にあるこちらは、「とんかつ」とあるように基本的にとんかつ屋で、メニューも揚げ物が中心となっているが、店内のあちらこちらに短冊状の品書きがあるところをみると、近隣住民の居酒屋、コミュニティとして機能しているようだ。もちろん車だから飲めるわけがないので、おつまみメニューはスルーとなる。あゝ腹がへった。もちろん注文はアレ一択である。

「ジャンボとんかつ定食」

コロッケ、エビフライとならぶ「ジャンボシリーズ」の一廓である。どれもこれも大好きなメニューだが、やはり分厚さ、迫力度からしてこれしかないと確信する。厚さは1.5〜2センチ、といったところであろうか。クキッとした直角が、緊張感を演出する。断面をながめるだけで、多幸感が溢れてくるのは私だけではないだろう。なんのかんの言いながら、肉は「質」以前に「厚さ」あってのものなのである。

揚げたてかつ分厚いとんかつには塩、と言われている。たしかに美味い、否定するつもりはまったくない。しかし、とんかつはソースあってのものなのだ。じゃぶじゃぶソースで、男らしく喰らうのが一番だ。

and others…

しかし、ごはんを控えるのを忘れない。食べすぎであることには間違いないのだ。とはいえ、炊きたて熱々のごはんほど美味いものはない。楚々とした冷奴には、北信らしく洋ガラシが添えられている。ツンとした辛味はかえって爽やかな印象を受ける。大根とキュウリのオーソドックスな漬け物も、とんかつの迫力を支える、大事な脇役である。


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長野市「味の鋒八」故きをたずね…


【お店のデータ】
味の鋒八
場所 長野県長野市平林2-16-36 [地図はこちら]
電話 026-243-5240
駐車場 あり

師の言葉

「温故知新」『故きをたずねて新しきを知る』と読む。高校の担任が、卒業に際して黒板に大書したのを30年近く経過した現在もありありと覚えている。曰く

「新しいことばかりを追い求めようとばかりするな。まずは目の前の先人たち、親兄弟、先輩方の話に耳を傾け、自らの足元を固めることから始めよ」

出会いは新しいものばかりではない。いや、以前見知っていたものとの再会の方が、よいことなのかもしれない。見た目は同じでも、違う側面が見えてきたりと、新鮮な新しい付き合いが出来るのかもしれないのだ。

「味の鋒八」

こちらは、平林街道のど真ん中にある。
駅前でもない、このような場所に居酒屋とは珍しい。そんな声が聞こえてきそうだが、こちらは街道拡幅以前からある、古い由緒あるお店なのだ。
じつのところ、こちらは以前勤務していた会社がこの近隣であったため、一時かなり頻繁に使わせて貰っていたのだ。かれこれ十数年前のことだろうか。今は綺麗になったが、当時は木造平屋の店舗で、居酒屋らしい古ぼけた風情だった。冷房のない暑い室内で飲むホッピーの美味かったこと。

ランチタイム開始

その店がランチを始めたという。店の様子も味わいもすっかり忘れ果てている、懐かしくもある。確認のためにも行ってみよう。
店先のホワイトボードに「もつ煮定食」「焼鳥定食」と、この店らしいメニューが記載されている。イメージ通りのメニューであるが、心に決めたものがあるのだ。

「気まぐれ定食」850円

大将が、その日に仕入れた素材で気まぐれに作り上げるメニューで刺身、揚げ物、煮物にご飯とみそ汁がつくのだという。

「今日の刺身」

カツオとホタルイカは鮮度抜群、キリッとしたカツオ、とろんのホタルイカのコンビネーションがよろしい。

「揚げ物」

アジフライ、イカリングフライ双方ともにソースをじゃぶじゃぶとかけてみる。アジフライにはしょう油という選択肢もあるが、今日は迷わずソースとする。何かしらのコンセプトがあるわけもない。「気まぐれ定食」には「気まぐれ」に挑むべし。そして小鉢ものは

「鱈子の煮つけ」

鱈子をしいたけ、ごぼうと共にアッサリと煮つけたもの。あゝ、これは美味い。抑制された甘さがなんとも言えず心地よい。大将、もっと大きなドンブリで出してくれ。

和食

基本的に「和食」なのである。
どこまでも「日本料理」なのである。
それでいて「和」からも「日本」からも突き抜けた、あえて言えば「モダン」な風を醸成しているのはなぜだろうか。もう少し通いつめてみないとわからない。正直いうと、こちらの味をすっかり忘れていた。いや認識していなかった、といってよいかもしれない。ここまで美味さだったとは思いもよらなかった。知っていたはずなのに知らなかった。というところか。「故き」はやはり「たずねて」みるものなのだ。

師のこと

担任のことを少々続けさせて頂く。
S先生といったが、あまり笑顔を見せない、もの堅くおっかない先生だった。悪ガキの私などしょっちゅう怒られていたが、まったく嫌な感情がない、いやむしろ好きな部類の人物だったのは、物事の本質を見極めた、およそ不公平というもののないまっすぐな方だったからに他ならない。
「最後の担任」であるわれわれを送り出した翌々年が定年だった。友人たちと祝いの品を届けた時の、泣かんばかりの笑顔が忘れられない。
…それが最後の邂逅だった。わが身の変転あり社会に出てからは多忙であり、とは言い訳にしかならない。
先年、訃報を聞いた。ああ、もっと会いに行っておけばよかった。せめて嫁さんの顔くらい見せておけばよかったと後悔しきりの日々である。


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佐久市「三月九日 青春食堂」Yes!Thank You!


