飯綱町「いいづなアップルミュージアム i-cafe」りんごにまつわるあらゆる…


【お店のデータ】
いいづなアップルミュージアム i-cafe
場所 長野県上水内郡飯綱町大字倉井5 [地図はこちら]
電話 026-253-1071
駐車場 あり

休みの日

休みであった。
ここ数日いろいろあったので休養に充てるつもりだったが、もったいない気になり出かける事とした。改装なった「野尻湖ナウマンゾウ博物館」を少々物足りないのでもう一つ。車で10分間ほどの「いいづなアップルミュージアム」へ。

いいづなアップルミュージアム

ここは、飯綱町特産品である「りんご」をフィーチュア博物館だが、その徹底ぶりが気に入った。りんごの品種や栽培法、効能などが語られるのは当たり前だが、後半のりんごコレクションが凄まじい。りんごがテーマの書籍・マンガはもとより、ビートルズ関係を始めとするレコードジャケット、映画のポスター、オモチャ、極めつきは場内の片隅にあるグレーのプラスチックの箱。よく見たら昔のマッキントッシュである。あゝアップルコンピュータか。統一感があるのか、混乱しているのかよくわからない展示である。

i-cafe

りんご博物館、そして併設のギャラリーで開催されていた展示(この日は戸田澄江というアーティストの個展)に圧倒された後、カフェで一休みすることに。あまりの「過剰さ」に疲労困憊したのと、受付の方に割引券を頂いたのと双方の理由があったためだ。それにしてもここはすごい。
この施設はりんごを四半分に断ち割ったような平面で、芝生広場をぐるっと回るような計画である。カフェはその広場がよく見える一画にあり、大きな窓から明るい日差しが燦々と差し込む、心地よい空間となっていた。さぁ何を頂こうか。

『おやき2個セット(デザート付)』

『ジビエカレー』『骨付きチキンカレー』に心惹かれたが、ここは長野県民らしく『おやき2個セット(デザート付)』を注文。おやきは野沢菜、キャベツ、大根、つぶあんから二種選べとの事だ。熟慮の末、野沢菜とキャベツを選択。

『野沢菜』

蒸し直され、手で持てないほど熱々である。細かく刻まれ、油炒めされた野沢菜はどこか懐かしい。子供時分に食べていた訳ではないのに。日本人のDNAに刻み込まれているのであろうか。これは永遠に美味い。

『キャベツ』

こちらはキャベツとその他に様々な野菜と共に油炒めされている。甘いキャベツと、ノビロであろう野趣な香りのする山菜とが合わさってとても美味かった。この味わいは、店舗ではなかなかお目にかかれない、お母さんの味である。

『デザート』

デザートは煮りんごにヨーグルトをかけたシンプルなもの。控えめな甘さとりんごの酸味がとても素敵な味わいだった。

すごい場所 いいづなアップルミュージアム

すごかった。あの物量、あの過剰さに圧倒されつくした。歴史は特定個人の「想い」で形成される。中尊寺は藤原三代が、金閣寺は足利義満の理想をかたちにしたものだった。こちらも同様なのであろうか。いつの日か、この施設を作った人に会ってみたい。


にほんブログ村

長野市「食事処ひはら」遥かなり信州新町のDschinghis Khan


【お店のデータ】
食事処ひはら場所 長野県長野市信州新町日原西2159-1 [地図はこちら]電話 026-264-2331
駐車場 あり

Dschinghis Khan

ジンギスカンといえばモンゴルの始祖チンギス・ハーンの英語読みであるのだが、われわれ昭和の御代に青春時代を過ごしたものとしては、どうしてもあれを思い出してしまう。

そう、あの
♪ ジン、ジン、ジンギスカン!という、あの歌である。今回調べてみたらあれは西ドイツの「Dschinghis Khan」というグループが歌っているのだそうだ。「いる」と書いたのは、一度解散したものの2006年に再結成、現在も活動中だからだ。

Hu, ha, Dsching, Dsching, Dschingis Khan
He Reiter, ho Reiter, he Reiter, immer weiter
Dsching, Dsching, Dschingis Khan
Auf Brüder
Sauft Brüder
Rauft Brüder
Immer wieder
Lasst noch Wodka holen, oh ho ho ho
Denn wir sind Mongolen, ha ha ha ha
Und der Teufel kriegt uns früh genug

ドイツ語だから意味がわからない(英語でも分からないが)が、どうやら「若者よ!ジンギスカンのように激しくいけ!」というようなものらしく、大した意味はないようだ。メロディラインの面白さと、派手なパフォーマンスで魅せる、といった曲だ。典型的なPOPSと言えよう。

Appleミュージック

突然、何故こんな話題を出したかというと、Appleミュージックをなんとなく検索していたら、再会したからだ。MOON RIDERSはこの曲のカバーを断ったから、ヒットメーカー道を歩むことが出来なかったとか、昔はディスコでこれを踊っていたという義姉の話を思い出し、なんてダサい、…いや、のんびりとした時代だったのであろうか。などと考えていたら、あれを食べたくなったのだ。あれとはもちろんジンギスカンである。

あらためて、ジンギスカン

ジンギスカンとは羊肉、マトンやラムを使った焼肉料理である。何を今さら、と言われそうだ。一部地域で「ジンギスカン鍋」と鍋料理に分類されることがあるが、あれは独特な鍋を使う場合に言われるようで、実際には焼いて食べる様式である。これは日本起源の料理なのだそうだ。ジンギスカンが遠征の際に、兵士の兜を用いて作らせた。といわれもするが、あれは根拠のない俗説であるとの事だ。

信州新町

ジンギスカンといえば北海道が有名だが、長野市信州新町のそれも、そこそこ知られている。1930年代から彼の地で始まった、綿羊飼育がその始まりで、綿羊以外の使い方がないかと様々な研究を経て現在の形式となったという。羊肉のくさみを減らすために、信州りんごを使うのがポイントとのことだ。ちょうど松本からの帰途でもある。信州新町経由でジンギスカンを頂くこととしよう。

「食事処ひはら」

新町のジンギスカンといえば「さぎり荘」が有名であろう。少し高いが、定評通り美味しいジンギスカンを食べさせてくれるのだが、その実何度となくお邪魔しているので新鮮味がない。そこで、別の店を探すこととした。HPやグルメマップなどを検証したが、たくさんありすぎてひとつに絞れない。結局、1時間ほどかけて決めたのがこの店だ。

アクセス

長野から国道19号線を松本方面へ向かい、信州新町市街地を越え、数キロ先の道沿いにある。昔よくあったドライブイン風の建物である。テーブル席と小上がり席のある、けっこう大きな店だ。写真映りの関係で、明るいテーブル席を選択。少々せまいが、広く見渡せるので気持ち良い。

お品書き

メニューを眺めると、ジンギスカンが主ではあるがざるそば、ざるうどん、もつ煮定食、カレーライスなども用意されており、必ずしも専門店ではないようだ。貼り紙箇所は冬メニューである「おでん定食」が表記されているという。
「今日は材料があるので対応できます」
とのことで、隣席のマダムが注文していた。もちろん私はジンギスカン一択である。

ジンギスカン定食

ご飯、味噌汁、タレ、キムチ、小鉢ものは冷奴、そこに野菜とジンギスカンの盛り合わせとなる。黄金パターンともいえる展開のお膳である。

冷奴、キムチ、ご飯、味噌汁

こちらの冷奴は玉ねぎに中華ドレッシングというサラダタイプ。久しぶりに洋がらし付きでない冷奴と出会った。キムチはけっこう辛い。もう少し酸味のある方が好きだが、これはこれで美味いものだ。たまに、甘いキムチがあるが、あれだけは許すことが出来ない。もちろん炊きたて熱々のご飯に、油揚げ・わかめ・玉ねぎの味噌汁はごくスタンダードな存在だといえる。

そしてメイン

野菜類は玉ねぎ、キャベツ、カボチャ、にんじん、エノキがてんこ盛りである。ジンギスカンは120gほどであろうか。ほどほどにサシの入った紅色はとても美味そうだ。

いざ焼くべし

まずは火の通りづらい野菜から。といって焦がしては興ざめである。エノキはデカくてよろしい。

肉質

しっかりしているが柔らかい、そんな感じか。羊肉はクセがあるというが、さほどでもないところをみるとラム肉であろうか。淡白な味わいがよろしい。信州りんごを用いたタレをたっぷりも美味いが、卓上の一味唐辛子でも美味い。井之頭五郎であれば、おかわりを行くところだが、ここは自重しておこう。

またしてもDschinghis Khan

腹もくちくなった、帰ろう。もちろんBGMは「ジンギスカン」である。あの、勢いよくもどこかもの悲しい、そしてヤボったい曲にしばらくハマりこみそうである。


にほんブログ村

長野市「ごくろう山」ながののエベレスト


【お店のデータ】
ごくろう山
場所 長野県長野市真島町川合332-3 [地図はこちら]
電話 026-284-7283
駐車場 あり

エベレスト

ネパールと中国の国境上に位置する、ヒマラヤ山脈の一、標高8,848mを誇る世界最高峰である。その神々しいまでの威容は、吸い込まれんばかりの輝きを放つが、山肌はまさしく難攻不落、幾多の勇者どもを跳ねつけ、蹴散らしてきた砦ともいえるのだ。

第三次エベレスト遠征隊

中でもイギリスの第三次エベレスト遠征隊のエピソードが最も劇的、かつ有名なものであろう。19世紀において失墜しきった国威を発揚せんと、当時最大の秘境であったエベレストを制覇を狙ったがことごとく失敗した。しかし、1924年6月に行われた第三次遠征隊では、登頂まで後一歩というところで2名のアタッカーが遭難、失敗に終わった。しかし、その成否を証明するものはいないため、90年近い年月が経過した現在でも、議論は続いている。

ジョージ・マロリー

アタッカーの1人、ジョージ・マロリーほど有名な登山家はいないだろう。当時最高のアルピニストというだけではない、彼の残した言葉ほど後世へ影響を与えたいものはないであろう。すなわち
そこに山があるからだ

この言葉は、1923年3月18日付けのニューヨーク・タイムズの記事に現れる。その記事で、「なぜあなたはエベレストに登りたいのですか(Why did you want to climb Mount Everest?)」との質問にマロリーは、”Because it’s there.”と答えている。 Wikipedia

