茅野市「古民家 かもすや」

和食

店名 古民家 かもすや
場所 長野県茅野市豊平108
バリアフリー △ 入口に段差あり
駐車場 あり

 

茅野の山中で

ランチをいただく機会を得た。家内とその友人たちとの会食であったのだ。久しぶりの邂逅であるから、一層の感動を得たいというのは人情であろう。いろいろ調べて、あそこがよい、ここが美味そうだと相談した結果、こちらの店を選択した

 

「ナビでは来られないよー」

というマダムから聞いたのだが、私のようなCity Boy=都会人には今ひとつ想像がつかない。そんな事があるのけ?ナビゲーションシステムの使い方を知らないだけなのではないか、と疑いながら向かうとまったく言葉通り、地図上では道沿いにあるが、そこからではアプローチできない。地元の方が同行してくれなければわからない場所だ

 

教えてもらった駐車場は

地域の公民館すぐ脇の土地だ。公民館に駐車すると怒られてしまうそうだから注意のこと。

 

山道を分け入るように

少し下った場所に家がひとつ。こんな場所によく作ったね、と感じられるほど山にへばりつくように建っている。住居とは住まうものもつくる者も、大変な努力を重ねて築き上げたものなのだ

 

「かもすや」

「かもす」とは「醸す」から来ているのであろう。すなわち、麹を発酵させ酒や醤油を醸造すること、もしくは、ある状態や雰囲気を産み出すこととなる。発酵食と豆腐を中心としたメニューで、マダムひとりで切り盛りしているため完全予約制かつ、2800円のコースのみとなるそうだ

 

どのような料理が登場するのか

マダム自らがリノベーションした店、といってもほぼ住居のままではあるが、その構えからはまったく想像がつかない

 

最初に登場するは

30センチ四方ほどの漆塗され古い膳にのせられた以下の品々だ

 

ライム入り甘酒

自ら作り上げた麹を用いた甘酒、…といえば、年末年始に飲まされるアレを思い出す。変な甘さと酒粕の安っぽい香りと舌ざわりが苦手。だから説明された時は、やや暗澹とした気になったのだ。

しかしながら、私は出されたものはすべて口中にを身上としているのだ。恐る恐る口にしたのだが。…さわやかなのだ、ひんやり冷たく調じられたものは、さらりと舌の上で消え果てる。

ここにあるのは「甘酒」だ。甘みも酸味もそして麹のつぶも、確かに私の知っている甘酒だ。材料も製造工程もさして変わらぬものであろう。しかしながらここにある「甘酒」はなんだ。どうした事なのだ、このさわやかな味わいとどのように対峙したらよいのだ

 

梅干し

小川村の農家から直接仕入れた梅を自ら作り上げた梅干し。ピンクの器にひとつだけ、楚々とおかれたている。そのまま食べてもよし、後に登場する丼ものに添えてもよし、との説明を受けたが、せっかくだから直にいただこう。卓上にはおかわり用の壺も置かれている。食べ放題・おかわり自由好きはここでも発揮される

 

酸っぱい!

この容赦のなさはどういう事だ。私は梅干しをつくる祖母をもった事はないが、おばあちゃんの味とはこの梅干しを指すのではないか。どこか、懐かしさが感じさせられる。日本人のDNAに刻み込まれた、などと大上段にふりかざしはしないが、オノレの根源はここにあったのではないか。左様な覚醒を促される気分と相なった

 

梅ジュース

はとても優しい。こちらもおばあちゃんが、夏休みに訪れる孫のために作りあげたオヤツ、という感じ。孫ってどうしてあんなに可愛いのだろうか。私にはまだ孫はいないが、おそらく「孫に甘すぎるジジイ」に成り果ててしまうだろう。なんだか関係のない事柄が多くなってきたが、あまりの美味さに脳内はぐちゃぐちゃなのだ

 

懐石であれば

ここまでが「お通し・食前酒」という事になるのであろう。アルコールこそないが、さわやかな酸味で胃を刺激して、気分と食欲を増進させる意図があるのだろう。そうはいっても、たった三品でとてつもない情報量が詰まっているのだ。私はどこへ行ってしまうのだろう。ただでさえ私の低容量脳髄は破裂してしまうのではないか。左様な不安を抱えつつ本膳へと向かう

 

竹で編まれた籠の中に

並べられたいくつもの料理たち。美味いものが放つワクワク感、ドキドキ感満載ではあるのだが、先に感じた不安もつきまとう。もっともそれは私の器の小ささからくる感情だから致し方がない

 

野菜のグリル なすとかぼちゃ

自らの畑で収穫された野菜を素揚げし、ドレッシングをかけたもの、…といっても自家製の醤油とオリーブオイルをさっと混ぜ合わせただけの最低限の調味ではあるが、そもそも野菜の威力がすさまじい。瑞々しいなす、ほっくり甘いかぼちゃが愛くるしく感じられてならない

 

子持ち鮎の塩焼き

海原雄山でもあるまいし、天然と養殖の違いなどわかるわけもないが、これははっきり美味いと認識できる。「スイカのような香りがよい」とはよく言われるが、あれは一歩踏み外せば悪臭でしかない。しかしながら、この鮎に不快感など微塵もない。これは品よく骨抜きしていただくのが筋であろうが、それすらもったいなく感ずる。「鮎はアタマから喰え」という西原理恵子の言葉通り、バリバリいってしまう。少し骨が当たってしまったが、それも鮎の味わいだ。子持ちであったのはまことに僥倖でしかない