【お店のデータ】
三月九日 青春食堂
場所 長野県佐久市岩村田762-5 [地図はこちら]
電話 0267-68-1139
営業時間 11:30〜15:00、17:00〜21:30 LO
定休日 不定休
駐車場 あり

佐久平

佐久平は長野県内でも屈指の地域であると思う。とにかく眺望がよい。雄大な浅間山麓が広がる、悠々とした景色があちらこちらで見られる地域は他にはない。安曇野も悪くはないが、地形や起伏の関係だろうか、スタイルのよさというてんでは佐久平の方を好む。

「三月九日 青春食堂」

そのような地域だから、住む人びとも大らかな性格の方が多いように感じる。こちらのネーミングもそうした土壌から発したものではないか。「Thank you」で「三月九日」とは、なかなか言えるものではない。馬鹿にしているのではない、佐久平らしさ満載の名前が清々しいといっているのだ。

こちらのメニューの何が好きといって、普通の家庭料理っぽいものがある事だ。「信州豚の葱ソース焼き定食」など、食卓にヒョイっと登場しそうなメニューである。今回は、「今が旬!」と冠された季節メニューに挑戦してみたい。

「新玉ねぎの豚肉巻き定食」780円

肉巻きもの、というメニューはご家庭では定番的な存在だが、飲食店であまり見かけないのは、やはり手間がかかるからだろう。串切りにした新玉ねぎに薄切りにした豚肉をひとつひとつ巻いてるいく工程は、大変な作業であると思う。

しかし、手間がかかった分だけうまい。新玉ねぎの甘さと、ショウガの効いたソースは他にはない味わいだ。熱いごはんとの相性も、これ以上ないというほどである。

佐久平と「青春食堂」

じつによき取り合わせだ。双方ともに、長いつきあいになりそうで、とても楽しみだ。


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大町市「豚のさんぽ」遥かなり黒部のダム


【お店のデータ】
豚のさんぽ
場所 長野県大町市仁科町3168-8 [地図はこちら]
電話 0261-85-0129
駐車場 なし

池田町から大町へ

台風雨の中、池田町まで他行である。
ひと通り用事を済ませたら13:00を回っている。当然、昼どきである。池田町で美味いものを、と食べログその他、いくつか情報収集したが、今ひとつよい店が見つからない。美味しい店など必ずあるはずだが、今の場に間に合わない。調べてからくればよかった。もう少し、時間をかければ良いのかもしれないが、後工程もある。やはり全く知らぬ地で良店を探すのは至難であったという事で大町まで戻ることとした。だからといって、決してよく知っているわけではない。数年前、地域リーグ時代の長野パルセイロの試合が大町サッカー場であったので、何度か通ったことがある。という程度のつきあいだから、はっきり「知らないレベル」であろう。

「豚肉料理専門店 豚のさんぽ」

ということで大町駅前のこちらである。
今や、すっかり「超」がつくほど有名になってしまった店である。パルセイロの試合観戦以来だから、5年ぶりかそれ以上となる。
日曜日とはいえ雨中、しかも昼すぎではあるものの、数組ならんでいる。さすが有名店だ。面倒だが待つしかなかろう。前述したが、他を知らずにここへ来たのだ、仕方がない。大した時間もかからないだろう。掲示されているメニューを眺めるうちに、徐々に黒部ダムカレーを食べたくなってきた。

黒部ダムカレー

黒部ダムカレーとは大町市内にある食堂、カフェ、洋食店やレストランなどいくつかの飲食店が提供しているカレーライスで、黒部ダムをモチーフとしている。
大町は立山黒部アルペンルートの長野県側の拠点である。昭和40年代よりトロリーバス扇沢駅にある、「レストラン扇沢」で考案されたと言われている。ご飯をダム状アーチ型に盛り、ダム湖をカレールーで表している。(詳細はHP参照のこと)
黒部ダムカレーはこちら「豚のさんぽ」でも、看板メニューともいえる存在である。ただ、こちらの場合は量がすごいのだ。ご飯でいえば(小)300g、(並)400g、(大)500g、(特)に至っては600gと尋常なボリュームではない。私も一般的には大喰らいの部類に入るが、いくらなんでも無謀な試みだ。