「そこに山があるからだ」は意訳と言うべきであろう。文脈上’it’はエベレストを指すから、厳密には「そこにエベレストがあるからだ」となるはずだが、それはまぁよいではないか。私が登るのはエベレストではない。

私の山 ごくろう山

私の山は長野市真島にある。
だいだい色に彩られた高い山を制覇するのだ。一年ぶりであろうか、久々の野望を胸に、この地までやってきたのだ。ごくろう山。道路拡張工事中で、駐車場が機能せずにお困りだがいつもの通り満員だ。

「唐揚定食」850円

山とはこれのことだ。揚げたての巨大な唐揚げが山積みされている。ひとつが子供の手のひらほどのサイズである。箸で持ち上げると、とても重く感じる。これが6個搭載されてくるのだ。

滋味深い

しっかりと味つけはなされているが、傍のマヨネーズを用いると、一層味わいが深くなる。山を盛り立てる脇役ども。控えめな量のご飯。がんもと厚揚げの煮物はあっさりで美味し、漬物はどこまでも優しく、わかめと玉ねぎの味噌汁は最高だ。


エベレスト同様、制覇するのに大変な労苦を要する。ファーストステップ、セカンドステップ様々な要衝が私を待ち受ける。負けてなるものか、登頂まであと一歩だ。


にほんブログ村

長野市「モン マルシメ」オプーの食べていたもの


【お店のデータ】
モン マルシメ
場所 長野県上水内郡飯綱町豊野1752 [地図はこちら]
電話 026-217-2009
駐車場 あり

メルカリ

先だって、「メルカリ」が採用した新卒者の9割が外国籍であり、その中の7割以上がインド出身者であるという記事をよんだ。
インドといえば厳しいカースト制、ヒンドウー教の戒律や、チャンドラ・ボース、マハトマ・ガンジーなどイギリスからの独立運動といった政治宗教が取り上げられる事が多いと思う。
だからつい、インダス川の光景が思い出され「うへぇ」としてみたりと、なにやら落ち着かない国である。というイメージがある。

豊穣の地

しかし、この辺りはマスコミよって相当な部分を作られたものらしい。「らしい」というのは行ったことがないからだが、数千年もの歴史を紡いできた国が、悪いだけのものであるわけがない。
「あんな汚い国はない、あんな人を騙す嫌な国はない」
という人もいるようだが反対に流水りんこのように
「インドほど豊穣なところはない」
と熱く語る者もいる。
何にせよ、未訪の地ゆえよいとも悪いとも語れないのが腹立たしい。いつか行ってやるぞと心に秘めてから、ずいぶん長い時間が経ってしまった。

インドと私

昔住んでいたアパートの隣に、インド人の若い男性が住んでいた。
…などというエピソードでもあれば話は早いのだが、生憎と在庫がない。だからインドと私を結ぶ線はカレーと映画くらいしかない。カレーはさておき、映画は数本しか観ていないという、ごくか細い線でしかないが、その圧倒的な存在感は忘れる事ができない。

インド映画とサタジット・レイ

Satyajit Ray with Ravi Sankar recording for Pather Panchali

ヒットした「バーフバリ」も凄かったが、私としては「大地のうた」(1955)をフェイバリットとする。
この映画は後にインド映画界最大の巨匠となるサタジット・レイの監督デビュー作である。まだサラリーマンであった彼が、仲間と共に数年の時をかけて、ゆっくり丁寧に作り上げた作品である。

大地のうた

この映画はインド北東部ベンガル地方の、貧村に住む少年オプーとその一家の日常が描かれる。ストーリーといえるような筋はなく、淡々と散文的で美しい映像が紡がれる。
草原を走る、大きな黒々とした機関車を追いかける姉とオプー。祖母の老木が朽ち果てたかのような死。流麗・清麗な画面から感じられるのは「色彩」である、モノクロなのに。
隣家の娘の首飾りを盗んだと疑われる姉。オプーの大好きなお姉さんはあっけなく死んでしまう。ニューデリーに引越す一家。荷物を運び出し、がらんとした室内に残された姉の茶碗。オプーが取り上げると、そこには隣家の娘の首飾り。ああ、姉は本当に盗んでいたのだ。誰にも告げず、裏の沼に投げ込むオプー。
すべてがパーフェクトに決まった作品であると思う。このヒットを受け、第二作、三作の製作されたが、やはり「大地のうた」が最もよい。

オプーが食べていたもの

映画鑑賞において、観るべきポイントは人それぞれであると思う。笑えるか、楽しいか、感動するか、スピーディであるか。一点のみではなく様々な要因が挙げられる。私の場合もいろいろあるが、中でも大きいのが「どんなものを食べていたか」である。なんだ、お前らしいな。と言われそうだが淀川長治や池波正太郎といった観巧者どもも、同様な事を語っていたり、著書もあったりするのだから、ごく当たり前でもある。
「大地のうた」にも食事シーンがたくさんあるが、主体的な描写がないので、何を食べているかまではわからない。インドだからカレーなのか?でもあまり褐色にみえないし、生野菜っぽいものも食べているぞ。と、長年疑問を持っていたが、今回、ああこんなものだったのか?と思わされるような料理と出会うことができた。

モン マルシメ

飯綱町豊野、というより福井団地といった方が通りが良いかもしれない。大きな住宅街の片隅にこの店はある。洋風クラシカル、といった風情の外観である。敷地の形状や高低差を使った、かなり複雑な平面だが、デザインと素材とで処理したかなり「上手い設計」である。見習わねば。こちらで食べさせてくれるのは「ミールス」と呼ばれるワンプレートスタイルのランチである。

ミールス

全体を見ていこう。
大きな丸皿の中心には、丸く型どられたインディカ米とパパドと呼ばれる大豆のせんべい。その周りには漬物とペースト、五種のおかず、そしてスープがついてくる。

食べ方

おかず類を列記すると以下となる

しょうがのアチャール

しょうがの漬物。けっこう辛い

ココナッツチャトニ

ココナッツのディップ

ダール

インド全土で食べられる豆の煮込み。優しい味わい

ラッサム

南インドミールスには欠かせない一品。トマトとタマリンドの酸味が効いた汁物。

ブロッコリーのトーレン

ブロッコリーとたくさんの野菜にスパイスをかけ、和えたもの。辛い。

白菜のクートウ

白菜のスパイス煮

パプリカのパチャディ

パパド

大豆のせんべい

サンバル

南インドを代表する豆と野菜のスパイス煮。スパイシーでカレーっぽいスープ。今回はオクラとなすが入っていた。これがもっともお気に入り。

これらをご飯に混ぜ合わせていただくのだ。
一品でもよし、数品でもよし。いや全部でもよし。とにかく混ぜて混ぜて混ぜて。最初はシンプルな味わいだが、次第に複雑化してくる。この変化が面白くてたまらない。
混ぜて食べる、というのは作法からすればあまり良いとはされないが、そんなことはインドでは気にしない。美味い、これは美味い。パサつくインディカ米がこれほどの包容力を持つとは、いささか買いかぶっていたようだ。

マサラチャイ

ひと通り食べ終え、お腹がいっぱいになったところでドリンクが登場する。今回はマサラチャイを選択。ミルクティーに様々なスパイスを加えたものらしい。しょうがが効いていてじつに美味い。北杜夫「白きたおやかな峰」にもこのチャイが登場する。現地人ポーターの入れたチャイには、スパイスやギー(羊のバター)が大量に投入されているので飲めない!という場面があったが、こんな感じだったのだろうか。

オプーの食べていたもの

もっともこれは主に南インドで食されるスタイルだという。「大地のうた」の舞台とは違うので、オプーが食べていたものかどうかは定かではない。見た目も在り方も、非常に似ている。違いはおいおい調べるとしよう。


にほんブログ村

上田市「お城の坂道」魅力の城下町


【お店のデータ】
お城の坂道
場所 長野県上田市大手1-12-23 [地図はこちら]
電話 0268-27-6516
駐車場 あり

上田映劇の始まりと終わり

上田映劇という映画館がある。
上田市中央なる地籍は、昔から大きな歓楽街であったとのことだ。この場所には明治の時代から芝居小屋があり、大正になってから「上田劇場」として建て替えられたとのことだ。
昭和に入り、映画が中心の興行となったため、「上田映画劇場」と改称、それを縮めて「上田映劇」となったのだとか。映画全盛の時代は、大変な混雑だったそうだが、次第に観客は減少、平成に入り定期上映を終了することとなった。

再生

しかし、このまま伝統ある上田映劇をつぶしてはならぬ、という声があがり、映画だけではなく、演劇や落語、トークライブ、クラシックコンサートなどフリースペースとして活用されることになった。また映画も、シネコンにかからないような地味な作品やドキュメンタリーなどを上映する、いわゆる「ミニシアター」としての機能も持つようになった。

その豊穣な空間

大正6年落成という小屋は、決してきれいな施設ではない。あちらこちらはが古びている、清掃は行き届いてはいるが、どうしても「清潔感あふれる」とまではいかない部分がある。当たり前だが、耐震強度も不足しているだろう。
しかし、これがよいのだ。映画「館」というよりも映画「小屋」という風情が、マニア、映画好きにはなんとも言えないほどの良さがある。室内の格天井はおそらく大変高価なものであったと、推察される。さぞや豪華なものだと、持て囃されたのではないか。創業当時の館主、スタッフたちの気合いが今でも匂ってきそうな、豊かな空間なのだ。

上田市街の面白さ

この映画館と出会って以来、上田の街中をふらふらするのが気に入ってしまった。といって2度ほどしか試したことはないが、駅前から袋町などの小径を、あてどなくウロチョロするのが面白い。
城下町だけあって、細かな道が縦横にはしり、迷路のようになった地形は、自分がどこにいるか、一瞬わからなくなるというちょっとしたゲームを体験しているような感覚が起こって、これがまた面白い。

お城の坂道

先述の通り、2回ほどしかあるいていないので、まだまだ発見があるだろう。楽しみ楽しみ。特に楽しみが食事処である。こちらは調査が行き届いていないので、今回は行きつけの「お城の坂道」に参る。

