様々な感情を揺さぶられた清津峡トンネル
であった。ややふらつきながら外へ出る。初っ端からこんなことではこれからどうなってしまうのであろうか。というかこうなる事は最初からわかっていたではないか。迂闊に近寄るからこんな事になるのだ。用意が足らないのか準備が足らないのか。これも無計画のなせるワザであろう。先の社長の教え通りにしておけばよかったのか。とはいえコレだから面白いのだとも言える。気を取り直して次へと参ろう
「磯辺行久記念 越後妻有清津倉庫美術館」
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清津峡トンネルから2キロほど戻った場所にある美術館。廃校された小学校をリニューアルし「保管しながら、展示する」という発想のもとに作られたのだとか。たしかに、体育館にある作品群は展示というよりも保管、いや無造作に置かれているだけ。本当にコロンという感じ。
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これは鑑賞というよりも
端の方に座り込んで眺めるのが正当だ。目の前には超がつくほどの個性的な作品群があるのだが、このようにみるとなんだか大した価値もない、ただの物体に見えてくるのが面白い。ニュートラル化されるというのか、「作品」なんてつまるところただの「モノ」なんだよね。あまり緊張しなさんな。と言われているかのようだ。
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さて次は
なんて事を考えているわけもない。なにしろ無計画なのだ。パンフレットとHPを調べにしらべもっとも近くて興味深い作品を探す
「ポチョムキン」
フィンランドのカサグランデ&リンターラ建築事務所という建築家グループがデザインした公園。川沿いの細長い敷地にはかつて産業廃棄物が不法に投棄されていた場所。彼らはこの地を分厚いコルテン鋼で囲み、覆って広場を作り上げた。
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コルテン鋼
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とは「対候性鋼」といって、塗装せずに使用してもあまり錆ず、錆びても鋼表面を緻密に覆うので内部にまで進行しない素材。昔から土木分野で使われていたが、80年代後半から建築にも使用される事が多くなってきた。友人の所属した設計事務所で、これを大々的に使った事務所ビルを作ったが、あれは今ごろどうなっているのだろうか。
私の背丈ほどある
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真っ赤に錆びた鉄の壁が広場の片側を覆いつくしている。反対方向は川に向かい開けており、そこには2機のタイヤのブランコ。これは気持ちよさそうだ、ちょっと乗ってみようかな、とも思ったが私の巨大な臀部がハマりこんで抜けなくなるのも嫌なのでやめておこう。
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広場の奥は
コルテン鋼で作られた小屋状のものが。内部の床はウッドデッキに設られていて、内庭を眺めることができる。なんとなく和風建築の客間のようにも感じられる。ほかにも白い砂利が敷き詰められた狭い空間があったり。これは石庭かな?ヨーロッパ人が金属で形作った「和」という事であろうか。
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ポチョムキンって?
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もしかしたらあの「戦艦ポチョムキン」のこと?ウクライナ南部にある港町、1905年この地で起きた戦艦ポチョムキン号の叛乱事件がロシア革命の端緒となった地でもある。古い映画ファンならセルゲイ・ミハイロヴィッチ・エイゼンシュテインを思い出すのは必然であろう。
「これはウジではない!ハエの幼虫だ!」
と詭弁を弄する上官はいないのか?そうだよなぁ、ソ連の映画はつまらないからな。クライマックスに乳母車が落ちてくるだけだし。でも階段はないから乳母車は落ちようもないぞ。いやいやいやお母さんが抱っこしているのは赤ちゃんのサイズじゃないよね。そんな独り言をぶつくさ言っているオヤジひとり
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あとでHPを調べてみたら
「ポチョムキン」とは作家の持つ「革命のイメージ」なのだそうだ。戦艦ポチョムキン号ってあんなに錆びていたのかな。私が訪れたときは誰もいなかったのだが、革命の中で遊ぶ子どもたちの姿を観てみたいと切に思う。という事で次にまいる
内海昭子「たくさんの失われた窓のために」
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「ポチョムキン」から5分ほど行ったところにあるなだらかな山裾を整備した公園。その一画にある鉄骨で設えられたオブジェ。眺望よくおだやかな田園風景を優しくも剛直に区切る四角いフレーム。カーテンがついているところをみると、これは窓だよね。「たくさんの失われた」という意味はよくわからない。でもこの絶景をこの窓にいつまでも写し込めるように大切に残していきたい。そんな気にさせられた。