「贅沢定食」

黒部ダムカレー単品は回避、小盛りバージョンカレーとラーメン双方を楽しめる、このセットメニューとする。…それでもけっこうな量なのが素晴らしい。

黒部ダムカレー 豚のさんぽVer

U字型に盛られた向う側に野菜類、反対側にダム湖を模し、並々注がれたカレー、破砕帯を模したほぐしチャーシューと、小なりと言えど、黒部ダムカレーの定義はきちんと守られている。辛くはない、というより少々甘めのカレーである。軽くスパイシーで、ドロドロなところは、金沢カレーのイメージに近いかもしれない。たっぷりの生野菜、ほぐしチャーシューを少しずつ混ぜながら頂くと、とても美味い。

ラーメン「岳」

ラーメンはクリーミーな豚骨スープの「げんこつラーメン」か、透明塩スープの「岳」の2種からの選択である。豚骨という気分でなかったので、後者とする。げんこつというだけあって、肉塊が迫力を放つ。大きなバラチャーシューとほうれん草、もやし、ネギが大量に載っている。麺も細、太からの選択なので太麺としたのが正解であった。

ダムカレーカード

会計時にレジ脇に「ダムカレーカード」なるポスターを発見。さすが町おこしメニューである。各店で黒部ダムカレーを食べるとカードが貰えるそうだ。全18種、コンプリートするか。


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長野市「くのいち」権堂、コスタリカ、そして「餃子の恩返しプロジェクト」


【お店のデータ】
くのいち
場所 長野県長野市鶴賀田町2243 [地図はこちら
電話 不明
駐車場 なし(近隣に有料駐車場あり)
URL http://ramen9-1.info

ドキュメンタリー映画

権堂ロキシーにて映画を観て来た。
「コスタリカの奇跡〜積極的平和国家のつくり方」

というドキュメンタリーだ。中米に位置するコスタリカは近隣諸国と比較して、経済的、治安的に安定し国民の教育も高い「豊かな国」として知られている。なぜならば、かの国は伝統的に軍隊を持たず、非武装中立を貫いているからで、軍事費などを社会インフラに使えるので、非常によい状態を維持できている。そんな、理想的ともいえる状況がいかに成立したか、どのような現実と直面したかを描いた力作であった。詳細は下記をご参照いただきたい。
【映画days #11】コスタリカの奇跡 ~積極的平和国家のつくり方~

夕食

さて、終わってしまえば夕食である。何を食べるか。21:00を回っているので、開店しているところは飲み屋ばかりだ。どうせ自動車なのだ、ほかに回るかとも考えたが、この時間だ。どこへ行っても似たようなものだろう。この辺りで食事のできる店を探した方が効率的だ。
そういえば、秋葉神社の裏にラーメン屋があるのを思い出した。何年か前、オープンしたてのころに何度か使わせてもらった記憶がある。

くのいち

という面白い店名は、女性だけで切り回されているからだという。
「くのいち」あるいは「くノ一」とは「女」を分解したもので

元来は女を指す隠語であるが、1960年代以降の創作物においては女忍者を指す言葉として広まっている。(Wikipedia)

女忍者を創造したのは山田風太郎だそうだ。そういえば彼の作品は、何十年も読んでいない。久しぶりに読み返してみるか。

あの、かなりエッチな描写にどれほど悶々とさせられたか。自分だけの、ほかの誰からもしられない「秘密の読書」とは、かくも楽しきものか、ということを知ったのはこの時だった。一度、父親にバレてしまったが何も言わなかった。たぶん、自分でも読んでいたのであろう。

近年の研究によれば男性と同じように偵察や破壊活動を行った女性忍者の存在については史料に記録がない(Wikipedia)

とも言われている。そうだったのか。「真田太平記」に登場するお甲はまったくの想像物だったのか。創作は史実を凌駕する。当たり前のことだが、世の常識を変えるほどのフィクションというのは素晴らしい。

あらためて「くのいち」

相変わらず無駄話が多くて恐縮だ。
数年ぶりのこちらは、内部はほとんど変わっていない。まぁ変わりようもない規模のお店だが、これも安心感というものである。
昼にしか来たことがないので、様子がわからなかったのだが、夜は居酒屋として機能している。土曜日というのもあるのだろうが、大変な混雑である。カウンター席がひとつだけ空いていたので、そこを占拠する。
「食事だけでもいいですよ」と、気持ちよく返してくれたのがとても嬉しい。

餃子の恩返し

店頭に大きく、このような門言が掲げられている。飲み物を注文すれば、餃子をサービスで提供してくれるというのだ。HPによると

「餃子の恩返し」プロジェクト
「らぁめん くのいち。」として約5年間、ラーメンと真剣に向き合い手掛けてまいりましたが、 正直なところ商売として難しく、どうしたらたくさんのお客様が来てくれるのだろうか、 と考えこの「餃子の恩返し」を決断いたしました。
今まで、当店を支えてくださったお客様あってこその”今”です。感謝の気持ちを込めて、また賑やかなお店にしたい!という希望を込めて取り組んでまいります。