「お城ごちそう小鉢御膳」

野菜たっぷり、なるべく地元の野菜をつかって、その日ごとに変わる主品と小鉢の各種おかずをひとつひとつ手づくりしています。との事だ。本日もいつも通り豊穣なおかずども。全部で7種の惣菜にご飯と味噌汁という、スーパー豪華な御膳である。まずはご馳走小鉢から紹介しよう。

じゃがいもの甘辛煮

という割にはあっさり味つけで美味い。新ジャガらしく、ぷっつりと弾ける皮がなんとも言えない快感となる。

山芋とキュウリの和え物

こちらもとろとろでよろしい。山芋のさくさく感とキュウリのパリパリ感、歯ごたえの違いが楽しめる。

にんじんしりしり

お母さんの手料理そのもの。にんじんの甘さがしっかりとしてとてもよいのだ。

瓜の漬物とサラダ

もはや安定的存在といって過言ではないだろう。なにはさておき、瓜が美味い美味い。

味噌汁とご飯

味噌汁の具材あおさと豆腐で大感激。あおさはざっとした刻み方だから歯ごたえよくてよし。ご飯はいつも炊きたてで、熱く甘みがよろしい。おかわり自由というのが泣ける。そしてメインディッシュである。

丸茄子のしぎ焼きおよび油味噌

野菜好き、なす好きにとってこれほどの幸せはない。双方とも、なすと味噌を用いた料理でありながら、これほどくっきりとした違いを魅せてくれるとは。しぎ焼きは、丸なすの水分を上手に利用しており、とてもジューシー。油味噌は加熱したなすの、トロンとした舌ざわりがとても美味い。

上田 底なしの魅力

以上である。
いつもの通り、野菜中心のメニューで、若い人には「地味なメニュー」としか映らないであろうが、肉類がない(肉類がメインディッシュの場合もある)というだけでじつに挑戦的なメニューであると思う。「なるべく地元産の野菜」でこれほど多彩な惣菜を作ることができるなど、相当な技量であるといえる。素晴らしい。これが上田の、底の知れない魅力のひとつなのだ。


にほんブログ村

長野市「とんかつ健」立てるは肉の…


【お店のデータ】
とんかつ健
場所 長野県長野市箱清水2-12-21 [地図はこちら
電話 026-234-1404
駐車場 あり

明治は遠くに…

明治45年は西暦でいえば1911年。したがって、100年以上が経過したこととなる。社会体制も生活習慣も、話し言葉も食べるものも現在とはずいぶんと違ってしまったようだ。思えば遠くに来たものだ。などと観て来たかのように語ってしまうが、とはいえそこは同じ日本人、いや、現代のわれわれの基になだけあって、心情的な部分ではあまり変わってはいないようだ。

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

とは夏目漱石「草枕」の冒頭部分である。
理屈をいってもだめ、情にほだされても、我をはってもよろしくない。であれば、気にせずわが身のことたけ考えていれば良いのだが、つい周囲をみてしまう。何事も上手くいかないものだ。こんな文章を読んでいると、明治の文豪にも親近感が湧いてくるというものだ。

あゝ日本人

近年、「忖度」なる言葉が流行したがあんなものは身近なそこここに転がっていることだ。要するに「空気を読んで上手くやれ」という言葉だ。何を今さら、騒ぎ立てるようなことではない。「圭角(かど)」さえ立てなければ問題ない、と考える。
そんな事だから失敗もする。何度やらかしちまった事か。あんな時こんな時なってなかったよなぁ。なんてことはしょっちゅうだ。そんな事は私だけではなく、どこの誰にでもある事だし、日本史にも「やらかしちまった事件」がたくさんある。

司馬遼太郎の説

司馬遼太郎によれば、こういった日本人的性質は元からある「村社会」の名残と、徳川家康と彼が作り上げた幕藩体制にあるという。そういった根の深さゆえ、簡単には覆すことが出来ない。誠に腹立たしいばかりであるが、よそ様も似たようなものだろう圭角立てず、腹も立たさず静々と参ろうではないか。立てて良いのはとんかつの角ばかりであるべきなのだ。

ジャンボ

幼少のみぎりより「ジャンボ」が好きなのだ。通常よりも大きい、とか分厚い、といった表現に心惹かれて幾星霜を費やしたことか。母親から
「お前は全部といっぱい、大きいたっぷりが好きだったから」
と言われるが、それはまったく正解なのである。生まれついての欲張り人間。一般的な意味において50を過ぎて、いささか恥ずかしくなくもないのだが、こればかりは仕方がない。こうなると、「アイデンティティの領域」であるといって過言ではない。ジャンボ・分厚さあっての自分であると言い切って支障はない。周囲からは健康面を注意され、腹回りのあんまりさを笑われるばかりだが、メニューを前にするとそちらに目が行ってしまう。

「とんかつ健」

善光寺の北側、箱清水の地にあるこちらは、「とんかつ」とあるように基本的にとんかつ屋で、メニューも揚げ物が中心となっているが、店内のあちらこちらに短冊状の品書きがあるところをみると、近隣住民の居酒屋、コミュニティとして機能しているようだ。もちろん車だから飲めるわけがないので、おつまみメニューはスルーとなる。あゝ腹がへった。もちろん注文はアレ一択である。

「ジャンボとんかつ定食」

コロッケ、エビフライとならぶ「ジャンボシリーズ」の一廓である。どれもこれも大好きなメニューだが、やはり分厚さ、迫力度からしてこれしかないと確信する。厚さは1.5〜2センチ、といったところであろうか。クキッとした直角が、緊張感を演出する。断面をながめるだけで、多幸感が溢れてくるのは私だけではないだろう。なんのかんの言いながら、肉は「質」以前に「厚さ」あってのものなのである。

揚げたてかつ分厚いとんかつには塩、と言われている。たしかに美味い、否定するつもりはまったくない。しかし、とんかつはソースあってのものなのだ。じゃぶじゃぶソースで、男らしく喰らうのが一番だ。

and others…

しかし、ごはんを控えるのを忘れない。食べすぎであることには間違いないのだ。とはいえ、炊きたて熱々のごはんほど美味いものはない。楚々とした冷奴には、北信らしく洋ガラシが添えられている。ツンとした辛味はかえって爽やかな印象を受ける。大根とキュウリのオーソドックスな漬け物も、とんかつの迫力を支える、大事な脇役である。


にほんブログ村

長野市「味の鋒八」故きをたずね…


【お店のデータ】
味の鋒八
場所 長野県長野市平林2-16-36 [地図はこちら]
電話 026-243-5240
駐車場 あり

師の言葉

「温故知新」『故きをたずねて新しきを知る』と読む。高校の担任が、卒業に際して黒板に大書したのを30年近く経過した現在もありありと覚えている。曰く

「新しいことばかりを追い求めようとばかりするな。まずは目の前の先人たち、親兄弟、先輩方の話に耳を傾け、自らの足元を固めることから始めよ」

出会いは新しいものばかりではない。いや、以前見知っていたものとの再会の方が、よいことなのかもしれない。見た目は同じでも、違う側面が見えてきたりと、新鮮な新しい付き合いが出来るのかもしれないのだ。

「味の鋒八」

こちらは、平林街道のど真ん中にある。
駅前でもない、このような場所に居酒屋とは珍しい。そんな声が聞こえてきそうだが、こちらは街道拡幅以前からある、古い由緒あるお店なのだ。
じつのところ、こちらは以前勤務していた会社がこの近隣であったため、一時かなり頻繁に使わせて貰っていたのだ。かれこれ十数年前のことだろうか。今は綺麗になったが、当時は木造平屋の店舗で、居酒屋らしい古ぼけた風情だった。冷房のない暑い室内で飲むホッピーの美味かったこと。

ランチタイム開始

その店がランチを始めたという。店の様子も味わいもすっかり忘れ果てている、懐かしくもある。確認のためにも行ってみよう。
店先のホワイトボードに「もつ煮定食」「焼鳥定食」と、この店らしいメニューが記載されている。イメージ通りのメニューであるが、心に決めたものがあるのだ。

「気まぐれ定食」850円

大将が、その日に仕入れた素材で気まぐれに作り上げるメニューで刺身、揚げ物、煮物にご飯とみそ汁がつくのだという。

「今日の刺身」

カツオとホタルイカは鮮度抜群、キリッとしたカツオ、とろんのホタルイカのコンビネーションがよろしい。

「揚げ物」

アジフライ、イカリングフライ双方ともにソースをじゃぶじゃぶとかけてみる。アジフライにはしょう油という選択肢もあるが、今日は迷わずソースとする。何かしらのコンセプトがあるわけもない。「気まぐれ定食」には「気まぐれ」に挑むべし。そして小鉢ものは

「鱈子の煮つけ」

鱈子をしいたけ、ごぼうと共にアッサリと煮つけたもの。あゝ、これは美味い。抑制された甘さがなんとも言えず心地よい。大将、もっと大きなドンブリで出してくれ。

和食

基本的に「和食」なのである。
どこまでも「日本料理」なのである。
それでいて「和」からも「日本」からも突き抜けた、あえて言えば「モダン」な風を醸成しているのはなぜだろうか。もう少し通いつめてみないとわからない。正直いうと、こちらの味をすっかり忘れていた。いや認識していなかった、といってよいかもしれない。ここまで美味さだったとは思いもよらなかった。知っていたはずなのに知らなかった。というところか。「故き」はやはり「たずねて」みるものなのだ。

師のこと

担任のことを少々続けさせて頂く。
S先生といったが、あまり笑顔を見せない、もの堅くおっかない先生だった。悪ガキの私などしょっちゅう怒られていたが、まったく嫌な感情がない、いやむしろ好きな部類の人物だったのは、物事の本質を見極めた、およそ不公平というもののないまっすぐな方だったからに他ならない。
「最後の担任」であるわれわれを送り出した翌々年が定年だった。友人たちと祝いの品を届けた時の、泣かんばかりの笑顔が忘れられない。
…それが最後の邂逅だった。わが身の変転あり社会に出てからは多忙であり、とは言い訳にしかならない。
先年、訃報を聞いた。ああ、もっと会いに行っておけばよかった。せめて嫁さんの顔くらい見せておけばよかったと後悔しきりの日々である。


にほんブログ村

佐久市「三月九日 青春食堂」Yes!Thank You!


