「越後妻有 大地の芸術祭」周遊記① 清津峡トンネルの動揺

新潟県

「人生においてもっとも大事なのは計画だ」

と言い放ったのは以前所属していた会社の社長だ。若き日に胸を病み、実家でふらふらしていたところを父親から、言わば捨て扶持的に充てがわれた会社を、自らつくった工法と度胸ひとつで数万人を擁する会社にまで叩き上げた立志伝中の人。人望あり技量あり実績ありそして発信力ありという方で著書もたくさんある。
 

それだけならよいのだが

こういう人に限ってアタマに「スーパー」がつくほどのワンマン社長。この方の逆鱗にふれて何人のクビが飛んだことか。だから社長のご発信が飛ぶごとに全社が一気にピリつくのだ。年に数回、ご著書が出版されるごとに全社員に配布され(さすがに買わされはしなかった)読まされ感想文を書かされるのだ。私は読書も文章も苦にならない方だから気にはならなかったが、他のものはずいぶん苦労させられていたようだ。
 
 

冒頭の言葉は

ある著書のメインテーマとなる。ビジネスマンは、いや社会人は目標を明確にして生きろ。20歳代のは修業期だからカネになど目もくれずウデを磨け、30歳代は信用を得る時期だからドンドン前へ出て顔を売れ失敗など気にするな、そして40歳代にして本当の仕事が出来るのだし、50歳代は定年までのラスト10数年という総決算の時期だ。気合いをいれフンドシを引き締めて行け。さすればお前は必ず大成するであろう
 
 

という事で

このストーリーを具現化すべく、自らの人生の行程表をつくれ、全社員オレのところに提出せよ!そんなご指令を賜り右往左往した記憶がある。まだPC化がなされていない時期で、スキャン、メール、PDFなんて便利なものがない時代だったから、オフセット印刷で製作された書類に手書きするのだ。計画はよいが、たったこれだけのことでいくらかけたんだい?それとも印刷屋もグループ内にあったから安く出来たのであろうか
 

計画、計画と言い続けた社長さまは

その後バブル期の精算に失敗し、会社は銀行管理下入りとなりあっという間に放擲に至る。現在も建築業をされているようだが、一時期の勢いがあるわけもない。これも彼の計画通りのことであったのか、ちょっと皮肉を言ってやりたくもあるが、元部下の私も似たような、いや無計画な人生を送っているのだ。ここはひとつ笑ってすませてやらねばならないだろう
 
 

無計画

とは言ったが、仕事の上ではそこそこ計画して業務にあたっている。◯月◯日までに図面を仕上げ、お客様にご承認いただいたら行政の申請が何日くらいかかるので、そこに至るまでアレコレやると□月□日くらいに着工できる。これくらいのスケジューリングならしょっちゅうやってるしさほど手もかからない。そうしないと仕事にならないし、お客様やその他のものに迷惑をかけてしまう。
 
 

とはいえ

プライベートとなればアッパラパァと化してしまう。よいではないか、子どもに出がかかるわけではない。というかもう家にはいないし、家内とは休みは合わず自宅にいるときはナニをしていようと文句はでない。ある程度の事さえすませればゴロゴロ昼寝していようと、映画を観にいこうと自由なのだ。じつによい身分である。
 
 

商売柄夏休みは

一般からは少し早い時期に取ることとなる。当然家内と合うわけもない、ひとりで過ごす4日間。これは素晴らしい、久しぶりに映画館で過ごすのもよい、美術館巡りもよいなぁでも県内の主要な施設はみんな回ってしまったのだよな。といろいろ調べていたらよいイベントを見つけた
 
 

「越後妻有 大地の芸術祭」

 
 
越後妻有とは新潟県のHPによれば
 
新潟県南部に位置する十日町市と津南町の妻有郷からなり、日本一の長さを誇る信濃川中流域に開けた盆地を中心に栄えた地域です。なお、「妻有」とは古くからは旧十日町市、旧川西町、旧中里村、津南町地域のことを指しますが、ここでは旧松代町、旧松之山町も含めた十日町市、津南町を「越後妻有」として表現しています
 
との事。大地の芸術祭とはこの地方で3年に一度行われる現代美術の祭典的なイベントとなる。各地域ごとに屋外、屋内を問わず数百もの作品を一挙に鑑賞できるのだとか。しかもパスポート3500円を購入すればほぼ全施設に入場できるのだ!もちろんいくつかは差額を支払わねばならぬのだが、それくらいは文句はないぜ!
 
 

夏休みは

火曜日、水曜日、木曜日、金曜日の4日間。大地の芸術祭の主要施設は火曜水曜がおやすみ。という事は前半2日間は映画三昧、後半2日間は芸術祭に当てよう。効率的にまわるために、観たい作品をピックアップして地図にプロットして、Googleマップを使ってコースを選定。アレは便利だが所要時間はテキトーだから多少プラスして。
 
 

どうせ1日じゃ回りきれないから

安いビジネスホテルがあったら泊まってしまおうか、とかなり詳細なタイムスケジュールを作成。オレもやれば出来るじゃないか。と実行日を待つばかりではあったのだが、出物腫れ物所かまわずというのは本当のことで、直前になり本年度最大のイベントが出来したのであった。
 
 

新型コロナウイルス感染

詳細は以前書いたのであらためはしないが、濃厚接触疑い期間まで含め12日間の療養期間はあらゆる意味での心積り、スケジュールを吹っ飛ばして下さいまして。もちろん越後妻有行きもパー。唯一映画鑑賞のみはVODではあるが22本という不名誉な記録を作ったのであった。
 