泣かせるではないか、素晴らしいではないか。様々な試行錯誤と逡巡があったのだろう。その意気やよし。をぢさんさ気に入ってしまった。かといって酒は飲めない。困っていたらソフトドリンクでもよいという。

本日のあらら?チョイス

「カレーうどん」「ウーロン茶」「焼餃子」

本来なら、明らかに締めのメニューであろうがこの場合仕方ない。そもそもラーメンではなくうどんというのが面白い。ソフトドリンクおよびサービスの焼餃子。じつによいフォルムである。「孤独のグルメ」の井之頭五郎になったような気分にもなってくる。

「カレーうどん」


カレー風味のスープに鶏肉、玉ねぎ、とき玉子がごちゃごちゃと入った、煮込みうどん風である。スパイシーだが、あまり辛くはない。お母さんが作ってくれるような、安心の味わいといった感じである。

「ウーロン茶」

中ジョッキになみなみと注がれたウーロン茶。これも酒の飲めない井之頭五郎を感じさせられる。

「焼餃子」

そしてお楽しみ焼餃子。たっぷり肉、ジューシーな一品である。羽根つきでパリッと焼かれており、大量の酢醤油につけて頂く。じつに美味い。水餃子でも対応してくれるという。次回はそれだ。

そして

「餃子の恩返しプロジェクト」気に入ってしまった。とても美味かった。しかし、餃子にウーロン茶も悪くはないが、ここはやはりビールであろう。熱々の焼餃子とともに結露により、びっしょりと汗をかいたジョッキを傾ける。これこそ最高な瞬間であろう。さぁつぎはいつだ?


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上田市「ミルキーウエイ」上田らしさと昔のファミリーレストラン


【お店のデータ】
ミルキーウエイ
場所 長野県上田市神畑乙57-1 [地図はこちら
電話 0268-25-0823
駐車場 あり

「無言館」

1日、上田を訪れることとなった。「無言館」見学がその主目的であった。
「無言館」とは

第二次世界大戦で没した画学生の慰霊を掲げて作られた美術館で、美術館「信濃デッサン館」の分館として1997年に開館した。
Wikipediaより

という。館主は窪島誠一郎という方だ。水上勉を父に持ち、著作家・美術評論家として名を立てられた方で

自らも出征経験を持つ画家の野見山暁治とともに全国を回って、戦没画学生の遺族を訪問して遺作を蒐集した。
Wikipediaより

という、まさしく「渾身の施設」である。

「無言」の意味

展示されている作品は何も語ることのない「無言」のままであるが、観る側に多くを、雄弁に語りかけてくる。そのようなことから命名されたとのことだ。彼らの作品とあわせ、経歴そしてその後の有り様を観ていくと、その傷ましさに声を発することが出来なくなる。後で知ったことだが、「無言」とはそのような意味もあるのだという。
第二展示館である「傷ついた画布のドーム」も見学すると、全身あちこちが痛い、疲れた。立ちづくめということもあるが、なにより精神的な疲労におそわれている。このような時はメシだ、ちょうど時分でもある。

「ミルキーウエイ」

上田ランチである。
同行の方によい店に案内してくれ、と要望されたのでいろいろ考えたが、ここはやはり上田らしいところにするべきであろう。昔の若者たちがたむろしていたと言われている、伝説のファミリーレストランである。

上田らしさ

とは何か。ひとえに量が多いのだ。長野あたりの1.5乃至2倍はあるのではないか。10数年前、ここを訪れたときに、ひどくびっくりしたのを覚えている。うかつに大盛りなど注文しようものなら、大変な事態に発展する。まさかどんぶり飯が、縁まで盛られてくるなど、想像するはずもない。これが若者向けの店だけ、というなら納得も行くが、「草笛」「刀屋」といった老舗そば屋でも同様だから、やはり元々なのだろう。さぁそんなことよりもメニューだ。

アイドルとビジネス

こちらの名物(と、勝手に考えているだけだが)は一人前のナポリタンと一人前のピラフが合い盛りとなった「アイドルセット」、一人前のナポリタンと一人前のカレーライスが合い盛りとなった「ビジネスセット」なのであるが、夕食に支障がでるので避けておこう。

「カキフライ定食」

という事でこれを選択した。どう考えても、この季節にカキフライはあり得ない。当然、冷凍ものなのだろうが、メニューの神々しさに惹かれてしまったのだ。それに近年の冷凍技術はバカにできない、素晴らしいものがある。揚げたてはじつに美味そうだ。

カキフライ

軽くソースをふりかけ、タルタルソースをべっとりとつけていただく。かしゅり、という小気味好い歯ごたえと、牡蠣の香りが口中に充満する。あゝおれはカキフライが大好きなのだ。と、あっという間に食べつくしてしまう。
味噌汁は熱々でよし。てんこ盛りご飯は一度までおかわり出来るそうだ。漬物は普通だが、さつまあげの煮物はお母さん味でとても美味かった。