【お店のデータ】
三月九日 青春食堂
場所 長野県佐久市岩村田762-5 [地図はこちら]
電話 0267-68-1139
営業時間 11:30〜15:00、17:00〜21:30 LO
定休日 不定休
駐車場 あり

佐久平

佐久平は長野県内でも屈指の地域であると思う。とにかく眺望がよい。雄大な浅間山麓が広がる、悠々とした景色があちらこちらで見られる地域は他にはない。安曇野も悪くはないが、地形や起伏の関係だろうか、スタイルのよさというてんでは佐久平の方を好む。

「三月九日 青春食堂」

そのような地域だから、住む人びとも大らかな性格の方が多いように感じる。こちらのネーミングもそうした土壌から発したものではないか。「Thank you」で「三月九日」とは、なかなか言えるものではない。馬鹿にしているのではない、佐久平らしさ満載の名前が清々しいといっているのだ。

こちらのメニューの何が好きといって、普通の家庭料理っぽいものがある事だ。「信州豚の葱ソース焼き定食」など、食卓にヒョイっと登場しそうなメニューである。今回は、「今が旬!」と冠された季節メニューに挑戦してみたい。

「新玉ねぎの豚肉巻き定食」780円

肉巻きもの、というメニューはご家庭では定番的な存在だが、飲食店であまり見かけないのは、やはり手間がかかるからだろう。串切りにした新玉ねぎに薄切りにした豚肉をひとつひとつ巻いてるいく工程は、大変な作業であると思う。

しかし、手間がかかった分だけうまい。新玉ねぎの甘さと、ショウガの効いたソースは他にはない味わいだ。熱いごはんとの相性も、これ以上ないというほどである。

佐久平と「青春食堂」

じつによき取り合わせだ。双方ともに、長いつきあいになりそうで、とても楽しみだ。


にほんブログ村

大町市「豚のさんぽ」遥かなり黒部のダム


【お店のデータ】
豚のさんぽ
場所 長野県大町市仁科町3168-8 [地図はこちら]
電話 0261-85-0129
駐車場 なし

池田町から大町へ

台風雨の中、池田町まで他行である。
ひと通り用事を済ませたら13:00を回っている。当然、昼どきである。池田町で美味いものを、と食べログその他、いくつか情報収集したが、今ひとつよい店が見つからない。美味しい店など必ずあるはずだが、今の場に間に合わない。調べてからくればよかった。もう少し、時間をかければ良いのかもしれないが、後工程もある。やはり全く知らぬ地で良店を探すのは至難であったという事で大町まで戻ることとした。だからといって、決してよく知っているわけではない。数年前、地域リーグ時代の長野パルセイロの試合が大町サッカー場であったので、何度か通ったことがある。という程度のつきあいだから、はっきり「知らないレベル」であろう。

「豚肉料理専門店 豚のさんぽ」

ということで大町駅前のこちらである。
今や、すっかり「超」がつくほど有名になってしまった店である。パルセイロの試合観戦以来だから、5年ぶりかそれ以上となる。
日曜日とはいえ雨中、しかも昼すぎではあるものの、数組ならんでいる。さすが有名店だ。面倒だが待つしかなかろう。前述したが、他を知らずにここへ来たのだ、仕方がない。大した時間もかからないだろう。掲示されているメニューを眺めるうちに、徐々に黒部ダムカレーを食べたくなってきた。

黒部ダムカレー

黒部ダムカレーとは大町市内にある食堂、カフェ、洋食店やレストランなどいくつかの飲食店が提供しているカレーライスで、黒部ダムをモチーフとしている。
大町は立山黒部アルペンルートの長野県側の拠点である。昭和40年代よりトロリーバス扇沢駅にある、「レストラン扇沢」で考案されたと言われている。ご飯をダム状アーチ型に盛り、ダム湖をカレールーで表している。(詳細はHP参照のこと)
黒部ダムカレーはこちら「豚のさんぽ」でも、看板メニューともいえる存在である。ただ、こちらの場合は量がすごいのだ。ご飯でいえば(小)300g、(並)400g、(大)500g、(特)に至っては600gと尋常なボリュームではない。私も一般的には大喰らいの部類に入るが、いくらなんでも無謀な試みだ。

「贅沢定食」

黒部ダムカレー単品は回避、小盛りバージョンカレーとラーメン双方を楽しめる、このセットメニューとする。…それでもけっこうな量なのが素晴らしい。

黒部ダムカレー 豚のさんぽVer

U字型に盛られた向う側に野菜類、反対側にダム湖を模し、並々注がれたカレー、破砕帯を模したほぐしチャーシューと、小なりと言えど、黒部ダムカレーの定義はきちんと守られている。辛くはない、というより少々甘めのカレーである。軽くスパイシーで、ドロドロなところは、金沢カレーのイメージに近いかもしれない。たっぷりの生野菜、ほぐしチャーシューを少しずつ混ぜながら頂くと、とても美味い。

ラーメン「岳」

ラーメンはクリーミーな豚骨スープの「げんこつラーメン」か、透明塩スープの「岳」の2種からの選択である。豚骨という気分でなかったので、後者とする。げんこつというだけあって、肉塊が迫力を放つ。大きなバラチャーシューとほうれん草、もやし、ネギが大量に載っている。麺も細、太からの選択なので太麺としたのが正解であった。

ダムカレーカード

会計時にレジ脇に「ダムカレーカード」なるポスターを発見。さすが町おこしメニューである。各店で黒部ダムカレーを食べるとカードが貰えるそうだ。全18種、コンプリートするか。


にほんブログ村

長野市「くのいち」権堂、コスタリカ、そして「餃子の恩返しプロジェクト」


【お店のデータ】
くのいち
場所 長野県長野市鶴賀田町2243 [地図はこちら
電話 不明
駐車場 なし(近隣に有料駐車場あり)
URL http://ramen9-1.info

ドキュメンタリー映画

権堂ロキシーにて映画を観て来た。
「コスタリカの奇跡〜積極的平和国家のつくり方」

というドキュメンタリーだ。中米に位置するコスタリカは近隣諸国と比較して、経済的、治安的に安定し国民の教育も高い「豊かな国」として知られている。なぜならば、かの国は伝統的に軍隊を持たず、非武装中立を貫いているからで、軍事費などを社会インフラに使えるので、非常によい状態を維持できている。そんな、理想的ともいえる状況がいかに成立したか、どのような現実と直面したかを描いた力作であった。詳細は下記をご参照いただきたい。
【映画days #11】コスタリカの奇跡 ~積極的平和国家のつくり方~

夕食

さて、終わってしまえば夕食である。何を食べるか。21:00を回っているので、開店しているところは飲み屋ばかりだ。どうせ自動車なのだ、ほかに回るかとも考えたが、この時間だ。どこへ行っても似たようなものだろう。この辺りで食事のできる店を探した方が効率的だ。
そういえば、秋葉神社の裏にラーメン屋があるのを思い出した。何年か前、オープンしたてのころに何度か使わせてもらった記憶がある。

くのいち

という面白い店名は、女性だけで切り回されているからだという。
「くのいち」あるいは「くノ一」とは「女」を分解したもので

元来は女を指す隠語であるが、1960年代以降の創作物においては女忍者を指す言葉として広まっている。(Wikipedia)

女忍者を創造したのは山田風太郎だそうだ。そういえば彼の作品は、何十年も読んでいない。久しぶりに読み返してみるか。

あの、かなりエッチな描写にどれほど悶々とさせられたか。自分だけの、ほかの誰からもしられない「秘密の読書」とは、かくも楽しきものか、ということを知ったのはこの時だった。一度、父親にバレてしまったが何も言わなかった。たぶん、自分でも読んでいたのであろう。

近年の研究によれば男性と同じように偵察や破壊活動を行った女性忍者の存在については史料に記録がない(Wikipedia)

とも言われている。そうだったのか。「真田太平記」に登場するお甲はまったくの想像物だったのか。創作は史実を凌駕する。当たり前のことだが、世の常識を変えるほどのフィクションというのは素晴らしい。

あらためて「くのいち」

相変わらず無駄話が多くて恐縮だ。
数年ぶりのこちらは、内部はほとんど変わっていない。まぁ変わりようもない規模のお店だが、これも安心感というものである。
昼にしか来たことがないので、様子がわからなかったのだが、夜は居酒屋として機能している。土曜日というのもあるのだろうが、大変な混雑である。カウンター席がひとつだけ空いていたので、そこを占拠する。
「食事だけでもいいですよ」と、気持ちよく返してくれたのがとても嬉しい。

餃子の恩返し

店頭に大きく、このような門言が掲げられている。飲み物を注文すれば、餃子をサービスで提供してくれるというのだ。HPによると

「餃子の恩返し」プロジェクト
「らぁめん くのいち。」として約5年間、ラーメンと真剣に向き合い手掛けてまいりましたが、 正直なところ商売として難しく、どうしたらたくさんのお客様が来てくれるのだろうか、 と考えこの「餃子の恩返し」を決断いたしました。
今まで、当店を支えてくださったお客様あってこその”今”です。感謝の気持ちを込めて、また賑やかなお店にしたい!という希望を込めて取り組んでまいります。

泣かせるではないか、素晴らしいではないか。様々な試行錯誤と逡巡があったのだろう。その意気やよし。をぢさんさ気に入ってしまった。かといって酒は飲めない。困っていたらソフトドリンクでもよいという。

本日のあらら?チョイス

「カレーうどん」「ウーロン茶」「焼餃子」

本来なら、明らかに締めのメニューであろうがこの場合仕方ない。そもそもラーメンではなくうどんというのが面白い。ソフトドリンクおよびサービスの焼餃子。じつによいフォルムである。「孤独のグルメ」の井之頭五郎になったような気分にもなってくる。

「カレーうどん」


カレー風味のスープに鶏肉、玉ねぎ、とき玉子がごちゃごちゃと入った、煮込みうどん風である。スパイシーだが、あまり辛くはない。お母さんが作ってくれるような、安心の味わいといった感じである。

「ウーロン茶」

中ジョッキになみなみと注がれたウーロン茶。これも酒の飲めない井之頭五郎を感じさせられる。

「焼餃子」

そしてお楽しみ焼餃子。たっぷり肉、ジューシーな一品である。羽根つきでパリッと焼かれており、大量の酢醤油につけて頂く。じつに美味い。水餃子でも対応してくれるという。次回はそれだ。

そして

「餃子の恩返しプロジェクト」気に入ってしまった。とても美味かった。しかし、餃子にウーロン茶も悪くはないが、ここはやはりビールであろう。熱々の焼餃子とともに結露により、びっしょりと汗をかいたジョッキを傾ける。これこそ最高な瞬間であろう。さぁつぎはいつだ?