 

この時点で

打ちのめされすぎている。私の脳内は揺さぶられ続けており、すでに使いものになっていない。ああそれはいつもの事だからまったく気にはならないが、コースはこれからが本番なのだ。私はどこへいってしまうのか。いいや、かもすやさんは、私をどこまで誘ってくれるのか

 

おぼろ豆腐 トマト入り

おぼろ豆腐とは豆乳が豆腐になる直前のものをすくい上げたものを指す。にがりを加え固まる前だから、ほんわり柔らかく優しい味わいのもの。というのはイメージ通りではあるが、こちらのおぼろは濃度が違う。そもそも豆腐は豆なのだ、豆を喰らうものなのだ。豆の味わいとはかくなるものなのであったのだ。添えられたトマトは自家栽培のもの。夏よりも少し涼しくなってからの方が味がよい、とマダムはおっしゃったが、この酸味と豆の出会いは史上最強といえる

 

高野豆腐の煮物

え?厚揚げ?というくらい高密度の高野豆腐だ。マダムにお訊ねしたところ、戻し方と揚げがポイントなのだという。戻しは1〜2時間くらいで済ませてしまうのが通常だが、こちらはじっくりひと晩行う。しっかり水切りした後によい油でサッと揚げ、またしっかり油を切る。生野菜の水切り器を使うのだそうだ。それをまたサッと淡い味で煮上げるという

 

もともと高野豆腐は大好きなのだ

フリーズドライとは少し違うが、豆腐らしからぬ姿、そして豆腐の新しき存在感という感じを好むものではあるのだが、こちらはさらに上を行く、いや時空を超越したと表現しても足りない

 

湯葉の刺身

生湯葉

だいたい豆腐なんてものは、ロクな味もしないから喰うものではない、などと子どものころは勝手に考えていたものだが、長ずるにおよび、美味い豆腐と出会い気が変わった。そんな体験はごく人並みに持っているが、それでも湯葉なんてものに魅力を感じたことは今日の今日までなかった。そうだ!そうなのだ!本日ただいま、歳57にして初めてただしい湯葉を口にしたのだ!

美味い、超越的に美味いなどという表現では足りない。これは快感そのものだ。舌の上ではなく、大脳に直接はたらきかけられている。左様な感覚、衝撃といってもよいほどの存在だ。大げさに聞こえるかもしれないがこれは本当だ。言葉では通じづらいから、みなのもの黙って喰いにいけ

 

じゃこと湯葉の含め煮

その衝撃をじゃこと共に炊き込んだらどうなるか。これは白飯案件であろう。いいや、茶碗ではない。丼だ!いや大盛り特盛りでは足りぬ。御櫃ごと持ってきておくれ。丼メシにぐわぁっとかけて、わしわしとかきこんでみたい。ああああ、思い出しただけで快感に身震いするようだ

 

コース

もとい快感の連なりはこれで終盤へと突き進む。最後の食事は以下の通りとなる

 

トマトの味噌汁

紅の椀蓋をひらりと開けると、そこにあるのは褐色の液体と、そこに浮かぶは賽の目に刻まれたトマト。おお!トマトの味噌汁だ!もちろん味噌もこちらで仕込んだものだという。これはランチ用だから出汁をひいているが、この味噌ならそんなものは不要だ。それほどポテンシャルのあるものだ。よかったら味噌づくりにおいで、と誘っていただいた。参加してみようか

 

赤瓜の味噌漬け

これはなに?見た感じでは漬け物であろう。パリパリというよりもはりはりとした歯ごたえと、ふわりと香る酒粕の香り。あはぁ美味い美味い美味い。

 

これも超白飯案件だ、というところで登場したのが

 

湯葉丼

フライパンで焦げ目をつけた白いご飯、常ならば焼きおにぎりらしいのだが、今日は今ひとつうまくいかなかったねぇ、とマダムは笑ったがそんな事はまったく気にならない。先に記した快感の湯葉がどさりとのり、薄味透明なあんが回しかけられた、優しい優しい味わいの丼だ。そうでなくとも美味いのに、おこげと自家製の柚子胡椒が加わるのだ。涙をこらえるのが大変だ

 

デザート

といって供されたのは皿にぽろりと置かれた、ナイヤガラとポートランドという2種のぶどうだ。塩尻市の農家さんがこだわって無農薬栽培したものだという。房がそろっていないのはそのためで、不自然な甘さがない。もちろん皮ごといただいてしまう

 

快感の嵐

どころか、わが脳内はすさまじい暴風雨が吹き荒れている。味わいは当然だが、それ以上の情報量に圧倒され、蹂躙されつくした。軽い疲労感そして深い深い満足感とともに本日のランチタイムは完了した。じつはマダムから伺った話は、この長々とした文章の何倍もの情報量があったのだが、もはや私にはこれ以上を語ることはできない。もし、知りたいのであればこの店を訪れるとよい。私も必ず再訪するつもりだ

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