信濃デッサン館

この日はちょうど無言館の本館である「信濃デッサン館」が開館されている日であった。数日間の特別な催しということであったが、何しろ疲労の極致であったので帰宅してしまった。どうせまたやるだろう、という読みもあったのだが、今調べてみたら

窪島の健康問題や運営法人の財政上の理由から、本館の信濃デッサン館は2018年3月15日をもって「無期限休館」となった。今後は無言館のみ存続する。

とのことだ。しまった。後悔先に立たずである。また特別開館されることを切に願う日々である。

無言館
場所 長野県上田市古安曽山王山3462 [地図はこちら
電話番号 0268-37-1650
URL http://mugonkan.jp/


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長野市「ロジェ食堂」市内某所でいただいたおしゃれなお弁当


【お店のデータ】
ロジェ食堂
場所 長野県長野市岡田町166-1 1F [地図はこちら
電話 070-1541-3800
ランチ:11:00~14:00
カフェ:14:00~16:00
ディナー:17:00~20:00夜は金曜日のみ営業
定休日:土・日・祝日(不定休&臨時休業あり)
駐車場 なし

研修会

研修会である。
といって、あるメーカー主催のものだからさして緊張するものではない。いや、仕事に使うものだし、せっかく用意してくれた席なので、大いに緊張しなければならない。とはいえ、法的義務のあるようなものではないので、多少はリラックスしても罰はあたるまい。
それにしても、技術というものは日進月歩なものである。昨日の常識は今日の論外・非常識、来年の言語道断となる。そんなことが出来るのか?という事が、ごく当たり前に使われている。私のような不勉強なナマケモノは、落ちこぼれ朽ち果てていくしかないのだ。まったく残念無念である。

エンジニアリングとは

つまるところ、チャレンジの歴史なのだ。あれはよい、これはだめを突き詰める。人の生活はこのようであるべきだ。こうでなければならないのだ。これを毎日々々ひたすら考え続け、過去を振り返り積み上げ、場合によってはすべてゼロからやり直す。エンジニアリングとはそういうものだ。と言われるかもしれないが、同じ建築エンジニアリングの世界でもここまで違うとアタマが下がるばかりである。
いや、建築の意匠設計という世界にも、それなりの経験や蓄積、それに伴いスキルが必要なのは当然のことだ。どこの誰とでも同じことではある。しかし、同じことを違う角度から見る、これがもっとも大切な行為なのだ。そこには新しい「刺激」がある、別な「気付き」があるのだ。

ランチ

それやこれやで午前中いっぱいを使って説明していただいた。貴重な時間を割いていただいて、誠に感謝しかないのだが、その上に昼食まで用意してくれているという。さすがに辞退したのだが、注文したものを返すわけにいかないと、強く指摘され、断るのも失礼だ。では遠慮なくいただく事とする。

ケータリング

ケータリングとは厳密にいえば「出張料理」なのだろうが、ここでは少し狭義な意味で「お弁当」のこととする。というか、先方がそのように呼称しているようなので。
弁当なら、ほか弁もしくはコンビニのそれくらいしか想像できない身であるのが情けない。五十オヤジの哀しさよ、という訳でもないか。われわれの若いころは、「ケータリング」などというおしゃれな言葉はなかった。ないものを知っているわけもない。まぁ、先方は若い女性がたくさん在籍されている、という事情もあるだろう。

「ロジェ食堂」

こちらは岡田町に、この5月にできたばかりのカフェである。元はといえば、ケータリング専門の店だったのを、カフェとして移転、こちらにオープンしたということらしい。西之門町にある「Roger/ロジェ」という雑貨商のFacebookページにリンクされているので、こちらが経営されているのであろうか。県民文化会館のレストランもこちらで仕切られているようだ。系統だった記述がないのでよくわからない。どなたかご教示願いたい。
じつはこの「ロジェ食堂」が気になってならない。登場した「おにぎり弁当」(今、私が名称したもので、まったく正式な名前ではない)がじつに多彩で、よく考えられており、とても美味しいのだ。

おにぎり弁当

これがその内容である

・キャロットラペ
・ラタテューユ
・春雨サラダ
・胡麻豆腐
・ジャーマンポテト
・鶏もも肉のたまり漬け焼き
・枝豆とコーンのチーズオムレツ
・蓮根のはさみ揚げ
・ガーリックシュリンプ
・合鴨スモーク
・野菜と青唐辛子漬けおにぎり
・ゆかりおにぎり
・紅茶のシフォンケーキ
デザートまで含め13点。これは見事である。

「ガーリックシュリンプ」

平たく言えば海老の唐揚げである。海老の旨味とスパイスの効き具合がよろしい。ガーリックはほんのり香る程度で、抑えめである。昼からにんにくは不味いだろう。気が利いている。