にほんブログ村

上田市「ミルキーウエイ」上田らしさと昔のファミリーレストラン


【お店のデータ】
ミルキーウエイ
場所 長野県上田市神畑乙57-1 [地図はこちら
電話 0268-25-0823
駐車場 あり

「無言館」

1日、上田を訪れることとなった。「無言館」見学がその主目的であった。
「無言館」とは

第二次世界大戦で没した画学生の慰霊を掲げて作られた美術館で、美術館「信濃デッサン館」の分館として1997年に開館した。
Wikipediaより

という。館主は窪島誠一郎という方だ。水上勉を父に持ち、著作家・美術評論家として名を立てられた方で

自らも出征経験を持つ画家の野見山暁治とともに全国を回って、戦没画学生の遺族を訪問して遺作を蒐集した。
Wikipediaより

という、まさしく「渾身の施設」である。

「無言」の意味

展示されている作品は何も語ることのない「無言」のままであるが、観る側に多くを、雄弁に語りかけてくる。そのようなことから命名されたとのことだ。彼らの作品とあわせ、経歴そしてその後の有り様を観ていくと、その傷ましさに声を発することが出来なくなる。後で知ったことだが、「無言」とはそのような意味もあるのだという。
第二展示館である「傷ついた画布のドーム」も見学すると、全身あちこちが痛い、疲れた。立ちづくめということもあるが、なにより精神的な疲労におそわれている。このような時はメシだ、ちょうど時分でもある。

「ミルキーウエイ」

上田ランチである。
同行の方によい店に案内してくれ、と要望されたのでいろいろ考えたが、ここはやはり上田らしいところにするべきであろう。昔の若者たちがたむろしていたと言われている、伝説のファミリーレストランである。

上田らしさ

とは何か。ひとえに量が多いのだ。長野あたりの1.5乃至2倍はあるのではないか。10数年前、ここを訪れたときに、ひどくびっくりしたのを覚えている。うかつに大盛りなど注文しようものなら、大変な事態に発展する。まさかどんぶり飯が、縁まで盛られてくるなど、想像するはずもない。これが若者向けの店だけ、というなら納得も行くが、「草笛」「刀屋」といった老舗そば屋でも同様だから、やはり元々なのだろう。さぁそんなことよりもメニューだ。

アイドルとビジネス

こちらの名物(と、勝手に考えているだけだが)は一人前のナポリタンと一人前のピラフが合い盛りとなった「アイドルセット」、一人前のナポリタンと一人前のカレーライスが合い盛りとなった「ビジネスセット」なのであるが、夕食に支障がでるので避けておこう。

「カキフライ定食」

という事でこれを選択した。どう考えても、この季節にカキフライはあり得ない。当然、冷凍ものなのだろうが、メニューの神々しさに惹かれてしまったのだ。それに近年の冷凍技術はバカにできない、素晴らしいものがある。揚げたてはじつに美味そうだ。

カキフライ

軽くソースをふりかけ、タルタルソースをべっとりとつけていただく。かしゅり、という小気味好い歯ごたえと、牡蠣の香りが口中に充満する。あゝおれはカキフライが大好きなのだ。と、あっという間に食べつくしてしまう。
味噌汁は熱々でよし。てんこ盛りご飯は一度までおかわり出来るそうだ。漬物は普通だが、さつまあげの煮物はお母さん味でとても美味かった。

信濃デッサン館

この日はちょうど無言館の本館である「信濃デッサン館」が開館されている日であった。数日間の特別な催しということであったが、何しろ疲労の極致であったので帰宅してしまった。どうせまたやるだろう、という読みもあったのだが、今調べてみたら

窪島の健康問題や運営法人の財政上の理由から、本館の信濃デッサン館は2018年3月15日をもって「無期限休館」となった。今後は無言館のみ存続する。

とのことだ。しまった。後悔先に立たずである。また特別開館されることを切に願う日々である。

無言館
場所 長野県上田市古安曽山王山3462 [地図はこちら
電話番号 0268-37-1650
URL http://mugonkan.jp/


にほんブログ村

長野市「ロジェ食堂」市内某所でいただいたおしゃれなお弁当


【お店のデータ】
ロジェ食堂
場所 長野県長野市岡田町166-1 1F [地図はこちら
電話 070-1541-3800
ランチ:11:00~14:00
カフェ:14:00~16:00
ディナー:17:00~20:00夜は金曜日のみ営業
定休日:土・日・祝日(不定休&臨時休業あり)
駐車場 なし

研修会

研修会である。
といって、あるメーカー主催のものだからさして緊張するものではない。いや、仕事に使うものだし、せっかく用意してくれた席なので、大いに緊張しなければならない。とはいえ、法的義務のあるようなものではないので、多少はリラックスしても罰はあたるまい。
それにしても、技術というものは日進月歩なものである。昨日の常識は今日の論外・非常識、来年の言語道断となる。そんなことが出来るのか?という事が、ごく当たり前に使われている。私のような不勉強なナマケモノは、落ちこぼれ朽ち果てていくしかないのだ。まったく残念無念である。

エンジニアリングとは

つまるところ、チャレンジの歴史なのだ。あれはよい、これはだめを突き詰める。人の生活はこのようであるべきだ。こうでなければならないのだ。これを毎日々々ひたすら考え続け、過去を振り返り積み上げ、場合によってはすべてゼロからやり直す。エンジニアリングとはそういうものだ。と言われるかもしれないが、同じ建築エンジニアリングの世界でもここまで違うとアタマが下がるばかりである。
いや、建築の意匠設計という世界にも、それなりの経験や蓄積、それに伴いスキルが必要なのは当然のことだ。どこの誰とでも同じことではある。しかし、同じことを違う角度から見る、これがもっとも大切な行為なのだ。そこには新しい「刺激」がある、別な「気付き」があるのだ。

ランチ

それやこれやで午前中いっぱいを使って説明していただいた。貴重な時間を割いていただいて、誠に感謝しかないのだが、その上に昼食まで用意してくれているという。さすがに辞退したのだが、注文したものを返すわけにいかないと、強く指摘され、断るのも失礼だ。では遠慮なくいただく事とする。

ケータリング

ケータリングとは厳密にいえば「出張料理」なのだろうが、ここでは少し狭義な意味で「お弁当」のこととする。というか、先方がそのように呼称しているようなので。
弁当なら、ほか弁もしくはコンビニのそれくらいしか想像できない身であるのが情けない。五十オヤジの哀しさよ、という訳でもないか。われわれの若いころは、「ケータリング」などというおしゃれな言葉はなかった。ないものを知っているわけもない。まぁ、先方は若い女性がたくさん在籍されている、という事情もあるだろう。

「ロジェ食堂」

こちらは岡田町に、この5月にできたばかりのカフェである。元はといえば、ケータリング専門の店だったのを、カフェとして移転、こちらにオープンしたということらしい。西之門町にある「Roger/ロジェ」という雑貨商のFacebookページにリンクされているので、こちらが経営されているのであろうか。県民文化会館のレストランもこちらで仕切られているようだ。系統だった記述がないのでよくわからない。どなたかご教示願いたい。
じつはこの「ロジェ食堂」が気になってならない。登場した「おにぎり弁当」(今、私が名称したもので、まったく正式な名前ではない)がじつに多彩で、よく考えられており、とても美味しいのだ。

おにぎり弁当

これがその内容である

・キャロットラペ
・ラタテューユ
・春雨サラダ
・胡麻豆腐
・ジャーマンポテト
・鶏もも肉のたまり漬け焼き
・枝豆とコーンのチーズオムレツ
・蓮根のはさみ揚げ
・ガーリックシュリンプ
・合鴨スモーク
・野菜と青唐辛子漬けおにぎり
・ゆかりおにぎり
・紅茶のシフォンケーキ
デザートまで含め13点。これは見事である。

「ガーリックシュリンプ」

平たく言えば海老の唐揚げである。海老の旨味とスパイスの効き具合がよろしい。ガーリックはほんのり香る程度で、抑えめである。昼からにんにくは不味いだろう。気が利いている。

「蓮根のはさみ揚げ」

二点目の揚げ物はあっさり味。蓮根のさくさく感と、ひき肉の旨味があわさって美味い。

「キャロットラペ」「胡麻豆腐」

前者はニンジンのマリネ。ほどよい酸味とニンジンの甘みに好感がもてる。見た目はまるでニンジンシリシリだが。
胡麻豆腐はしっかり胡麻風味である。けれん味のない、とはこのことか。といった味わいである。

「枝豆とコーンのチーズオムレツ」「合鴨スモーク」

そもそも、枝豆、コーン、玉子の組み合わせというだけで成功といえる。
合鴨のスモークは、もう少し煙っぽい方を好むのだが、先の海老と同様、お弁当のひと品ということを考えればこれでよいのかもしれない。

「ラタテューユ」「春雨サラダ」

ナス、ズッキーニ、パプリカ、トマトなど夏野菜を使った煮込み料理。好きなものばかりなのである。このお弁当を前にした段階から「精神的小躍り状態」が続いているのだが、これに気づいた瞬間より「精神的タップダンス状態」が始まった。それほど嬉しいのだ。気分はフレッド・アステアである。おい、ジンジャーはどこだ?
春雨サラダの味つけはあっさり酢の物。とはいえ味わいよりも、春雨のこりこりとした歯ごたえを狙っているのではないか。美味い。

「ジャーマンポテト」

ほっくりとしたジャガイモと、塩気の強いベーコンとの幸せな出会い。ところどころに感じられる、粒胡椒の存在もとてもよい。

「鶏もも肉のたまり漬け焼き」

メインディッシュ然と、ど真ん中に構える大物が出現。しっとりずっしりとした食感がなんとも言えない。鶏皮とは、どうしてこれほど美味いのか。

おにぎり登場

まずは
「野菜と青唐辛子漬けおにぎり」

である。様々な野菜の漬物、というよりマリネ状にしたものがどっさりとおにぎりに積載されている。ピリ辛、というイメージがあったが、さほどでもなく優しい味わいがじつに好ましい。