そして社会復帰より2週間

いやいやいやまだまだ復帰はしていないぞ!という他者の声は積極的に無視するのだが、ようやく木曜日に休暇を取る事ができた。よし行くしかないだろう。わずか1日だから多くを観るわけにはいかないが、そこはそれまた休みをとればよいのだ。
 
 

大地の芸術祭は

越後妻有のほぼ全地域で展開されている。この辺りはおよそ6のエリアに分かれており長野県側からのルートで左回りに記せば
 
・津南エリア
・中里エリア
・十日町エリア
・川西エリア
・松代エリア
・松之山エリア
 
となる。これに沿って進めば少々テキトーでもなんとかなるだろう。
 
 
 

そして8月25日

5時起床6時30分出発とする。なにしろ車で行っても現地まで2時間近くかかるのだ。少しでも早く行きたい。自宅にを出て中野、飯山、野沢温泉を過ぎて栄村へ。そういえばここは春先にお邪魔したなぁ。そして予定より少し遅れて最初の目的地は中里エリアのここから観ていかねばならぬ
 
 
 

「清津峡渓谷トンネル」

 
清津峡は昭和16年に天然記念物(というかそんな時代にも天然記念物指定なんてあったんだね)に指定された由緒正しき景勝の地。昔は川沿いの遊歩道を歩きながらの鑑賞が一般的だったが、落石による死亡事故が発生したため遊歩道は使用禁止に。そのかわり1996年にこのトンネルが開設され、安全に観光出来るようになった。
 
 

開設当初は

年間16万人の観光客を迎えたが、トンネル内が退屈だったり、2004年の新潟県中越地震の影響や、前後して起きた雪崩事故などで客数が激減した。その後の2018年、越後妻有 大地の芸術祭の前回大会時に、中国のマ・ヤンソンによって改修され現代アートとして蘇ったというわけだ。
 
 

国道117号線

越後田沢駅近くの交差点を左折し、そこから7〜8Kmといったところであろうか、かなりな山中までわけいった一番奥がトンネルの駐車場となる。そこから100メートルほどでトンネル入り口、そこから20メートルほど入った場所がチケット販売所となっている。
 
 

検温スポット

で体温測定し37度未満である事が証明されたら、紙製のリストバンドが支給される。これをつけていたら本日中はすべての施設に入ることができる。ちなみに偶数日はミドリ、奇数日は黄色なのだとか。入場料は通常1000円だが、パスポートを持っていると500円に割引きされる。これはお得だ。
 
 

マ・ヤンソン/MADアーキテクツ「Tunnel of Light」

と名付けられた作品はトンネル内に自然の「5大要素」(木、土、金属、火、水)をモチーフとした5ヶ所のフェイズが設けられている。
 
 

“ペリスコープ(潜望鏡)” (木)

 
トンネル入り口すぐ脇に建っている変な入母屋つくりの木造建築物だ。1階がカフェ、2階が足湯温泉となっているが双方ともお休みではなんともならない。2階へは上がる事ができたが、天窓というかサイドライト状に設た開口部とその周囲に施されたステンレスに何かが写るのか。いずれにせよ、ちゃんとした形式で観てみたい。
 
 
 

“色の表出” (土)

 
 
Uの字を反対にした、あるいはモダンなオバQのシルエットという風情の坑道は全部で700メートルほど歩くのだが、考えてみればオレ閉所恐怖症のなんだよな。動悸、息切れ、不安感に襲われながら進むうちに紅やら緑やらにライトアップされたり、怪しげな音楽が流されるようになってくる。これは土を表現したものだとか

“見えない泡” (金属)

 
トンネルには数カ所「見晴所」という景勝ポイント兼空気取り入れ処が設けられている。これがなければ閉所恐怖症には耐えられない。そこにドンと置かれている銀色の物体はなんだ?周囲の床壁は白黒ツートンにペインティングされている。丸い物体は鏡面に仕上げられ景色と周囲のカラーが歪んで写り込んでいるので、シュールというかエッシャーの騙し絵を3Dで観せられているような、変な気がしてくる。物体は中に入る事が出来るようになっている。なんだこりゃ?と思ってみてみたら、内部はなんとトイレ。ああそういう事かとそのまま出てきたのだが、じつは外部に向けてマジックミラーとなっていて、用を足しながら景色を観ることが出来るようになっていたのだとか。しまったああああああああああ!これだけで再訪決定となる。
 
 

“しずく” (火)

 
次の見晴所に設けられているのは、丸い壁にそっていくつも取り付けられている銀色の物体。鏡面に仕上げられ、裏面からはオレンジ色の光が漏れ出している。ド派手な“見えない泡”とはうって変わった静けさに満ちた空間に見えるが、その裏にある野心というか、心の底にあるドロドロしたものがうっすら見えてくるようで、なんとなく落ち着かない。色のついた松本零士のメカといえばわかってくれる人もいるかもしれない。
 

“ライトケーブ(光の洞窟)” (水)

 
そして最大の見どころとなる。円形の内壁にはステンレス板が張り込まれ、床には水が湛えられており、正面から入る光と景色とがぼんやりと写り込んでいる。息をのむとはこの事だ。「天国への階段」を想起されるような心持ちとなる。階段はないけれど、今まで知らなかった向こう側へ行けそうな感じ。「感動」というよりも「エモーション」を揺さぶられた。もしかしたら「動揺」に近いかも。そんな気持ちにさせられた空間であった。
 
 
 
とりあえず長くなり過ぎたのでひと休みとしよう。

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