「蓮根のはさみ揚げ」

二点目の揚げ物はあっさり味。蓮根のさくさく感と、ひき肉の旨味があわさって美味い。

「キャロットラペ」「胡麻豆腐」

前者はニンジンのマリネ。ほどよい酸味とニンジンの甘みに好感がもてる。見た目はまるでニンジンシリシリだが。
胡麻豆腐はしっかり胡麻風味である。けれん味のない、とはこのことか。といった味わいである。

「枝豆とコーンのチーズオムレツ」「合鴨スモーク」

そもそも、枝豆、コーン、玉子の組み合わせというだけで成功といえる。
合鴨のスモークは、もう少し煙っぽい方を好むのだが、先の海老と同様、お弁当のひと品ということを考えればこれでよいのかもしれない。

「ラタテューユ」「春雨サラダ」

ナス、ズッキーニ、パプリカ、トマトなど夏野菜を使った煮込み料理。好きなものばかりなのである。このお弁当を前にした段階から「精神的小躍り状態」が続いているのだが、これに気づいた瞬間より「精神的タップダンス状態」が始まった。それほど嬉しいのだ。気分はフレッド・アステアである。おい、ジンジャーはどこだ?
春雨サラダの味つけはあっさり酢の物。とはいえ味わいよりも、春雨のこりこりとした歯ごたえを狙っているのではないか。美味い。

「ジャーマンポテト」

ほっくりとしたジャガイモと、塩気の強いベーコンとの幸せな出会い。ところどころに感じられる、粒胡椒の存在もとてもよい。

「鶏もも肉のたまり漬け焼き」

メインディッシュ然と、ど真ん中に構える大物が出現。しっとりずっしりとした食感がなんとも言えない。鶏皮とは、どうしてこれほど美味いのか。

おにぎり登場

まずは
「野菜と青唐辛子漬けおにぎり」

である。様々な野菜の漬物、というよりマリネ状にしたものがどっさりとおにぎりに積載されている。ピリ辛、というイメージがあったが、さほどでもなく優しい味わいがじつに好ましい。

「ゆかりおにぎり」
ゆかりという調味料は、とてつもなく万能であると思う。まして、そこに海苔まで巻かれているのだから。これほど美味いおにぎりは久しぶりだ。

「紅茶のシフォンケーキ」

そしてデザート。

「シフォンケーキは原価が安いから定番化するケーキ屋が多いんだよ」
と、少々クチの悪いケーキ屋から聞いたことがある。作ったことこそないが、たしかに少ない材料で出来るようだ。だが、それだけに手を抜く、抜かないがはっきりとわかるものでもあるのだ。しっとりとした地肌が好ましい。生クリームによって湿度を保っているのだろうか。煮りんごを福神漬と間違えてしまったことは、ここだけの秘密だ。

まとめ 久しぶりの刺激

以上である。大脳への刺激と、胃袋への刺激。違った方向性からの刺激が与えられ、じつに有意義な1日であった。まことに久しぶりの事である。またお誘いいただきたい。ランチだけ、とは言わないので。


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坂城駅「フライパン」歴史の街の洋食屋さん


【お店のデータ】
フライパン場所 長野県埴科郡坂城町中之条847-1
電話 0268-82-6193
駐車場 あり

坂城町

坂城はなかなか面白い町だと思う。
主街道を挟み込んだ谷間のような地形という、地政学的な要因もあり、東北信地域を司る重要な地でもあった。戦国時代には村上義清という優秀な武将がいたし、その後は鉄の町、現在精密機器工業での発展と、あれほど小さな町なのに見どころがありすぎる。歴史好きにとって、ここほど面白い場所はない。

坂城の個性的な飲食店

この面白い町に、面白い店がないわけがない。最高にうまいが最高に待たされもする、おしぼりうどんの店「かいぜ」。古くてはっきりと汚いが超個性的なメニュー群に圧倒されてしまう「まちだ食堂」。こちらのナポリタンはケチャップ好きであれば、一度は食すべきであろう。気をつけて食べないと、べちゃべちゃのケチャップによってシャツが紅に染まり切る事になるが。
無論のこと、くまなく回りきったわけではないので、まだまだよい店面白い店はたくさんあるだろう。今回お邪魔したお店はまったくの初訪問である。

「フライパン」

瀟洒な昔ながらの洋食屋、という風情である。
以前から知ってはいたが、あまり人の気配が感じられず、勝手に営業されていないと思っていたのだ。先だってYouTubeでtekitouという方が紹介動画(【フライパン】本当に温かいお母さんのお店 )で知ったのだが、出前が中心の営業なのだそうだ。なるほどそういうことだったか。

初訪問

初訪問というのは、いつになっても面白い。行った事のない店は嫌だ、経験したことのない味わいなどとんでもないという人もいる。人それぞれだから何も言わないが、私のような「基本的物好き人間」にとっては初訪問ほど好きなものはない。初めて入った店で、まったくわけのわからないメニューを注文する。これほど楽しいものはない。どんなものが出てくるか、味はどんなものか。想像するだけでワクワクして仕方がない。