「ゆかりおにぎり」
ゆかりという調味料は、とてつもなく万能であると思う。まして、そこに海苔まで巻かれているのだから。これほど美味いおにぎりは久しぶりだ。

「紅茶のシフォンケーキ」

そしてデザート。

「シフォンケーキは原価が安いから定番化するケーキ屋が多いんだよ」
と、少々クチの悪いケーキ屋から聞いたことがある。作ったことこそないが、たしかに少ない材料で出来るようだ。だが、それだけに手を抜く、抜かないがはっきりとわかるものでもあるのだ。しっとりとした地肌が好ましい。生クリームによって湿度を保っているのだろうか。煮りんごを福神漬と間違えてしまったことは、ここだけの秘密だ。

まとめ 久しぶりの刺激

以上である。大脳への刺激と、胃袋への刺激。違った方向性からの刺激が与えられ、じつに有意義な1日であった。まことに久しぶりの事である。またお誘いいただきたい。ランチだけ、とは言わないので。


にほんブログ村

坂城駅「フライパン」歴史の街の洋食屋さん


【お店のデータ】
フライパン場所 長野県埴科郡坂城町中之条847-1
電話 0268-82-6193
駐車場 あり

坂城町

坂城はなかなか面白い町だと思う。
主街道を挟み込んだ谷間のような地形という、地政学的な要因もあり、東北信地域を司る重要な地でもあった。戦国時代には村上義清という優秀な武将がいたし、その後は鉄の町、現在精密機器工業での発展と、あれほど小さな町なのに見どころがありすぎる。歴史好きにとって、ここほど面白い場所はない。

坂城の個性的な飲食店

この面白い町に、面白い店がないわけがない。最高にうまいが最高に待たされもする、おしぼりうどんの店「かいぜ」。古くてはっきりと汚いが超個性的なメニュー群に圧倒されてしまう「まちだ食堂」。こちらのナポリタンはケチャップ好きであれば、一度は食すべきであろう。気をつけて食べないと、べちゃべちゃのケチャップによってシャツが紅に染まり切る事になるが。
無論のこと、くまなく回りきったわけではないので、まだまだよい店面白い店はたくさんあるだろう。今回お邪魔したお店はまったくの初訪問である。

「フライパン」

瀟洒な昔ながらの洋食屋、という風情である。
以前から知ってはいたが、あまり人の気配が感じられず、勝手に営業されていないと思っていたのだ。先だってYouTubeでtekitouという方が紹介動画(【フライパン】本当に温かいお母さんのお店 )で知ったのだが、出前が中心の営業なのだそうだ。なるほどそういうことだったか。

初訪問

初訪問というのは、いつになっても面白い。行った事のない店は嫌だ、経験したことのない味わいなどとんでもないという人もいる。人それぞれだから何も言わないが、私のような「基本的物好き人間」にとっては初訪問ほど好きなものはない。初めて入った店で、まったくわけのわからないメニューを注文する。これほど楽しいものはない。どんなものが出てくるか、味はどんなものか。想像するだけでワクワクして仕方がない。

メニュー

ひと渡り睨めまわす。トンカツ、エビフライ、ハンバーグ、焼肉という構成は「典型的洋食屋メニュー」である。ピラフ、ドライカレーなどという若い頃さんざん食したが、現在は縁がなくなってしまったような名前も散見される。これは当たりだろう。しかし、当たってしまったことは喜ばしい限りなのだが、どれにするか、まったく絞りきれない。困った困った。

困った時の…

困った時は両方」というのは井之頭五郎の名言だが、メニューをすべて注文することなど不可能だ。いや、一度でよいからやってみたい行為だが経済上、健康上できるわけもない。そのような場合は、周囲を見渡すことにしている。ちょうど隣席が来たばかりだ。よしこれにしよう。

「お好みセット」

[主食3種]
 ドライカレー
 ピラフ
 オムライス
[惣菜3種]
 ポークジンジャー
 ハンバーグ
 ポークカツ
双方の中から一点ずつ選択する形式のメニューである。隣はドライカレーとハンバーグであった。では私は何とするか。様々な思考・検討と逡巡、優柔不断と思索の果てに決定したのは…

「オムライス」「ポークジンジャー」

という組み合わせとした。
物事はまず基本からとする。この場合の「基本」とは私がデフォルトで好むもの、というほどの意味でしかないのだが。
炒め飯系の主食の中は、カレーよりも塩味よりもケチャップが好きなのだ。惣菜は隣がハンバーグを食べていた、揚げ物は今ひとつ惹かれなかった。そんな程度の些細な理由ではあったが、無事に決定できたことを心より幸せに思う。

「オムライス」

見た目からすると、少々小さく感じたのだが、実際は厚め仕立てられた玉子(決して薄焼きではない)にしっかりと巻かれているので、かなりなボリュームだ。スプーンで「切り分ける」という感じだ。ケチャップも望むべき量である。酸味たっぷりで美味い。

「ポークジンジャー」

というからにはこま肉の「生姜焼き」をイメージしていたのだが、予想は大きく外れた。生姜を用いた「ポークソテー」という風情である。これも分厚く、食べ応えがあって美味い。とくに脂身がなんともいえずに美味い。ああオレは幸せだ。

「味噌汁」「サラダ」

標準装備されている脇役たちが、侮れるわけもない。味噌汁はわかめ、麸。細かに刻まれたネギがなんとも愛らしい。軽く塩気の強さがらしくてよい。レタス、キュウリ、トマトにサウザンアイランドドレッシングをざっとかけまわしただけのものも、いかにもな存在でよろしい。この何の変哲もない味噌汁とサラダが、洋食屋っぽさを一層のこと増してくれる。

あらためて坂城町

やはり、歴史ある地は違う。個性的な、というだけでは表現しきれない「厚み」があるように感ずる。ここももう少しうろちょろしなければ。
もちろん「フライパン」も大満足である。帰宅してから再度メニューを吟味したが、次回は「日替ランチ」であろう。早々にお邪魔せなばならぬ。

追伸

なお、先に登場したtekitou氏。ハンドルは「適当」からなのだろうか?非常に丁寧な製作でいつも感心しながら観せていただいている。よかったらご覧あれ。


にほんブログ村

長野市「BECK’S COFFEE SHOP 長野店」タレーランとフランス革命、そしてまったく関係のない朝食


【お店のデータ】
BECK’S COFFEE SHOP 長野店
場所 長野県長野市栗田北河原1038-4 [地図はこちら
電話 026-226-4679
駐車場 なし

陰謀家・美食家タレーラン

歴史が動く時には、人材が揃うものだ。いや、人材が登場したから歴史が動くのか。その辺りはなんとも言いようがない。
フランス革命期も同様で、ジョルジュ・ダントン、マクシミリアン・ロベスピエール、ジョセフ・フーシェ、そしてナポレオン・ボナパルトも一員としてよいだろう。オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェばかりが人材ではない。
その中で、シャルル=モーリス・ド・タレーラン=ペリゴールという人物がいる。同時期の政治家で、フランスの宰相にまで登りつめた人物で、日本では単に「タレーラン」として知られている。
タレーランは、金儲けに精を出していないときは、陰謀を企んでいる
とまで言われたほど、虚実に満ちた生涯を送った人物だ。しかし、ナポレオン戦争後の処理をテーマとしたウイーン会議において敗戦国であるにも関わらず議長となり、主導権を握り国益を守ったなど、とてつもない能力を持った政治家でもあった。かような者が、毀誉褒貶相半ばするのは当然の事である。

そのタレーランは美食家としても有名だった。
専属シェフを抱え、重複のない、季節の食材のみを使用した1年間のメニューをつくる事を命じたり、ウイーン会議の最中にもたびたび夕食会を開き、その素晴らしい料理群で人々を圧倒した、というエピソードがあるほどだ。

タレーラン語録

タレーラン語録も有名だ。
「快楽さえなければ、人生はきっと耐えうるものだろう」
「誹謗中傷よりも酷いことがひとつある。それは真実だ」
「言葉が人間に与えられたのは、考えていることを隠すためである」
やはり、ひとかどの人物は語りもかっこよい。
その語録のひとつ。最も有名な言葉が以下のものである。
カフェ、それは悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、そして恋のように甘い
美味いコーヒーの定義として、これほど適切なものはない。大げさに聞こえるが、朝のコーヒーは、かようなほど重要なものなのである。

拘束の日そして朝食

講習会で1日拘束されるはこびとなった。
仕事で必要な事である。嫌いな分野でもないのだが、やはり気伏せりであることには変わりはない。気分を変えよう。という事で、少し早めに出て駅で朝食としよう。

「BECK’S COFFEE SHOP 長野店」

長野駅改札前のこちらは、以前から東京出張などの際、何度も使わせてもらっている店である。

「スペシャルプレート」490円

コーヒー、主食、たんぱく質、緑黄色野菜がワンプレートになった優れものである。

ドレッシングがかけられたレタスとトマト、軽く炙られたベーコン、玉子のディップとケチャップ、楚々と配されたポテトサラダ、そして半切りにされバターがたっぷりと塗られたトーストという、アメリカナイズなブレックファーストである。ああ、気分はまるでニューヨーカー

「ブレンドコーヒー」

熱く濃厚、まさしくタレーランの言葉にリアリティを感じる瞬間だ。
丁寧に作り込まれた料理たちをゆっくり、ゆったりといただく事は、まさしく至上の時といえる。
東京への線路上にむかう、大きな窓から入る陽光で、明るく気持ちのよい空間で朝食をとれば、気分横溢である。さぁ、拘束されに行こうか。


にほんブログ村

【昼飯days】ねばとろそうめん


久方ぶりに自宅での休日である。暑いので外に出る、という気になれないこともある。したがって、自宅でゴロゴロというわけだ。

Amazonプライム・ビデオに「ラッカは静かに虐殺されている」がアップされた。先だって観たばかりだが、もう一度観直すことに。…といって、一気に観るには重すぎる。ゆっくり休み休みしながらの視聴だ。