のはよいのだが
じつは「ポチョムキン」に赴く前に寄るつもりだったのだが、ひと組の若いカップルがこの作品の前で何度も何度も記念撮影してやがりくさりまして。この歳になってやきもちなどは焼かないが、普通5分かそこいらで退散するのが常識であろう。こら若者どもよ!早く出て行け!!などと言えるはずもないオヤジ様でありました。
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昼にはまだ少し間があるので
そのまま鑑賞続行。さりとて十日町に向かうのも面白くないので、とりあえず国道117号線をつっきって飯山線の方へと向かう。とくに理由はないが、何かありはしないか。そしてたどり着いたのはJR飯山線 越後田沢駅。その傍らにあったのが
「船の家」
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アトリエ・ワン+東京工業大学塚本研究室によって設計された作品。中には別のアーティストの作品が収蔵されているのだが、そちらはまたあとで。
今回は作品を観にきた
のであって建築と接しに来たわけではない。とはいえ商売柄観てしまうのだ。木造の、というよりも基礎と屋根以外はまるっきり木材を使用した建築なのだが、所詮木材は樹木から作られたもの。耐候性などあるわけもなく、濃いグレーに褪色してしまっている。外壁だからこのままにしておいてもさほど腐食はすすまないかも。住宅屋としてはかなり心配になるほど無造作なつくり。構造体以外は貫材だよね。基本的に壁などの下地材として用いるもの。妻面は隙間なく、桁面は1枚おきに内部を覗けるような仕掛けが施されている。
線路に沿って
低い切妻と高い切妻が連続する様はたしかに陸地を走る船に見えなくもない。カッコいいかどうかは別として、どうにも心配が先に立ってしまう。ああああ建築屋って嫌な商売だ。これは作品だ、アートなのだと言い聞かせながらひと回りしていると、なんとなく東京時代のことを思い出してしまう。
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東京時代に所属していた
設計事務所はマンションを主に手がけていた。私は基本計画や行政折衝といった業務を引き受けていたのだが、ある時たまたま神奈川県のマンションを仕切る事となった。といっても私とSさんという2歳くらい年上の女性スタッフの2人きり。いつも通り私が施主や営業(社長だけど)の要望を聞き取り計画したり行政と打ち合わせしたり。その結果を彼女が図面化するという業務
このSさんがまた
いろいろやりたがり屋さんでありまして。出来上がった図面をみると壁がデコボコしていたり曲がったりしている。Sさんこりゃなんだい?と訊ねると
「デザインです!」
と、元気よくお答えくださるわけで。いやいやいや今はボリュームスタディと収支計画の段階。この土地にこれくらいのマンションが建つのだから、建築費にいくら、販売でいくらだからとお金の算段をしているところなのだ。デザインするなとは言わないが、今はやめておこーね
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という事が何度も何度も何度も
繰り返されては却下してというツラいツラい数ヶ月間。Sさんしまいには
「あらら?さんの意地悪!」
と泣き出す始末。泣きたいのはオレの方だよせめてセンスのよいものを持ってこいよなんてやっている間に計画そのものが頓挫してしまった。
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そうだそうなのだ
デザインとは経済からも使い勝手からも独立した、本質的にセンスのよいもの、カッコいいもの、心地よいものを貫くべきものなのだ。いちいち納まりだの耐久性だのを気にしてはいけない。それだけ私の眼が心が汚れているという事なのだああああああああ!!!
それにしてもSさん
今ごろなにをしているのであろうか。いいお母さんになっているのか、はたまたどこかの誰かを困らせているのであろうか。
そして「船の家」の中にはふたつの作品が収められている
「未来への航海」
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河口龍夫というアーティストの作品。前者はペインティングされた木造船。なるほど、だから「船の家」なのね。船というよりもボートに近いサイズだが、龍骨がグィッと伸びてそのまま波切りとなった男らしい船影。ではあるが黄色の船体は小学生の帽子のようで愛らしい。愛らしさの中からたくさん生えている針金はいったい何なのであろうか。
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「水から誕生した心の杖」
同じ河口龍夫の作品。先の船と同じ黄色いペイントの施された丸い大きな水槽と、その上に吊り下げられたたくさんの杖。「生命の根源から未来へと思いを馳せる作品」との事だがよくわからんなぁ
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