メニュー

ひと渡り睨めまわす。トンカツ、エビフライ、ハンバーグ、焼肉という構成は「典型的洋食屋メニュー」である。ピラフ、ドライカレーなどという若い頃さんざん食したが、現在は縁がなくなってしまったような名前も散見される。これは当たりだろう。しかし、当たってしまったことは喜ばしい限りなのだが、どれにするか、まったく絞りきれない。困った困った。

困った時の…

困った時は両方」というのは井之頭五郎の名言だが、メニューをすべて注文することなど不可能だ。いや、一度でよいからやってみたい行為だが経済上、健康上できるわけもない。そのような場合は、周囲を見渡すことにしている。ちょうど隣席が来たばかりだ。よしこれにしよう。

「お好みセット」

[主食3種]
 ドライカレー
 ピラフ
 オムライス
[惣菜3種]
 ポークジンジャー
 ハンバーグ
 ポークカツ
双方の中から一点ずつ選択する形式のメニューである。隣はドライカレーとハンバーグであった。では私は何とするか。様々な思考・検討と逡巡、優柔不断と思索の果てに決定したのは…

「オムライス」「ポークジンジャー」

という組み合わせとした。
物事はまず基本からとする。この場合の「基本」とは私がデフォルトで好むもの、というほどの意味でしかないのだが。
炒め飯系の主食の中は、カレーよりも塩味よりもケチャップが好きなのだ。惣菜は隣がハンバーグを食べていた、揚げ物は今ひとつ惹かれなかった。そんな程度の些細な理由ではあったが、無事に決定できたことを心より幸せに思う。

「オムライス」

見た目からすると、少々小さく感じたのだが、実際は厚め仕立てられた玉子(決して薄焼きではない)にしっかりと巻かれているので、かなりなボリュームだ。スプーンで「切り分ける」という感じだ。ケチャップも望むべき量である。酸味たっぷりで美味い。

「ポークジンジャー」

というからにはこま肉の「生姜焼き」をイメージしていたのだが、予想は大きく外れた。生姜を用いた「ポークソテー」という風情である。これも分厚く、食べ応えがあって美味い。とくに脂身がなんともいえずに美味い。ああオレは幸せだ。

「味噌汁」「サラダ」

標準装備されている脇役たちが、侮れるわけもない。味噌汁はわかめ、麸。細かに刻まれたネギがなんとも愛らしい。軽く塩気の強さがらしくてよい。レタス、キュウリ、トマトにサウザンアイランドドレッシングをざっとかけまわしただけのものも、いかにもな存在でよろしい。この何の変哲もない味噌汁とサラダが、洋食屋っぽさを一層のこと増してくれる。

あらためて坂城町

やはり、歴史ある地は違う。個性的な、というだけでは表現しきれない「厚み」があるように感ずる。ここももう少しうろちょろしなければ。
もちろん「フライパン」も大満足である。帰宅してから再度メニューを吟味したが、次回は「日替ランチ」であろう。早々にお邪魔せなばならぬ。

追伸

なお、先に登場したtekitou氏。ハンドルは「適当」からなのだろうか?非常に丁寧な製作でいつも感心しながら観せていただいている。よかったらご覧あれ。


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長野市「BECK’S COFFEE SHOP 長野店」タレーランとフランス革命、そしてまったく関係のない朝食


【お店のデータ】
BECK’S COFFEE SHOP 長野店
場所 長野県長野市栗田北河原1038-4 [地図はこちら
電話 026-226-4679
駐車場 なし

陰謀家・美食家タレーラン

歴史が動く時には、人材が揃うものだ。いや、人材が登場したから歴史が動くのか。その辺りはなんとも言いようがない。
フランス革命期も同様で、ジョルジュ・ダントン、マクシミリアン・ロベスピエール、ジョセフ・フーシェ、そしてナポレオン・ボナパルトも一員としてよいだろう。オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェばかりが人材ではない。
その中で、シャルル=モーリス・ド・タレーラン=ペリゴールという人物がいる。同時期の政治家で、フランスの宰相にまで登りつめた人物で、日本では単に「タレーラン」として知られている。
タレーランは、金儲けに精を出していないときは、陰謀を企んでいる
とまで言われたほど、虚実に満ちた生涯を送った人物だ。しかし、ナポレオン戦争後の処理をテーマとしたウイーン会議において敗戦国であるにも関わらず議長となり、主導権を握り国益を守ったなど、とてつもない能力を持った政治家でもあった。かような者が、毀誉褒貶相半ばするのは当然の事である。

そのタレーランは美食家としても有名だった。
専属シェフを抱え、重複のない、季節の食材のみを使用した1年間のメニューをつくる事を命じたり、ウイーン会議の最中にもたびたび夕食会を開き、その素晴らしい料理群で人々を圧倒した、というエピソードがあるほどだ。