観終えたらちょうど昼どきである。
暑熱はますます高じるばかり、この際は家にあるもので昼食としよう。

【家にあったもの】
おくら
カップめかぶ
納豆
玉子
そうめん

なるほど。これはあれを作れ、という神の啓示であろう。あれとはすなわち
ねばとろそうめん

またか
などと言わないでもらいたい。材料がこれしかない、他のものを作りたくともスキルがない。これだけで充分であろう。

まずはオクラを刻む。

スキルがないから出来が悪いのも仕方のないことだ。そして、すべてを心置きなく丼に投入。

あとはひたすら混ぜるだけだ。

そうめんを茹でる。
茹で上がりが早いからじつにけっこう。

出来上がり
各々、ねばとろを取り分け頂きます。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

【映画days #12】小人の饗宴(1971)


ヴェルナー・ヘルツォークの長編第2作である。「アギーレ/神の怒り(1972)」でぶっ飛ばされた身としては、ぜひとも体験せねばならないだろう。

小人の饗宴

ドイツの片田舎にある、障害者施設での1日を描いた作品である。低身長症を患う彼らが、管理者のいない間に、日頃の鬱憤を晴らそうと暴れ回る、というストーリーである。
このように書くと、首尾一貫したお話にみえるが、じつのところはひたすら小人(差別語に非ず、そのように表現される)たちがものを壊し、火をつけ、動物を殺しまわる。盲目の小人姉妹をいじめたおし、納屋にある自動車を持ち出し、走り回らせたあげく、裏山にある大穴に突き落としてしまう。この間、語れるようなストーリーは一切ない。文字通り小人たちの饗宴を、何らの彩りもなくモノクロフィルムに映しとっただけのものだ。ぶっちゃけたところ、非常に困った作品であった。

この作品から、何らかのメッセージを読み取る事は可能であろう。製作の少し前に、ヒトラー、ナチスですべてを失った国である。アナーキズム、コミュニズム、資本主義、冷戦、あるいは世界的中で同時多発した学生運動など混沌とした社会状況を表現している。といってしまえば簡単な事だが、たぶん違う。でなければ、小人を使ういわれはない。あれほどまで執拗に醜悪な何かが汚らしい何かへと、変わりゆく様を映す必要もない。

要するに、ヘルツォークは小人(繰り返すが差別語として使ってはいない)たちを使い、妙にスケールアウトしたへんちくりんな馬鹿騒ぎをやりたかっただけなのだ。皮肉で意地悪で差別的で容赦のない感情〜それは誰しもが持ってはいるが、出そうとしない、いや出すに出せない感情を爆発させたのだ。そんなものに感情移入できるわけもないし、カタルシスを感ずる、というものもほとんどいないのではないか。

そんな映画をシレッと作れてしまうヴェルナー・ヘルツォークという作家にますます興味が湧いてきた。次回は「シュトロツェクの不思議な旅(1976)」とのことだ。とても楽しみだ。


小人の饗宴 HDリマスター [Blu-ray]

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

須坂市「ターバンカレー 須坂インター店」須坂で味わう金沢カレー


【お店のデータ】
ターバンカレー 須坂インター店
場所 長野県須坂市大字井上1865-1 [地図はこちら]
電話 026-246-8998
駐車場 あり

金沢カレーというジャンルがある。
文字通り金沢市を中心とする石川県のカレーライス店で供される独自の特徴を持ったカレーライスである。
 
Wikipediaによれば金沢カレーとは
・ルーは濃厚でドロッとしている。
・付け合わせとしてキャベツの千切りが載っている。
・ステンレスの皿に盛られている。
・フォークまたは先割れスプーンで食べる。
・ルーの上にカツを載せ、その上にはソースがかかっている。
・ルーを全体にかけて白いライスが見えないように盛り付ける。
と定義されるという。必ずしも守られているわけではないようだが。

その金沢カレーが好きで、長野市内にある店(同じ系列だよね?)に通いつめている。今回は須坂インター前にある、

ターバンカレー須坂インター店

にお邪魔した。
こちらの、ドロドロまったりしたカレーに様々なトッピングを施して食べるのが好きなのだ。本日も3種類、カレーが見えなくなるほど、トッピングしていただくのだ。

ジャンボメンチカツ・ナス・目玉焼きカレー

ジャンボメンチカツ

ジャンボと冠されたものは意外と小さいのが通り相場だが、こちらのメンチカツは決してそんな事はない。しっかりと「ジャンボ」している。ジャンボであることにこそ、意義があるとさえ思えるほどだ。粗く挽かれた豚肉と、ごろんごろんと大きな玉ねぎが美味い。

ナス

ナス好きは食べずにいられない。油で揚げられた、とろとろな存在と化したナスの旨味よ。なぜ、これがお節料理に出てこないのかが、不思議でならないほど美味い。

目玉焼き

玉子はつくづく魔法の食べものと考える。何をどう作っても美味い。とくに、目玉焼きの美味さたるや。半熟トロトロが美味すぎる。これをいつ崩すか、どうやって食べるのか、大いに悩む日々である。

金沢カレーにおいて、キャベツの存在は特筆すべきほど重要であるとのことだ。なるほど、このまったりカレーに、これほど相性のよいものはないと確信する。ということで、金沢カレーまったりカレーを堪能する、美味しい1日であった。いつか、トッピング全のせをするのが夢だ。


にほんブログ村

長野市「ケーキ屋Sun」メロンのまんま


【お店のデータ】
ケーキ屋Sun
場所 長野県長野市三輪4-4-1
電話 026-217-8231
駐車場 あり

誕生日

家内が誕生日であるという。実際には4日ほどのちの事であるが、そんなものは誤差のうちであろう。
めでたい、と素直に言ってよいのかどうかは定かではない。若者たちのように、はしゃいでよい年齢でもあるまい。とはいえ、さしたる病もなく、障害もなく50数年これた事は、少しは寿いでやっても罰は当たらないであろう。あくまでもほどほどに。

彼女は、昔から装飾品、調度品、過度な服飾品など、飾り立てるものを好まない。いや、反対にそれらが大好きで、あれがいいこれがいいと、要求されても困り果てるだけなので、助かってはいるのだが。どうせくれるのなら、その場で消費できるものが良いという。すなわち食品類、大概はケーキ、デザートの類を求められる。

ミルキークリームロール

ケーキ、といえば近年出会ったものの中で、もっとも完成度の高いものが不二家の「ミルキークリームロール」であると確信する。

「ふ、何を言っているのだ。そんな俗なものが美味いわけがないであろう」
そのように言うものがいた。たしかに不二家ペコちゃんからは、「幼稚な子どもだまし」と受け取られても致し方ないであろう。
しかし、世の中かほどに甘くはないのだ。…いや甘いのだが、ミルキークリームロールは単なる甘さではない。
クリームがミルキーなのだ。
あの、不二家の古典的名作、ミルキーキャンディ。高濃度のコンデンスミルクの口あたりをよくしたような、千歳飴にも擬せられた、あのミルキー。
とはいえ、あまりの濃さに、ひとつ食べきるのが精一杯なミルキーが、クリーム化されるとじつに豊穣な味わいと化す、複雑な味わいが現出する。たかがロールケーキが、高高度なdesartとなる。バカにしてはならぬ、美味いものに聖も俗もありえない。入浴中を覗かれたペコちゃんが「ミルキー?」と叫ぶだけが能ではないのだ。

しかし、ミルキークリームロールを誕生ケーキにするわけもいくまい。いや、そうした事もあるのだが、何度も使える手段ではない。はてどうしようかと考えていたら、家内からこれがよいとリクエストがあった。なるほど、希望を叶えてあげるのがもっともよい。それに考える必要もない、となれば、それがベストであろう。

「ケーキ屋Sun」

本郷通り、三輪1,3,4,5丁目交差点を西へ曲がり、少し行ったところにある洋菓子店である。以前はドイツパンを扱う、評判の店だったと記憶するが、何年か前に変わられたようだ。使わせてもらうのは初めてだが、前以上に真面目で誠実な、美味しいケーキを作られている、との噂を漏れ聞いていたのでとても楽しみだ。

「メロンのまんま」

季節限定商品なのだそうだ。
1/2に切ったマスクメロンをくり抜き、中にスポンジケーキ、カスタードクリーム、生クリームを仕込み上に皮を取り除いたメロンを載せる。これ以上シンプルなものはない。

ミースの言葉

Less is more 「最小こそ豊かである」
と言ったのは建築家ミース・ファン・デル=ローエである。ガラスと鉄骨、タイルのみで作り上げた「ファンズワース邸」は、住みこなすにはよほどの覚悟と努力が必要だが、そこには現代人の求める「美」がある。

同様に、「メロンのまんま」も切り分けづらく、食べづらくはなはだ閉口ではあるものの、シンプルであるがゆえの美味さがある。これはなかなかの傑作と確信する。

ending

「お母さんは何歳になったのか?」
と、執拗に尋ねる息子を、ひたすら無視する家内。50すぎればいくつでも同じであろう、と思うのだが、そこは女心というものである。黙っておいてやろう。秋の気配が近づく夜長である。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

長野市「某クリニック」健康診断とみーるマーマの素敵なお弁当


「健康優良幼児」というものを受けたのは幼稚園の時であったろうか。平均以上の体躯の、大きな病のない元気な子供を表彰してくれるものだ。誠にありがたい事で、以降大病した事がない。

以来数十年経過したが、健常な状態であるわけもない。日頃鍛えていることもないとなれば、やれメタボだ成人病だと様々なものを抱え込む事となる。やれやれ。今回も年一度の検診である。

身長体重視力聴力胸レントゲンに胃カメラとひと通り済ませ終了。昨夜22:00から何も食べていないので、空腹状態である。こちらの検診は美味しい弁当つきなのでとても楽しみでもある。

こちらの弁当はみーるんケア社製。すなわち「みーるマーマ」運営会社に用意してもらったものというものである。惣菜7種、ご飯、デザートという、なかなか豪華なメニューである。

右上「鯖の香り揚げ」から時計回りに「長芋の三珍和え」これはみーるマーマの名物メニュー。「香の物小鉢」、「有精卵を使った玉子焼き」

上「鶏の生姜焼き」、下「フルーツと和菓子」

右上「切り干し大根の酢の物」、右下「黒豆」、左「新鮮野菜のサラダ」

「金芽米と十五穀米」

ひとつひとつ吟味された素材と、丁寧に仕立てられた料理たちである。これで今年も健康だ。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

あらら?冒険記 木曽路施餓鬼法要編


木曾の道

木曾路はすべて山の中である。あるところは岨づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曾川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。

とは、島崎藤村「夜明け前」の冒頭部分である。描かれているのは幕末期、執筆されたのは昭和初年であるが、なに現代もさほどには変わらない。木曾川ぞいをうねうねと蛇行しながら行く道は、まさしく「隘路」そのものである。しかもほとんど一本道なので、災害などで土砂崩れでも起ころうものなら、木曾路はあっという間に陸の孤島と化す。さすがに近年は、改修工事が進み、対岸に移し拡張したり、トンネルを掘ったりと使い勝手が良くなった。まだまだ一部区間ではあるものの、今後はどんどん良くなっていくだろう。…とは言うものの、今度は真っ直ぐ道となった木曾路はそれらしく感じることが出来ず、なんとなく面白くない。まったく身勝手なものだ。

木曽とわが家

木曾上松は家内の母と、家内自身の出身地である。
大正の終わりごろ、縁あって岐阜から祖父母が移り住み、昭和の初め、それこそ藤村が「夜明け前」連載中くらいの時期に義母が生まれ、戦後義父と出会い、家内が生まれ、という段取りだったのだが、義父の転勤で他出してしまった。だから家内は木曾での生活をほとんど覚えていないという。
一家はその後諏訪、中野、飯山そして長野市へと移り、家内は家内で諏訪、東京、松本、長野市と転々としたため、木曾に戻る事はなかったが、関係が切れることはない。遠縁はいるし、そもそも菩提寺がある。

一時、年に一度、お盆には家族中で木曾に詣るのが習慣だった。朝早く起きだし、弁当を作りわが家と義姉家族、義父、叔母と総出で出かけ、まだ小さかった子どもたちを遊ばせながら往復すると、ちょうどいい行楽代わりとなる。
10年ほど前に、実家を建て替え同居を始めたりと、区切り事があったので、せっかくだからお墓も、という事で長野市へ移した。これが基で木曾へ出向くことが激減してしまうこととなった。墓参りで1日かけての往復も、悪くはないのだが、やはり億劫事でもある。それに叔母・義父ともに高齢となり、体調のことを考えると、やはり移した方がよいだろうと、決断した次第である。
そして、数年を経て両名とも亡くなり、これは本格的に縁が切れてしまうかな。ま、それはそれで仕方がない。というくらいに思っていた木曾にまた足を向けるようになったのは、昨年なんとなく参加した、菩提寺の「施餓鬼法要」の様子がじつにほんのりと、よい雰囲気だったからだ。

施餓鬼法要

「施餓鬼法要」とは、

餓鬼道で苦しむ衆生に食事を施して供養することで、またそのような法会を指す。特定の先祖への供養ではなく、広く一切の諸精霊に対して修される。(中略)日本では先祖への追善として、盂蘭盆会に行われることが多い。

面倒だからWikipediaから引用してしまったが、不幸な亡くなり方をしたものを供養することで、お盆の嚆矢とする、ということか。調べが至らず、いい加減な解釈で恐縮だが、この行事がなんとも言えずによいのだ。

午前の仕事が休めない、という家内の帰宅を待ち、出発したのは13:30を回っていたが、急ぐ旅ではない。施餓鬼法要は17:00からだし、他に行くところもない。ゆっくり行って今日中に帰宅できればよいのだ。長野インターから高速道路に乗り塩尻まで。そこから中山道を通り上松町まで、というルートはいつも通りである。権兵衛峠が整備されてからは、伊那まわりで木曾に至る、というルートも出来たのだが、時間的にあまり変わらないのと、高速道路料金が高くなる、という理由で一度使ったきりだ。ゆっくりゆっくり来ても、到着したのは16:00を少し回ったくらいであった。それでも少し早いが、わが家にはもう一つ恒例の行事がある。それは五平餅を食べることだ。

五平餅

五平餅はご存知の通り、半搗きしたご飯(半ごろしという地域もある)を串うちし、成形したものにタレをつけて焼き上げたものである。

中部地方の山間部(長野県木曽・伊那地方、岐阜県東濃・飛騨地方、富山県南部、愛知県奥三河地方、静岡県北遠・駿河地方や山梨県)に伝わる郷土料理。[Wikipediaより]

というが、小判型だったり、団子型だったり。はたまた串うちせずにおにぎり状だったり。タレも醤油ベースだったり味噌ベースだったり、クルミが入ったり、ゴマもしくはエゴマを使ったりと各地で様々なバリエーションがある。名物・名産というより、人びとの生活に深く根ざした食品ととらえるべきであろう。
また、本のタイトルNHK連続テレビ小説「半分、青い」に登場してからというもの、売り上げが急増してしたのだとか。とはいえ、あのドラマは岐阜が舞台だから、木曾とは関係がないが。

【お店のデータ】
食堂 中村
場所 長野県木曽郡上松町寝覚ノ床入口
電話 0264-52-2183
駐車場 あり

こちらは、わが家御用達、…という事でもないが、義父の時代から使わせてもらっている店である。率直なところ、どうということのない、昔ながらの普通のそば屋であるが、この五平餅を食べないとどうも木曾に来た気がしない。先に話したように、五平餅は生活に根ざした食品だから、どこのものが最高に美味い!ということはないと思うのだが、ここの味わいがもっとも口にあっている。何十年ものつきあい、ということもあるからだろうが。

「五平餅セット」

長径20センチ、短径5センチほどの五平餅二本にコーヒーがつく。昼どきならそば、サラダとの組み合わせである「五平餅定食」を食べるのだが、夕食に差し支えるのでこちらにする。
半搗き、半ごろしというが、要するにご飯である。だから、これ一つでもかなりな食べごたえとなる。味噌をベースとしたタレも、砂糖とクルミなどの木の実とが加わって、とても複雑な味わいである。美味い、安定の味わいといってよいだろう。

美味しい五平餅を食べつくし、ようやく本番である。わが家の菩提寺である臨川寺は、そば屋のすぐ隣、歩いて数分もかからない。ここは、木曽川に面して建っており、木曾最大の景勝地である「寝覚めの床」の直上に位置する。というか、下まで降りたければ、境内を通ってからでないと行けないようになっている。

「寝覚めの床」

木曾山系は、もともと花崗岩によって構成された地形である。数万年におよぶ木曽川の流れによって、花崗岩が侵食され、できた自然地形で、巨大な岩が様々な姿を見せている。この名は

浦島太郎は竜宮城から玉手箱と弁財天像と万宝神書をもらって帰り、日本諸国を遍歴したのち、木曽川の風景の美しい里にたどり着いた。ここであるいは釣りを楽しみ、霊薬を売るなどして長年暮らしていたが、あるとき里人に竜宮の話をするうち玉手箱を開けてしまい、齢300年の老人と化してしまった。天慶元年(938年)この地から姿を消した。 [Wikipedia]より
また巷説によれば、浦島太郎には、今までの出来事がまるで「夢」であったかのように思われ、目が覚めたかのように思われた。このことから、この里を「寝覚め」、岩が床のようであったことから「床」、すなわち「寝覚の床」と呼ぶようになったという [Wikipedia]より

との事だ。
そもそも臨川寺の建立由来は「寝覚浦嶋寺略縁起」なる書物に記載されているそうだし、併設されている「宝物殿」と呼ばれる施設には、「浦島太郎の釣竿」が展示されている。

なお、宝物殿には様々な古い生活道具や昔の教科書、明治天皇の御真影などが展示されている。興味深いのは「吉良流作法書」とされる資料である。吉良といえば「忠臣蔵」(という表現は間違いだそうだが、ここではこれで統一する)に登場する、吉良上野介義央で有名だ。もともと公家侍の家系で、勅使饗応指南役だったのでこのようなマニュアルを用意されていたという。書物だけではなく、着付けや膳のつくりなど和紙できれいに作り上げられている。現代でも、十分通用しそうなものである。「忠臣蔵」以降、吉良流は廃れ小笠原流に取って変わる。まことに歴史は非常なものである。

こんなマニアックなものがある宝物殿は、歴史好きにとってはまさに宝物のヤマである。お好みの方はぜひお越しください。

そして本番

さて、いよいよ施餓鬼法要である。
率直なところ、何ということのない法事である。日暮れ少し前に、境内に設置された大きな屋根つきのテラス(住職は「休憩所」といっていた)で、三々五々集まってきた、大勢の檀家衆の前で、住職の他いく人かの僧侶が読経する。それだけの事なのだが、次第に暮れてゆく日差しの中、読経の声、人びとのさざめきがうまくブレンドされ、耳ざわりよく心地よいのだ。

ご近所の、というより同じコミュニティの仲良し同士が、先祖を敬い、皆がみな、お互いをリスペクトしあい、無病息災を祈る。人としての心の中にある、素直な気持ちが溢れ出てきているようで、なんとも言えずによいのだ。宗教行事、というほど大層なものではない。日常にある、ごく当たり前のこと、という感じなのだ。正直を言うと、今まであまり出会ったことがない雰囲気なのだ。
「田舎だからね」
と、親戚は言う。たしかに、東京の菩提寺でもなかったように思う。とはいえ、「施餓鬼法要」などごく当たり前にだと思うし、大々的なイベントとして行っていないだけではないか。そもそも、こちらの信仰心も薄く、いちおう天理教に入信しているのだが、何十年も行っていない。…もう一つ、ある宗教団体に加入しているはずだが、名前だけで、まったく関係がない。どこかは秘密だが。
そんなわけで、もともと薄い信仰心、縁のある寺でもこんな行事はなかった。というわけでほぼ初体験、それがとても心地よく、気に入ってしまったのだ。

読経が終わり、全員が焼香とお供米と水を捧げ、塔婆をもらって帰宅する。わが家の分を探したら見当たらない。住職に訊ねたら
「ああ忘れてた」
と言われて、その場で新しく書き上げてもらう。数が多いから仕方がない。こんな事があるから、余計と楽しいのだ。…また来年。


にほんブログ村