タレーラン語録

タレーラン語録も有名だ。
「快楽さえなければ、人生はきっと耐えうるものだろう」
「誹謗中傷よりも酷いことがひとつある。それは真実だ」
「言葉が人間に与えられたのは、考えていることを隠すためである」
やはり、ひとかどの人物は語りもかっこよい。
その語録のひとつ。最も有名な言葉が以下のものである。
カフェ、それは悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、そして恋のように甘い
美味いコーヒーの定義として、これほど適切なものはない。大げさに聞こえるが、朝のコーヒーは、かようなほど重要なものなのである。

拘束の日そして朝食

講習会で1日拘束されるはこびとなった。
仕事で必要な事である。嫌いな分野でもないのだが、やはり気伏せりであることには変わりはない。気分を変えよう。という事で、少し早めに出て駅で朝食としよう。

「BECK’S COFFEE SHOP 長野店」

長野駅改札前のこちらは、以前から東京出張などの際、何度も使わせてもらっている店である。

「スペシャルプレート」490円

コーヒー、主食、たんぱく質、緑黄色野菜がワンプレートになった優れものである。

ドレッシングがかけられたレタスとトマト、軽く炙られたベーコン、玉子のディップとケチャップ、楚々と配されたポテトサラダ、そして半切りにされバターがたっぷりと塗られたトーストという、アメリカナイズなブレックファーストである。ああ、気分はまるでニューヨーカー

「ブレンドコーヒー」

熱く濃厚、まさしくタレーランの言葉にリアリティを感じる瞬間だ。
丁寧に作り込まれた料理たちをゆっくり、ゆったりといただく事は、まさしく至上の時といえる。
東京への線路上にむかう、大きな窓から入る陽光で、明るく気持ちのよい空間で朝食をとれば、気分横溢である。さぁ、拘束されに行こうか。


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【昼飯days】ねばとろそうめん


久方ぶりに自宅での休日である。暑いので外に出る、という気になれないこともある。したがって、自宅でゴロゴロというわけだ。

Amazonプライム・ビデオに「ラッカは静かに虐殺されている」がアップされた。先だって観たばかりだが、もう一度観直すことに。…といって、一気に観るには重すぎる。ゆっくり休み休みしながらの視聴だ。

観終えたらちょうど昼どきである。
暑熱はますます高じるばかり、この際は家にあるもので昼食としよう。

【家にあったもの】
おくら
カップめかぶ
納豆
玉子
そうめん

なるほど。これはあれを作れ、という神の啓示であろう。あれとはすなわち
ねばとろそうめん

またか
などと言わないでもらいたい。材料がこれしかない、他のものを作りたくともスキルがない。これだけで充分であろう。

まずはオクラを刻む。

スキルがないから出来が悪いのも仕方のないことだ。そして、すべてを心置きなく丼に投入。

あとはひたすら混ぜるだけだ。

そうめんを茹でる。
茹で上がりが早いからじつにけっこう。

出来上がり
各々、ねばとろを取り分け頂きます。

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【映画days #12】小人の饗宴(1971)


ヴェルナー・ヘルツォークの長編第2作である。「アギーレ/神の怒り(1972)」でぶっ飛ばされた身としては、ぜひとも体験せねばならないだろう。

小人の饗宴

ドイツの片田舎にある、障害者施設での1日を描いた作品である。低身長症を患う彼らが、管理者のいない間に、日頃の鬱憤を晴らそうと暴れ回る、というストーリーである。
このように書くと、首尾一貫したお話にみえるが、じつのところはひたすら小人(差別語に非ず、そのように表現される)たちがものを壊し、火をつけ、動物を殺しまわる。盲目の小人姉妹をいじめたおし、納屋にある自動車を持ち出し、走り回らせたあげく、裏山にある大穴に突き落としてしまう。この間、語れるようなストーリーは一切ない。文字通り小人たちの饗宴を、何らの彩りもなくモノクロフィルムに映しとっただけのものだ。ぶっちゃけたところ、非常に困った作品であった。

この作品から、何らかのメッセージを読み取る事は可能であろう。製作の少し前に、ヒトラー、ナチスですべてを失った国である。アナーキズム、コミュニズム、資本主義、冷戦、あるいは世界的中で同時多発した学生運動など混沌とした社会状況を表現している。といってしまえば簡単な事だが、たぶん違う。でなければ、小人を使ういわれはない。あれほどまで執拗に醜悪な何かが汚らしい何かへと、変わりゆく様を映す必要もない。

要するに、ヘルツォークは小人(繰り返すが差別語として使ってはいない)たちを使い、妙にスケールアウトしたへんちくりんな馬鹿騒ぎをやりたかっただけなのだ。皮肉で意地悪で差別的で容赦のない感情〜それは誰しもが持ってはいるが、出そうとしない、いや出すに出せない感情を爆発させたのだ。そんなものに感情移入できるわけもないし、カタルシスを感ずる、というものもほとんどいないのではないか。

そんな映画をシレッと作れてしまうヴェルナー・ヘルツォークという作家にますます興味が湧いてきた。次回は「シュトロツェクの不思議な旅(1976)」とのことだ。とても楽しみだ。


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